いしずえ

第一巻春雪の巻

 后すぎに帰ってみると、戸松は出掛けて不在であった。こまを夫人はわたくしを茶の間によんで、なれた手つきで紅茶をいれてすすめながら、

 「登志子さん、あなたゆうべ大泉でつくっていただいたお弁当を、なぜ戸松さんにあげなかったんですの?」

 「お弁当?わたしそんなものもってまいりませんでしたわ。大泉から着替えは少しもってきましたけど、お弁当なんかは……」

 「まあ、お母さんはつくって下さらなかったの」

 「ええ、姉はもってゆけといって引止めたんですけど、母が戸松はおすしがきらいらしいから止めた方がいいといって……」

 「そうだったの、戸松さんもその時は時間が早かったから、あまり上れなかったんでしょうね。なんでもよくあがる人ですのに……お芝居にゆくことがわかっているのですから、お母さんもお弁当をつくって下さればよかったのにね」

 仕方のない人達だ……というように、夫人はかるい溜息とともに膝を眼におとし、更にそっと眼をあげると、今度はにんまりと笑いをおびた顔で、

 「戸松さんはあなたがお弁当を出して食べさせてくれないので、不服だったらしいのよ。ずい分お腹がすいて帰りに食堂で代用食を上ってきたらしいですよ」

 なるほど、それで帰りがおくれたのか……。

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  1. 2014/03/01(土) 21:46:05|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第一巻春雪の巻

 「長い幕間にみんな休けい室で休む時には、あなたもちゃんと御主人について外におでになった方がいいわね。戸松さんはあなたが一緒に出てこないのでずい分淋しかったでしょうよ」

 わたくしは、何だか一方的に云いがかりをされているような気がした。別にがんこにかまえて、たった一人無聊な思いで席にがんばっていたわけではない。別に立つ用事がないので、そうしているより外に方法がなかったのである。幕間には食堂で食事をしたり、お茶をのんだり、休けい室でゆっくりくつろいだりするものだという事を全然知らなかったのである。

 戸松とわたくしの意志の疎通、感情のゆきちがいは、どうもお互いが相手を過大視しているところにあるように思われた。巨大な人物といわれているような人々から、珍しい青年として愛されている戸松を、わたくしは大分高遠なものに見すぎているようである。どうも彼には子供のように、すねたりだだをこねるような一面もあるらしい。子供のように泣きわめく代りに、彼は特有の決断力と行動力によって、それ見たことかというように、わたくしをまごつかせるのではないかと考えられる。

 それに彼の方もわたくしを高く買いすぎていたのではあるまいか、安部先生が彼にわたくしを何と紹介されたのか、それはわからないことであるが、どうもあらゆることに心のゆきとどく、都会的に洗練された女性と読みとっているように考えられる。彼は自分がこうしたらこうやるだろう、こう云ったらこう出て来るだろうと期待しているのだが、わたくしが一向その反応を示さないため、人形のように動かさねば用の足りない妻にいらいらさせられているのかもしれない。もともとわたくしは東京の田舎娘であった。銀座や新宿あたりへ独りで出歩くことも出来ないほど、東京には不馴れであったし、人との深い交わりも殆どなかった。

 職場に出ても、あたえられた仕事は男性にも負けない程一生けんめいにやったが、愛想よく人の間を話しあるいたり、お茶をサービスしてあるくような、女性の本質ともいうべき点はさっぱり駄目であった。しかしそれにもかかわらず、正直で素直な娘として好感をよせられていた。年だけは適齢期をややすぎていたが、精神的には未熟で、うぶうぶしいものだったのである。

 おそらく戸松には蕾のままに開かないでいるわたくしの心がわかっていなかったのかもしれない。彼は開いているものと見、そのはなびらの固くて味気ないのに腹をたてていたのかもしれない。

 お互いが心を裸にして、相手の長所短所を率直に出し合って、ぶつかりあって行く生活がはじめられなければ、総ては解決されないように思われた。

 こまを夫人は仲人としての責任上、一応の注意をあたえたが、大きい意味では信頼し、期待しているらしく、あまり立入った忠告はしなかった。

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  1. 2014/03/02(日) 13:22:56|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第一巻春雪の巻

 大泉の家

 わたくしの実家に一泊したいという戸松の希望で、彼の帰りを待って直ぐ江戸川アパートを出たのであるが、東大泉に着いた時は八時を過ぎていた。兄の家族達はおそい来客を待ち切れずにとっくに食事をすませ、子供達はもう寝間に追いやられたのか、日頃にぎやかな家の中はしんと静かに落着いていた。

 義姉は愛想よく迎え、客間の前の廊下を通りすぎて奥の六畳間に案内してくれた。ここにわたくし共の食膳が用意されてあった。

 母も椀物を温めて運んできて、軽く挨拶を交したが、その夜はかくべつ不機嫌そうな気ぶりもなく、といって又歓待するでもなく、口数少なく、

 「こんな時世だから、何もなくてねえ。」

と云いわけめいた事を云い残して、茶の間にひき下ってしまった。

 着替えを後まわしにして、わたくし共は早速テーブルをはさんで坐り、新婚旅行以来はじめて二人きりの食事をはじめた。母や義姉は気をきかせたつもりで、この部屋に近よらないのであろうが、それが肉親であるだけに妙によそよそしく思われ、わざとらしいような窮屈な空気を感じた。戸松も同じ思いだったのであろうか、二人とも黙ったまま箸を動かしていた。

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  1. 2014/03/03(月) 14:27:23|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第一巻春雪の巻

 突然乱暴に唐紙をあける音がして長兄が入ってきた。このお人善しで人好きの兄は、家族に対しては気むずかしかったが、他人に対しては常に大らかで善意にみちていた。彼は度の強い眼鏡をかけた長い顔に無精ひげをのばし、大きな口を横にぐっとひっぱるようにして笑いながら、

 「やあ、いらっしゃい。」

と、声をかけながら座ったかと思うと、

 「今夜はね、忙しい調べ物があってね。夕食後ずっとやっていたんだが、おそらく十二時頃までかかるだろうと思いますよ。まあゆっくりやって下さい。」

 片手をあげて、食事をすすめるような格好をしつつ、残念そうに出ていってしまった。

 この家では一番広い客間が、夜になると五人の子供の寝室に変じた。床の間の壁向こうが応接間兼書斎になっていた。この夜も兄は片隅の大きな机に向って、熱心に調べ物をしていたのである。玄関からまっすぐに廊下が通り、その左側に鏡台やタンスをおいた姉の部屋、洗面所、風呂場、台所が並び、右側に応接間、客間が続き、廊下はそこから直角に右に曲り、茶の間につづいて一番奥にこの六畳の間があった。ここに母とわたくしがこの家のけむったい存在としてがんばっていたのである。

 この二号官舎の一棟は、全部同じ間取りであった上に、垣根や門も寸分ちがわなかったから、一年前ここに移ったばかりの時は、当分の間お互いに家を間違えて、隣の家にどんどん上りこんだものであった。

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  1. 2014/03/04(火) 17:50:06|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第一巻春雪の巻

 その頃、二兄は満州拓殖会社に勤務しハルピンに在住していた。弟は一高の寮に宿泊していて、日曜日ごとに帰ってきた。彼は長兄ほどすぐれた頭脳ではなかったが、いわゆる秀才型の男で、先輩である兄に盛んに議論をふきかけては兄をたじたじさせた。彼は理科に籍をおきながら文芸部にぞくしていたから、疾走するような勢いで次々と文学作品を読破していった。わたくしは彼が携帯してくる本をそれとなく見ては、負けてなるものかと意気ごんで、或時はトルストイ、或時はヴァレリー或時はシェイクスピアというように、全く無系統に手あたり次第読みあさっていった。が、彼の文学的知識には、とうてい及ぶべきもなかった。

 時たま大塚の兄がひょっこりやってきて、兄弟で議論に花を咲かせる時があった。この兄が又広い常識をもった男であったから、さすがの弟も時々しどろもどろにさせられることがあった。議論が激突するようになると、長兄とわたくしは自然に聴き役にまわってしまい、歯切れの悪い早口な兄の顔と、べらべらとさわやかにしゃべりまくる弟の顔を見比べながら、興味深くきいていたものであった。母は四人の子供のこうした様子を、眼をかがやかせてそわそわしながら眺めていた。

 若い頃は、学問のためには子供達を、自分の膝元からはなすことなど平気な母であったが、六十歳を数えるようになると、子供に対する愛着が強くなり、たえず子供の身近かにいたかったようである。

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  1. 2014/03/05(水) 16:11:38|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第一巻春雪の巻

 しかし子供達は、母親をもっとも必要とする年頃に遠くはなれて暮したためか、成年者となって今更母の具体的な愛情など欲してはいなかった。幼児に対するように世話したがる母を、彼らは、

 「子供じゃあないから、ほっといて下さいよ。」

と、面倒くさそうにしりぞけた。

 この頃の母の唯一の楽しみは、子供達がそれぞれ立派に学問をおさめ、何処に出てもひけをとらない人間になったという一事であった。彼女は人ごとに息子の自慢をした。初対面の人には必ず息子の学校と、彼らが子供の頃から如何に秀才であったかと云うことをいいそえるのをわすれなかった。それは「又か……」と、にがにがしく思う程くりかえされたものである。

 大学を出れば、それで人間として完全になり得ると信じているところに、母の満足感と誇りがあった。たとえそれが、常識的な文学論であろうと演劇論であろうと、息子達の議論は総てすばらしいものに思えたのである。そばに針箱を運んで来て、別に仕事をするでもなく、針をかかえたまま、宝物でも見るようにうっとりと息子達を見守っていた。

 こんな楽しみがあるから、郷里に帰りたくなかったのかも知れない。この二、三年来東京に腰をすえてしまって、早く帰ってほしいような義姉の顔色など、てんで問題にしていなかった。

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  1. 2014/03/06(木) 10:34:46|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第一巻春雪の巻

 郷里の実家

 

 島根県石見地方の中程にある太田市は、戦後近村を合併して大きな都市になったが、戦前は一握り程の小さな町であった。わたくしの郷里はこの太田市に併呑された村の一つで、日本梅にのぞむ半農半漁の貧しい土地であった。

 海に面した半分の村民は漁業にたずさわり、奥地の方には農民が住んでいた。

 田地の大部分は少数の有力者に握られていたから農民は主として小作人であった。漁師も個人営業出来る者は半数で、後の半数は人の持船に寄生したり、地引網の持主にかかえられたりしていた。したがって農民と漁師をおさえんとする者は土地と船とを持たねばならなかった。

 わたくしの家は古くからの地主であったが、祖父の代に三統の地引網を買い取った。三十人ほどの漁師をかかえ、その中の最も思慮深い者三人をえらんで、一切の世話をさせていたようである。父は幼年の頃から虚弱であったため、大切にされすぎて家業にうとく、若い頃から専ら村政に力をそそいでいた。農民からも漁師からも、圧倒的な支持があったから、長い間村長をつづけ、わたくしの子供の頃は家にいることが殆どなかった。

 力ある者によりかかり、隷従的な生き方をしていた漁民も、大正の末期から、その二、三男がしきりに朝鮮沿岸や北九州地方に出かせぎに行くようになると、色々の知識や多少の資金も得て来てどんどん機械船を建造し、漁港は一変して活気づいてきた。

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  1. 2014/03/07(金) 15:19:24|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第一巻春雪の巻

 ところが不思議なことに、この機械船が、勢いよくとんとんと港の近くを走りまわるようになると、いわしの群がさっぱり近寄らなくなってしまった。海から利益を得ていた地引網の持主は、年々に苦境におちいり、漁師たちも各自に他に生きる道をこうずる者もあったが、貧のどん底にある者は、米、味噌に到るまで船主に依存してきた。

 例外なくわたくしの家もその打撃をうけた。もはや誰の目にも、将来性の乏しいことははっきりしていたが、尊敬する祖父が情熱をかけていた仕事であることが、父母にとっては断ち切れない未練であった。それに先代から忠実に仕えている出入りの漁師達が、「来年は来年は」と希望をかけていることも、一つの励みとなっていたのである。父母は毎年不平をこぼしながらも、その維持費を捻出し、出入りの者の面倒を見てゆかねばならなかった。

 こうした時、三人の兄は東京に学び、姉は遠くの町の女学校に行っていたから、その学資と下宿代は非常な負担となってきた。父は間もなく大学を卒業する長兄を郷里によびもどす計画をたて、由緒ある家庭の娘を許婚として定めていたが、母は大学院に残して、学位をとらせねばならないといってきかなかった。勝気な中年女であった母は、ひたすら息子の立身出世を夢みていた。

 「子供の出世のためならば、糠をくって暮らしてもかまいません。」

というのが母の口癖であった。一高、東大と出てさえおれば、学位も簡単にとれ、嫁はどんなよいところからでも迎えられ、順風に帆をあげたようなものだと、単純に考えていたのである。

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  1. 2014/03/08(土) 13:45:34|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第一巻春雪の巻

 事実、世の中は大学出によって支配され、中でも官立大学出は各界の上位にあって、一段と高い式をあたえられていた。そのため官大は一層せまき門となり、世の親も子もそこを突破しようとして、骨身をけずる思いをしていたのである。一度目的がかなうと、もう親達はそれで安心した。息子の人生はこれで安定したのだ。彼らがこれからどのような名誉と地位を得てゆくかが、これからの楽しみであった。これでもはや親の責任は十分に果し得たと思っていたのである。

 中でも母は、その最も強烈な信者であった。とにかく子供に十分な学問をさせねばならない…それが賢母の道であると信じていた。そして、学問さえすれば同時的に人間形成もされるものと考えていたようである。さすがに父は信用の厚い人であったから、渋い顔をしながらも、右から左に金を動かして、事なく運営はつづけられていた。

 ところが夏の或夜、父はひどい雨にびしょぬれになって帰ってきてから、床につきはじめ、日に日に衰弱を加えていった。多分、日頃人知れず悩んでいた心労が、一度に出たものであろう。食事をとることも出来ない日が数日つづいたかと思うと、人々の予期を裏切り、とうとうこの世を去ってしまったのである。

 気丈なはずであった母は、父の遺骸にとりすがって、家の中にひびき渡るような大声で、嘆きと恨みをこめて泣きに泣いた。それは六人の子供と、親類の嘆きを合わせたよりも、もっと大きくすさまじいもので、泣き沈むというよりは、泣きさけぶというたぐいのものであった。母がこのように取り乱して泣いている姿をかつて見たこともなかったので、十一歳のわたくしは、母の気が狂ってしまったのではないかと恐れた。

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  1. 2014/03/09(日) 11:25:19|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第一巻春雪の巻

 小半時もそうした状態がつづいた後、涙という涙も枯れつくしたかのように、母はてきぱきと人々をさしずして、父の遺体を清め、死出の装束をさせた。家の中は親類や、町内の人、出入りの者、小作の農夫など多数の人がつめかけて来て、右往左往して混雑をきわめていたが、母は彼等にそれぞれ任務をあたえて、お通夜の用意をはじめた。家の事にうとい息子は着なれない紋付を着せられて、次々とかけつける弔問客に、同じ言葉をくり返して挨拶するより外に能がなかった。

 いよいよ葬式の日、母は又納戸の二階にあがって鏡を前にくずれるように身を倒して、しばらく泣いていた。わたくしは黒木綿の紋付の上に、袴をつけていた手をとめて、胸のつまる思いでそれを見まもっていた。

 「ひょっとしたら、お母さんも死んでしまうかもしれない。」

 そうした思いが胸にささり、父の死よりも母の嘆きの方が一層悲しかった。

 母の髪をゆいに来た古くからの出入り女房は、しばらくあきれたように見ていたが、

 「もう泣くのは止めなさったら……」

と叱るような口調でいって、

 「さあ、早よう」

といいながら、櫛をとって母の背後にまわった。

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  1. 2014/03/10(月) 10:05:28|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第一巻春雪の巻

 やっと涙をおさめた母は、女房に命じて髪の毛を後に高く一つにたばねさせ、根元をしっかりしばらせた。そして傍らの鋏をとりあげ、四十代のつやつやしい黒髪を一寸だけ残して断ち切ってしまった。

 「思い切りのいいことしなさいますなあ。」

 女房は驚きつつも、命ぜられるままに毛先をそろえ、根元を白い紙でむすんだ。これは亡き夫に対する喪を表明するものであったらしい。その後母はとうとう生涯髪をのばさなかった。夫の死とともに女性としての自分の人生は終ったということを、自分にも他にも云いきかせるかのように、有髪の尼のような姿になった母を、幼いわたくしは、尊敬と悲しみをもって仰いだものである。その時は母の心をとうてい解することは出来なかったが、夫が死んだ時にはこのように、殉死する思いで女性としての生命を捧げねばならないものだと思いこんでしまった。

 時代は変転して、女性の解放、性の自由がさけばれるような今日になっても、わたくしはあの時の母の態度は正しいと思う。赤と黒ほどに性格のちがう母子ではあったけれども、この一点だけでも母は尊敬と信頼に価する存在であった。なぜならば、それは高く純粋に生きることを意味するものだからである。夫の肉体はほろんだ。然しその精神を自分の胸にいだきとって、夫婦としての限りない成長をつづけてゆかねばならない。生ある限り夫の精神は自分の心の中に宿り、自分を通してこの世に生きつづけるものであるということを信じてゆくところに、不変の婦道が立ってゆくものであると、わたくしは信じている。

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  1. 2014/03/11(火) 15:49:56|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第一巻春雪の巻

 

 父の死とともに、まるで福の神が一緒に去ってしまって、貧乏の神と病気の神が手をたずさえて入りこんで来たように、次々と苦難がつづいた。

 まず第一は証文のない多額の借金の返済をせまられた事である。父は母にも知らせずに方々から多額の金を借りていたらしい。総てが信用貸であるから、さらさらと一筆帳面にかいただけのものや、全然証拠の無いものもあった。それらの事実をたしかめるために、母は色々の面から油断なく調査し、相手に乗ぜられないように心の隙を見せないようつとめた。全身針のように鋭敏になって、にこりともしなかったその頃の母の姿は、今でもはっきりとわたくしの胸に残っている。

 借金一切を処理するには、山や田地を売りはらわねばならなかったが、なかなか手頃の買手はみつからなかった。ずるずると年も明け翌年の夏には、一家をあげてチブスにかかり、姉はとうとうそのぎせいとなって死んでしまった。

 重なる不幸に母は打撃を受け、性格が変ったかと思う程、暇さえあればめそめそと泣いていた。子供に対する賢母主義も、この姉の死を機にがらりと変り、慈母のようにやさしくなっていった。

 しかし家の状態は、いつまでも母に感傷的な生活を送ることを許さなかった。半年もげっそりしていた母は、二兄に大学を休学させてよびもどし、彼を相手に再びもりもりと家の整理にとりかかった。

 秋の初めには母はお供をつれて自分の持ち田の出来を見てまわり、晩秋ともなれば土蔵の中に立ちはだかって、小作人の持ってきた俵の米が、正確に四斗あるかどうかはからせた。実際中には母を女とあなどって、三斗五升しか入っていない俵を何俵かまぜて来る者もあったのである。

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  1. 2014/03/12(水) 16:22:04|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第一巻春雪の巻

 海の方も、人まかせにしていた父に比べ、母は積極的に采配をふり、思慮深い老齢者も、腕力の強い壮年者も、命令一つで動かしていた。真黒に日焼した大男が、母に叱られて「へい、へい」と恐縮しているさまは、姉御が子分を叱っている芝居の場面を見るようであった。

 このような母の奮闘努力にもかかわらず、海の不漁は年々にひどくなり、一方出費はかさむばかりであったから、破産の運命はさける術もなかった。山や田地は次々と人手にわたり、母はいよいよ強情に男性的になっていった。

 個人にしても、家庭にしても、国家にしても、興亡の歴史は循環するものである。衰亡の一途をたどっている時は、いかにもがいても救いの手をさしのべる者はいない。ましてや、せまい土地にひしめき合っている山陰の片隅においては……。母は朝な夕な祖父の肖像の前に坐って、

 「お父さん、ゆるして下され、ゆるして下され……」

と、身をもむようにして拝んでいた。ご先祖の物を自分の代に次々と失っていくことは、腹を断ち切るほどの心の苦しみであったらしい。しかし、このような精神的苦痛をなめながらも、子供に学問させようという一途の理想はすてなかった。

 学位をねらってニ、三年大学に残って研究することを希望していた長兄は、父の死を機にこれを断念し、母の負担を軽くする為に就職することにした。

 女学校に進むようになると、わたくしはこの長兄のところに移り、その後久しい間母と別れて暮すこととなった。そのうちに弟も上京し、二兄も満州にわたり、母は独り郷里にとどまって、数年のあいだに残っていた田畑や地引網までことごとく整理してしまった。そしてその代金の大部分は、弟の将来のために蓄えられたのである。この子だけには、兄達でさえ出来なかったことを存分にさせたいというのが、母の最期の念願であった。

 かくして先祖の残した山や田地は、半分は事業の失敗の穴うめに、半分は四人の息子達の学識へと変じてしまったのである。

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  1. 2014/03/13(木) 09:01:06|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第一巻春雪の巻

 母と義姉

 長兄がこの官舎に移る一、二年前、母は状況してきて、そのまま根が生えたように居坐ってしまった。郷里の家は、昔から出入りの者にまかせたままであった。

 頑固そうな大きな鼻の両わきから顎にかけて、深い豊麗線が流れ、人の長となる人相をしていたから、どんな場合にも環境の支配者にならねばおさまらない性格と運命を持っていたものらしい。今までこの家の主のような存在であった義姉と、まっ先に正面衝突がはじまってしまったのである。

 母は子供の頃から封建的厳格な躾をうけ(母の父は松江城主の侍医であった)嫁しては質実剛健な舅にきびしく指導されてきた人であるから、そうした先人の教えを理屈ぬきに信奉していた。そのため郷里の家の家風は相当きびしく、村の模範となっていたものである。ところが、幸か不幸か子供達は小学校を出るとそれぞれに家をはなれ寄宿舎に下宿に、のんびり青少年時代をすごしてしまったので、身についていたものも社会の風に吹きはがされ、伝統も躾ももたない植民地的人間に変じてしまっていた。

 久しぶりに一緒に暮してみて、子供達がすっかり変ってしまっていることに気づいた母は、その原因がもっとも感化をうけやすい年頃に、手元をはなしたためだということに思い至らず、義姉のつくった家庭の雰囲気のせいだと考えた。そこで義姉に、郷里の家風を引つがせねばならないと考えたのである。

 義姉は生まれながらの江戸っ子で、下町娘として歌舞伎俳優の噂にあけくれた自由な生活を送ってきた人であったから、神棚も仏壇も墓もない新家庭で、神仏を中心とした生活を強要されて、どうしてよいか見当もつかなかった。

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  1. 2014/03/14(金) 20:48:16|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第一巻春雪の巻

 彼女は先ず、二、三日おきにやって来る御先祖の命日に悲鳴をあげてしまった。その日は精進をしなければならないのだが、精進料理などには無関心だった彼女は、一つ一つの指導を受けねばならなかった。

 母の指導はそれだけにとどまらず、日が立つに従って、義姉の生活全般にわたって干渉が行われた。今までのんびり自由にふるまっていた義姉は夫に対する態度、子供の躾等、口やかましく小言を云われ、勝気な彼女もついにがまんの緒がきれたのか、憤然と対立をはじめるようになってしまった。

 がいして、気性の強い人は従順な者には憐みをかけるが、反抗する者にはいよいよ憎悪をまして行くのがその特徴である。母も例外ではなく、相手が屈伏するまで鉾をおさめない人であった。

 二人の対立激論がはじまると、兄は黙して書斎にこもり、わたくしも隣りの部屋から聴き耳を立てて、なりゆきにまかせる事にした。どちらに味方しても、一層もつれるばかりだからである。生い立ち、環境、年代の違った二人の女性は、それぞれ自分の経て来た生活様式を正しいとしてゆずらないのである。

 ところが不思議なことに、抵抗しながらも、義姉はだんだんに何時しか母のとなえる家風にそまっていった。彼女は今まで聴いたこともない先祖の命日を全部覚え、滞りなくその供養を行うようになった。料理の方もぐんと腕が上り、すし等も母がつくったかと思う程よい味のものをつくるようになり、夫に対しても言葉も態度も鄭重になっていった。それらは自然に身についてしまったもののようであった。

 あの対立の最中では、年若い義姉の方が立場も悪く受け身であったから、周囲の批判はどうしても母に集中し、嫁いじめの典型だと思われていたが、結果的に見た時、それは母の責任から生じた祈念の変型であったと、見る方が正しいと思われる。自分が舅から受けついだものを、更に息子の嫁に伝えんとする意欲が、感情のためその方法を誤っていたとみるべきであろう。

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  1. 2014/03/15(土) 08:50:31|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第一巻春雪の巻

 母と戸松の対立

 母の勢力はこの長兄の嫁を訓練することによって、尽き果てたかのようにだんだんと失せつつあったが、わたくしの結婚話がおきると共に、猛然とよみがえり燃え盛った。自分の意にそわない結婚に突入して行こうとする娘に対して、最後の力をふりしぼって反対してみせたのである。そしてその力が何の効も奏さないとわかった時、娘の心をぬすんだ安部先生と戸松に対して怒りを感じた。

 母は昔ながらの伝統的家風にしがみついて、ひたすらに一家の繁栄と、子供達の立身出世を祈念してきた女である。形ある財産は失ってしまったが、子供の身に無形の財産をつけたといって満足し、一切の繁栄はここから芽生えて行くにちがいないと信じていた。したがって苦難の中からこれをなし遂げた自分自身に、大きな能力があるような錯覚にとらわれていた。彼女はどのような人にたいしても、恐れることを知らなかった。その為安部先生に対しても、戸松に対しても、一歩もゆずらない姿勢を固持していたのである。

 だが、この二人の男性は母の意を迎え、それに従うような代物ではなかった。母がどのようにもがいても、超然としていて、歯もたたない相手だったのである。彼らは母が絶対価値として念願してやまない立身出世主義に背を向けて、常に偉大な思想を求め人間全般の幸福に向って、祈りつつ進んでいる人達であった。おそらく安部先生の老成したその心は、自信と自我と欲望にみちた母に対して、憐憫を感じておられたにちがいない。キリスト教では人間の精神は救えても、貧乏を救うことは出来ないというので、社会主義を主張してきた先生である。大きな人間愛の上に立って、社会の改革進歩を志していた人であったから、おそらく母が今までの生涯に、見たこともないタイプの人であったにちがいない。

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  1. 2014/03/16(日) 07:50:34|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第一巻春雪の巻

 結婚式の打合せに三、四度江戸川アパートを訪れている中に、先生の人格的雰囲気にとけこんでしまったのか、それともこまを夫人のやさしさと細かい心配りが、母の心をすっかりとらえてしまったのか、何時しか信頼と尊敬を抱くようになっていった。

 だが、戸松の場合は、そう簡単にはいかなかった。社会的に一応大成した先生に比べ、彼の人物は全く未知数なのである。

 多くの男達を自由自在に動かしてきた母にとっては、インテリー然とした若い戸松は、単なる青二才としかうつらなかった。指の先でちょいと動かせるものだと思っていたが、今までの三回の面会で感じとったところでは、とても一すじ縄でゆくものでないことがわかってきた。母の冷めたい態度にたいしても、戸松は別にひるむでもなく、路傍の石に対するように無神経をよそおうていた。彼が何を考え、何を感じているのか、不気味なほど不可解だったのである。

 戸松は青年時代、日本の貧乏解決を志して共産主義に傾倒したことがあった。しかし皇室を尊重する家庭に育った彼は、間もなく伝統と共産主義の問題に苦しみ、更にこの思想が彼の人間性と相容れない点のあることとを自覚するとともに、これに失望した。後安部先生に師事して、キリスト教社会主義を研究した。

 しかし尚それでもあきたらず、人類のあらゆる問題を、決定的に解決するような新しい道はないものかと探し求めていたのである。

 伝統にしがみついて、立身出世を夢みている母と、伝統を背中に背負って、未明の世界を切り開いて行こうと志す戸松と、全く対立的な思想に立つこの二人は、容易にとけ合うことの出来ない運命にあるかのように思われた。古い時代と未知の新しい時代を、最も強烈に表現しているこの個性の強い老女と青年の間にあって、わたくしは生涯この十字架を背負って行かねばならない事を感じとった。

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  1. 2014/03/17(月) 08:03:33|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第一巻春雪の巻

 日記帳

 六畳の間でとうとう最後まで、二人だけのひっそりとした食事をすませた後、わたくしは食器を台所に運んでいった。茶の間から出てきた母は、早速それを受けとって、洗い桶の中に一つ一つ入れてから、

 「もう遅いからこのままにしておくとしよう。六畳の押し入れに客蒲団が入っているから、適当に出してしきなさい。」

 とやさしく云った。

 どういうものかこの母は、一人娘のわたくしには不思議な位甘かった。こんなに愛情をあけている娘の婿であるから、戸松を憎んでいるわけでもないのであろうが、根本的な考えの相異と強い個性が、お互いに無言の中に反撥しあって、親しむことが出来なかったのかもしれない。

 部屋に戻ってみると戸松がわたくしの娘の頃の書物や日記帳を前にして、手にもった一冊のページをめくっているところであった。ふとわたくしを見上げた彼の眼は、心もち不愉快そうに見えた。

 「しまった。」

 わたくしは少なからず後悔した。なぜなら、その日記帳の中には、二十歳の頃のかげろうのように淡く短く終った片思いの記録がしるされていたからである。不愉快そうなその顔色は、たしかに日記を読んだにちがいないと思われるのだが、彼は全然それにはふれずに、

 「ぼくは上海から帰ると直ぐ安部先生に、結婚前にあなたとお母さんと、あなたが住んでいた部屋が見たいと云ったんですよ。その二つを見ると、大体あなたという人がわかるからねえ。」

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  1. 2014/03/18(火) 08:19:20|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第一巻春雪の巻

 わたくしは虚をつかれたようにどきんとして、しばし化石のように固くなったまま身動き出来なかった。なぜならば、母を通してわたくしを評価するならば、おそらく戸松の意に向かないであろうし、部屋を見て推測されたならば、これも又落第であった。

 窓の下の袋戸棚や押入れの中は、わたくしの古い持物や書物が、乱雑にほうりこんだままになっていたのである。母が後でより分けて適当に処分するといっていたので、必要なものだけを抜きとり、くずれたまま、乱れたままになっていた。

 この家を巣立つにあたって、一応不要なものを整理し、焼きすてるべきものは処分しておくべきであった。いらない物をほうりっぱなしにして嫁入りするということは、心ある婦人のなすべきことではなかったのである。

 わたくしは一言の云いわけもならず、老人のように考え深く、哲学者のようにきびしい夫の顔を恐れをなして見守っていた。彼が出発前に是非わたくしの実家に一泊したいといっていたわけが、今、やっとわかったのである。自分の妻がどういう家庭生活を送ってきたか、しっかり見定めておくことが、今後新しい生活をきずく上に大きな参考になると考えていたものであろう。

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  1. 2014/03/19(水) 13:04:37|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第一巻春雪の巻

 旅立

 二日後、わたくし共は大勢の親類知人に送られて東京駅を発った。いよいよ発車間近くなると、さすがの母もおろおろして、

 「身体に気をつけてね。戸松のいうことをよくきくんですよ。」

と、普通の母親らしい言葉をくり返していたが、つと戸松のそばによって、背中に手をかけたかと思うと、いとおしむように撫でながらいった。

 「とし子を頼みますよ。」

 この別れのせとぎわに来て、いよいよこの青年に娘の人生を托さねばならないという実感が、あらゆる感情をおしのけて、母を率直に行動せしめたものであろう。

 ぎりぎりに追いつめられた瞬間に立った時、人は一切の虚勢をふりすてて、純一の心に立ちかえるものらしい。冷厳に対立して見せる母の中に秘められた一点を、ふとのぞき見た思いであった。

 たとえこれが、この場だけのもので、永続しなかったとしても、あらゆる感情を取りのけて其処に残るものが、憎しみにあらずして愛であるならば、何時かは母が戸松を心から理解し信頼する時も来るであろう。

 世の中の一般的な見合結婚のケースであったならば、おそらく順調に進展しなかったであろうわたくし共の結婚は、安部先生という偉大な人物に支えられて結実したものである。先生を信ずることによって、わたくしはあれ程強硬な母の反対をものりこえて進むことが出来た。

 それにしても、これ程面倒な結婚を、老齢の先生が何故あれほどまでに積極的に真剣にまとめようと努力されたのであろうか。

 「戸松君は、社会のために立派な働きをする人です。」

と、折にふれわたくしに云いきかせていた先生の言葉は、わたくしの生命の終る日まで、胸の中に繰返し聞こえて来るであろう。

 社会主義をとなえキリスト教徒でありながら、一度も戸松にそれを強制したことがなかったという先生は、自分をふみ越えて、尚高きものにすすんで行くことを望んでいたのである。そこに戸松に対する先生の期待があった。先生は単に戸松の先輩であったというばかりでなく、その思想は、次の時代の文明思想の先輩であり母体でもあった。

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  1. 2014/03/20(木) 09:22:58|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第一巻春雪の巻

 未知の国中国への第一歩

 中国の第一印象

 じっとりと汗ばむような、五月下旬の晴れた午後、わたくし共の船は上海の埠頭に着いた。昨日の昼頃長崎を出港して約一昼夜の船の旅であったが、めったに帰国することの出来ない遠い異国に運ばれたという実感があった。

 それは、この航海がわたくしにとって、初めての体験であったからかも知れない。しかも、あの渺茫とひろがる海と空の抱く空間は、一つの陸地と他の陸地をはっきりと断絶していたし、見渡す限り無気味にうねり続けている波の背と、高く上空に遊んでいる雲の外には、これといって眼をとらえるものもないこの雄大素朴な地球の原型は、心に変化をあたえずにはおかなかった。それは隔絶された未知の国に渡っていくという実感を、一段と加えるのに十分役立っていた。

 海の水がにごって、泥水をうすめたような色に変った頃、戸松はわたくしを甲板にさそい出して、

 「もう揚子江の河口に入っているよ」

と、ぽつりと一言云い放ったまま、この時を待ちくたびれていたかのように、風に向って胸を大きくはってみせた。

 河?この果てしない水のひろがりが、河とよばれるものなのか……。遠い水の彼方には陸地らしいものは何も見えないではないか。その岸はおそらく、何里もかなたにあるのではないかと思われる。と、すると……わたくしの河の概念は、なんと規模の小さいものであったろうか。

 揚子江は中国では長江とよばれ、名のごとく、えんえんと長く、大きい川であるとはきいていたが、今見るこの河はわたくしの想像をはるかに越えた、海ともいうべき種類のものであった。

 これが中国の河か……。なんと中国はおそるべき広大な国であろうかと思った。

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  1. 2014/03/21(金) 17:34:43|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第一巻春雪の巻

 この国においては、古くから政治は治水にはじまるとされ、世界史的に古い文化を生んだ黄河の沿岸は、洪水とひきはなして考えることは出来ないとさえ云われている。地形的には黄河ほど氾濫の可能性が強くないとしても、この海のごとき河が一度怒りくるったならば、はげしい戦争の惨禍にもまさる程の災害をもたらすであろうことは、容易に考えられる。このおそるべき天災に、何千年もの間、この民族はくりかえしくりかえしたえぬいてきたものであろう。

 ある時は恵みの河となり、又或時は呪いの河となって、この民族の歴史とともに流れつづけてきたこの膨大な河には、この国を象徴するかのような、ゆったりとした尊大さがあった。気ぜわしく流れる日本の川を見なれた眼には、これが河であるという意識がつよく働いているだけに、うねうねとゆっくり動いている水の広さとのどけさに圧倒されるような感があった。

 なんというつかみどころの無い、不思議な魅力をもった河であろう!

 そしてなんという茫漠として、底知れぬ国土であろう!

 ところが、揚子江河口で感じとったこの感動は上海の埠頭から戸松の家に到着するまでの間の印象によって、すっかり傷つけられてしまった。埠頭は雑然としていたし、街の空気は気怠く無気力でよごれた姿の貧乏人が目立って多かった。

 或洋風の店の前に、若竹のようにすらりとした美しい娘が、青年の肩にもたれかかるようにして立っていた。日中太陽をさけて暮しているかのように青白いこの青年の横顔には、若い男の活気とか気力はみじんもなく、彼は抱くように女の背中に手をまわしていた。

 腕を組みあって、でれりでれりと歩いている男女の姿はあちこちに見かけられ、この街では人眼をひくほどの珍しい風景ではなかった。

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  1. 2014/03/22(土) 08:56:13|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第一巻春雪の巻

 一年位前だったか、映画「風とともに去りぬ」が日本で上映禁止になった時、友人の一人が、

 「上海まで見に行きたいわねえ」

と嘆いていた事があった。その時彼女が云った言葉を、今改めて感じとったかのように思出した。

 「上海は品物も豊富にあるそうだわ。それに第一日本のように大人がうるさくないから、青春の自由があるのよ」

 なるほど、この街は若者の天国であるかも知れない。青年達は長めの髪をてかてかとひからせて、原色もあざやかなネクタイをしめ、粋な身のこなしをしている。若い婦人達は個性的な化粧をして、洋服の感じをとり入れたようなスマートな支那服をきている。彼女らが動く度に耳飾りがちかちかと光り、サングラスをかけた顔が謎めいて見えた。彼等は共に手をとりあって、愛情に酔っているかのような表情で、もつれるように歩いている。

 自由とはいったい何であろう……。これが人間本来のありのままの自然の姿なのであろうか。そして、これが自由とよばれ、羨望されるべきものなのであろうか……。

 しかし……、慎みもたしなみもなく、衆目の中で露骨にふるまう男女の在り方が、青春の自由であるというならば~そうだ~自由とはなんと柔惰にして、低俗なものであろうか。

 戦時下の緊張した日本から来たばかりのわたくしは、中世の社会からいきなり近世末期の社会にひき出されたかのように、しばし判断の支柱が大きくゆれるのを覚えた。

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  1. 2014/03/23(日) 13:05:58|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第一巻春雪の巻

 或町角に来た時、小さなやせた男が、垢とほこりによごれ果てて、顔に卑屈な笑いをうかべながら、しきりに中年の婦人になにかねだっていた。それが余程気に障ったと見えて、その婦人は眉を逆立て口をとがらせて小男を叱咤した。そばに、屑屋に払い下げていいような古びた小さな人力車があった。賃金の交渉をしているのであろうか。彼の姿も顔も、物乞いしているかのように卑しかった。

 町々には品物があふれ、商店という商店は美しく飾りたてられ、この都市の繁栄を物語っていたが、それらの富とは全く無関係のように、貧しく汚れたこの種の人々があふれていた。

 日本には、この町のような豊かな富も自由もない。日中事変から大東亜戦争とい途方もない戦いに突入したばかりであったから、物資は日に日に窮乏を加えていたし、若い女性といえどもこぞって職場に立って働いていた。そして多くの人々は、ぜいたくな着物を遠のけて、仕事着や労働服に親しんでいた。が、しかし、その顔はたくましく、自信と誇りにみちみちていたから、どの顔にも働く者の美しさがあった。ところが、この町にうようよしている汚れた人々の顔は、希望も意気地もない動物のものであった。彼等は捨てられた紙屑のように、路上にうろうろしていた。

 わたくしは、この国の民衆が彼等の力ではどうすることも出来ないような歴史的宿命にしばられて、希望も誇りも気力もなく、不幸な自己喪失者になっていることを、上陸第一歩に感じとった。

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  1. 2014/03/24(月) 09:04:21|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第一巻春雪の巻

 新婚生活

 上海・滬西の家

 戸松の家は、上海の西部にあたる滬西区にあった。そこは日本租界から遠くはなれた中国人町である。彼の家は大通りから少し入ったところにあって、アパートらしい洋館や、古い暗い家々にとりかこまれて、このあたりでは一番どっしりとした落着きと風格をそなえていた。

 青いペンキをぬった古い木の門を入ると、左手の方に二階建の洋館があって、こちらに向いた入口には五段程の石段がもうけられ、そこから門まで石畳がしきつめられていた。この石畳をはさんで、洋館と向きあって、門の右側に小さな家が別に建っていたが、ここは廃家のように壁は落ち、窓ガラスはこわれたままになっていた。かつては門番が住んでいたものであろう。

 これらの建物や石畳の向こうは広い芝生になっていて、右手の方の野菜畑には、青々と葉菜が生い茂っていた。

 「いやあ~ほうれん草がものすごいな」

 その畑を見るや否や、戸松は驚いたように声をあげた。

 一尺余ものびたそのほうれん草は、ひしめくようにかたまって茂り合い、実に見事な成長ぶりである。

 「毎日この家に来て、身体が青くなるほど食べましたよ」

 埠頭まで出迎えに来て、ここまでついて来た村上という青年が、こっけいな口調で云って「ハッハッハッハ~」と大笑した。彼は陸軍部につとめていて、平素はそこの寮に住んでいた。

 「ぼくが日本に帰る時には、芽が出たばかりだったのになあ」

 一ヵ月間のほうれん草の成長ぶりは、戸松には余程驚異であったらしい。

 「奥さん達が来て大人数になるからといって、わざわざ芝生をほりおこして、野菜畑をつくったんですよ」

 村上青年はわたくしをふり返って、にこにこ笑って説明してくれた。

 こんな立派な芝生をほりおこして、もったいない事をしたものだ。それに又、こんなにほうれん草ばかり作って、一体どうしようというのだろう。陽春の陽射でまたたく間にのびて、薹が立ってしまうだろう。もう立ってしまって、茎など固くて食べられないのではあるまいか……。男の人達のすることは、大まかでしかも間がぬけていて面白いと思った。

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  1. 2014/03/25(火) 11:12:07|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第一巻春雪の巻

 この家には、戸松の外に大勢の人が住んでいた。最も日当りと風通しのよい階上は彼がつかっていた。そこには彼の友人、牧谷と堀下が同居していた。階下には花野夫妻が住んでいた。この夫妻には七つの女の子がいた。

 更にこの家の裏から中二階に上れるようになっていて、ここにも広瀬親子が住んでいた。花野・広瀬の家族づれの二組は、戸松がこの家を中国人潘三省(聯銀銀行頭取)から借りた時、その大きさをもてあまして留守番代りに入ってもらった人達であった。

 二階の階段を上ると、まず細長いベランダ風の部屋がある。それにつづいて大きな広々とした客間と、その奥に畳をしいた部屋と、洗面所があった。

 客間には分厚いじゅうたんが敷かれ、真中に部屋のわりに小さいテーブルと、これは又部屋にふさわしい豪華な大きな椅子が四つ向きあって並んでいた。両方の壁には大きな寝台が一つづつぴったりとつけて置かれ、それらも立派にソファーの役割を果していた。

 部屋の入口は観音開きになっていて、渋い茶色の二枚の大きな扉が内外自由に開くようになっていた。内部に向って右側の壁には、大理石で縁どった古風で立派なマントルピースがしつらえられ、入口の扉とともに広々とした部屋には、中世的落着きをあたえていた。反対の左側の壁には、さし渡し一メートル半程の円形の鏡のついたモダンな姿見が、どっしりと位置をとり、やさしさと明るい雰囲気を発散させていた。

 正面は全部ガラス窓になっていて青磁色のよろい戸が外に向ってひらかれ、空の青さが手にとるように間近く、開放的で牧歌的な感じがあった。この窓に向って、大きな事務用の机や円形の花びん台が並べられていた。

 落着きと明るさの同居するこの部屋は、著作をしたり、サロンとしてつかったりするには、最適のように思われた。戸松と彼の友人との三人の生活ならば、この部屋一つだけでも、十分な広さであったが、今日からはそれぞれの家族が、はるばる日本から渡ってきて加わったのである。

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  1. 2014/03/26(水) 14:04:59|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第一巻春雪の巻

 新しい家族

 戸松は自分の結婚と同時に、内地にいる二人の友人の家族もつれて来ることを約束した。年長の牧谷には既に二人の子供があったが同輩の堀下にはまだいなかった。この二人の妻と二人の子供は、わたくし共と一緒に渡航してきたのである。彼等も又、わたくしと同じように、上海は初めての人達であった。

 この家の生活は、結婚を前提に用意されたものではなく、仕事を中心に設けられたものであったから、この日から、この階上に同居生活をする事になったわたくし共女性三人は、内心少なからずまごついた。

 まず一番困ったのは、家族別に落着く部屋がなかったことである。畳のある日本間を子供のある牧谷に提供してしまうと、あとは客間のソファー式の寝台に腰をかけるか、頭までかくれてしまうような大椅子に、ふかぶかとかけるかするより外には落着くところもなかった。

 牧谷夫人は、日本間にトランクや風呂敷包みをいっぱいにひろげ、早速子供達も自分も着替えをすませ、荷物の整理をはじめた。

 「こんなに洗濯物があるわ」

 彼女は汚れ物のたばを顔の高さまで持ちあげて、まるい顔をにぎやかにくずしながら笑って見せた。長野県の松本から、三つと六つのいたずら盛りの男の子をつれて、長い旅をしてきたのであるから、着替えの服もなくなる程に次々とよごしてしまったものであろう。

 わたくしも東京から着てきた七分袖の旅行服をぬぐと、真夏のワンピースに着替えた。この土地の気候にはその方が適していた。

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  1. 2014/03/29(土) 09:25:46|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第一巻春雪の巻

 堀下夫妻はベットに並んで腰をかけ、夫人は眼をかがやかせながらしきりに話しかけている。一年半も別れていたというから、話が山のようにつもっていたことであろうが、それよりも彼女は、夫を自分のそばにひきよせておきたかったのかも知れない。たいくつな船の旅の間に、彼女の口から何度夫の事をきかされたことであろう。例えば或時は、

 「主人は結婚生活にどんな考えをもっているのかさっぱりわからないのよ。わたしがそばに寄って行かないかぎり、絶対知らん顔なの。あんまりさっぱりしているから、どうして結婚する気になったのってきいたら、あきれるじゃあないの、世の中の習慣だからさ~ですって……めちゃくちゃにたたいてやりたいと思ったこともあるのよ」

と、彼女は口をとがらせて憤激していたが、その眼は愛情にみちて笑っていた。

 それは淡泊に見える夫の内部に、静かに醸成している愛情を信じている妻の態度であった。夫に関するより外には話題を持たないようなこの夫人が、今その夫と久しぶりに相まみえたのである。彼女はそのよろこびを、大きな眼の中にいっぱいにかがやかせ、胸のあたりに組んだ両の手をぎっしり握りしめるようにして、愛の言葉とは関係のない郷里の話をくりひろげていた。

 人の前では夫婦の間と云えども、露骨に感情を出さない事が、日本の古くからの習慣である。表現せざる思いは、表現するにもまして深く烈しいものであることを、彼女の表現が物語っていた。

 堀下は片手で顎をなでながら、熱心な妻の報告を毎日の習慣でもあるかのように、さりげない態度できいていた。しかし彼が妻の話に心をうばわれている事はたしかであった。彼の眼は床の一点に視線を集めたまま動かなかった。夫人が気をもむだけあって、この夫妻は夫の方がはるかに風貌がすぐれていて、貴公子然としていた。

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  1. 2014/03/30(日) 12:53:32|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

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國 乃 礎

Author:國 乃 礎
   綱 領
政官財・癒着根絶
マスコミ横暴撲滅
国賊売国奴殱滅
現行憲法廃棄
日米安保破棄

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