いしずえ

第一巻春雪の巻

 客間の男女論

 夕暮近くなると、埠頭からこの家までついてきた出迎えの人々も帰ってしまって、広間は一層広く見え、静かになった。

 わたくしは大椅子にどっかと腰をおろして見た。ふかっと沈んでゆくような感覚であった。身体の力をぬいて椅子の背によりかかると、ふき出すようにどっと旅の疲れが出てきた。わたくしはこのまま一寝入りしてみたいと思った。

 さっきからテーブルをはさんで牧谷と話しあっていた戸松が、この時わたくしの方にちらっと眼を走らせてから急に話題を替えて云った。

 「これの母が猛烈に反対してね」

 「結婚をかね、それとも支那に来ることをかね」

 「両方ともだよ、とにかく強硬なものだった」

 牧谷は、じろりとわたくしの方に一暼をくれると、

 「そうかね」

と、腕を組んでしばし考えこんだ。が、しばらくして眼をあげると、

 「しかし、そのお母さんはいいお母さんだよ。うん、いいお母さんにちがいないと思うな」

と、たしかめるような口調でいった。

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  1. 2014/04/01(火) 15:49:04|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第一巻春雪の巻

 「?……」

 戸松は友人の言葉をどう解釈したのか、無言であった。牧谷はわたくしの顔にじっと眼をそそぐと、今度はぽそりとした口調でいった。

 「女は、ことに母親は、目先のしあわせを望むからね。そう云う仕合せでないと安心出来ないんだ」

 「これの兄が士官学校の教官をやっているだろう。だから初対面の時は、軍人の母親だからこんなに威厳があるのだろうと思ったんだ、ところが何時間一緒にいても一瞥もくれないんだ。とにかく不愉快なばあさんだと思ったな」

 戸松は髪の毛を両手で後にかきながら、それ程不快そうな顔でもなく、むしろふざけたような調子でいった。

 「女房のお袋というものは、大体そんなものではないのかね」

 牧谷も眼を細めて、にやにやっとした。彼にもそれに似た体験があるのであろうか。

 「しかし、君の奥さんの場合は、お母さんが心配するのは無理ないね。中国と日本は戦争の真最中だ。殊に君のように現地の民衆相手に活動していると、知らない人は不安に思うだろうからなあ」

 「しかし、安部先生が間に立っているんだ。信用したらよさそうなものだと思うがね」

 「心配しても心配し足りないと思うのが女親だ。ぼくのところもうるさいんだ」

 牧谷は首をちぢめて「フッフッフウ」と、いたずらっ子のように笑った。

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  1. 2014/04/03(木) 08:51:31|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第一巻春雪の巻

 彼は煙草の箱をひきよせて、器用に一本ぬきとると口にくわえ、火をつけてゆっくり一服してから、

 「しかし、君はいい結婚をしたよ」

と、今度は、しみじみといった。

 「うん、まあ、ぼくの理想を理解してくれると思うんだ。安部先生が選んでくれた人だからね。女の幸福は結婚だ。そして男の生き甲斐は仕事だ。仕事を理解してくれない女房をもったら悲惨だと思うね」

 「まったくその通りだよ」

 「いくら高遠な理想をもっていても、そばで女房が文句をいったり、けなしたりしたらやりきれないだろうからなあ。ソクラテスのように超越してしまえば別だがね」

 そこで戸松はソクラテスの話をした。

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  1. 2014/04/04(金) 12:47:57|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第一巻春雪の巻

 ソクラテスの妻は大変ヒステリーであったらしい。いや、ソクラテスがあまりにも偉大であるが故に、凡人である彼女には理解出来なかったのであろう。そのため彼女は常にいらいらさせられていた。

 ある時ソクラテスは窓の下で弟子達に道を説いてきかせていた。妻は彼が生活のことも考えずにパン代にもならない話をしていることがきらいであった。そこで何時ものようにガミガミと小言をいった。しかしソクラテスはそれを通りゆく風と共にきき流して、尚も熱心に話しつづけていた。業をにやした妻は、今度は桶いっぱい水を汲んできて、ソクラテスの頭の上から勢いよくザアーッとかけた。

 だが、ソクラテスは怒らなかった。

 「百雷の後に驟雨きたる」

といって、彼は弟子達をつれてその場から逃げ出してしまった。

 ソクラテスの話は色々きいていたが、彼の夫としての一面はわたくしにとって初耳であった。あの偉大な哲人が、妻に罵倒されて逃出して行くさまは、想像するだけでも面白く、無邪気な話である。

 「ワッハッハ~」

 牧谷は椅子の背に頭を打ちつけるようにして、のけぞって笑った。その声にさそわれるように、しばし、わたくしどもは声をあわせて笑った。

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  1. 2014/04/05(土) 10:30:13|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第一巻春雪の巻

 笑っている中に、ふとわたくしはソクラテスの妻に対する憐憫がわいてきた。同性のためなのか、それとも妻という同じ立場のためなのか、夫から精神的におきざりにされた彼女がかわいそうなってきた。

 「ソクラテス程の人が、どうして自分に最も近い妻を教導することが出来なかったのかしら?弟子に教える以前にどうしえ妻に説ききかせ、理解をふかめておかなかったのかしら?わたし、ソクラテスの偉大さをうたがいたくなるわ」

 わたくしは、ソクラテスと同性であるこの二人の男性に、多少攻撃的に不満をいった。

 「いやあ、自分の女房というものは、一番むずかしいものですよ。昔から女房と子供を教育する位困難なことはないと云われていますからね」

 牧谷は体験者らしく、力をこめてその困難性を強調した。

 「仏教ではよく縁なき衆生という言葉をつかっているようだが、仏と人間だけではなく、人間同士もどうしてもふれ合う事の出来ない面をもっている場合が多いね。ましてや男女は異質の人間だ。お互いにどうしても理解出来ない一点があるだろうと思うよ。夫を本当に理解出来る女性というのは、ごく少数で、しかも努力がともなうのではないのかなあ」

と戸松、それを受けて牧谷もいった。

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  1. 2014/04/06(日) 09:15:40|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第一巻春雪の巻

 「結婚生活というものは、とにかく根気と努力を持続することが必要だね。若い頃はみな結婚生活に夢とか理想みたいなものを持っているけどね、子供でも出来ると、もう成り行きにまかせたようなかっこうになってしまってねえ」

 実際、埠頭からこの家に来るまでの牧谷夫妻の様子を見ていると、いつも子供中心で、堀下夫妻のように、ぱっと心をとらえ合って行くような新鮮さはなかった。その代り、子供に引ずられつつ理屈なしに、ごく自然に手をふれあってゆくような和やかさがあった。子供という妥協点が、夫婦の間の一切を支え、支配しているかのようであった。

 「仏教では女を不浄のものとしているし、孔子も女子と小人はやしないがたしとも云っているし、キリストはもともと女房をもたなかったし、どうも昔の聖人君子は、皆女を敬遠しているねえ」

 ふと思いついたような様子で、戸松がいった。牧谷も、

 「なるほど……そんなに女は修行の邪魔になったのかなあ。そうかも知れんな」

 「ヒットラーもとうとう結婚しなかったからね。ぼくは思うんだが、ヒットラーが結婚して平和な家庭をもっていたら、彼はあんなに行過ぎなかっただろうな。女を遠のけて独行するところに、無理と行き過ぎが生ずると思うんだよ。人類の半分は女だ。自然は、男と女が結合して人間完成するように出来ているんだよ。

 シャカや孔子の時代は、一般の思想的水準がひくかったからね。その中にあって大衆を指導してゆくには、心を動揺させるような対象は、一応遠のけなくちゃあならなかったのだろうな。

 しかし、現代はあれから二千年もたっているからね。人間の思想もずい分ねられてきたし、人間性も色々の面から追求されているんだ。ここらで男と女が結合し、調和して、より豊かな人間性を発揚する思想文化が完成しなければならないね。

 人間の中に男と女があるんだ。女をしりぞけてどうして人間の解決があり得るかね。要はどう結合し、調和し、高揚してゆくかだよ」

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  1. 2014/04/07(月) 16:01:54|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第一巻春雪の巻

 戸松は最初の結婚に失敗し、女性に失望していた筈であった。彼は生涯独身で通すつもりであったともいっていた。事実、彼が過去に体験した六ヵ月の結婚生活は彼の心に女性に対する猜疑心と不信をうえつけてしまったらしく、わたくしに対する彼の気持は決して素直なものではなかった。それにもかかわらず、彼は心の半面では女性を求めていた。彼の精神は強くたくましかったが、彼の一面に弱くもろい点があった。その部分をしっかとふさぎ、支えてくれる相手が必要だったのである。彼自信、そうした支えなしには人生に安定のない事を知っていた。独りで行くことがいかに無理を生じ、不自然であるかを、彼自信を通して感じとっていたのである。そして異なった力が作用しあい、調和しあっているのが、自然そのものの姿であると考えていた。ここに彼の思想の根源があった。

 「そうだ、飯の用意をさせなくっちゃあ」

 突然重大な事を思い出したように、牧谷があわてて立上り、窓から外に向って中国語で人の名前をよんだ。

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  1. 2014/04/08(火) 10:56:36|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第一巻春雪の巻

 しばらくして、のっそりと体格のいい娘が上ってきた。彼女は小さめのあさぎ色の支那服を着ていたから、呼吸する度に胸の筋肉のうごきがあらわに見えていた。年は十五、六であったろうか。彼女はアマとよばれ、この家では掃除、洗濯などをさせられていたものらしい。牧谷はおぼつかなげな中国語でなにか命令し、若干の金を渡した。彼女は買物の品々の名を反覆したり、質問したりした。その声は戸板に豆を投げつけたような、威勢のいい、はじき返るような音声であった。しおらしく会釈するわけでもなく、胸をはってどたりどたりと階段を下りゆく彼女の姿には、野育ちにされた下層階級の娘のあわれさがあった。

 買物から帰ると、この娘は帰ってしまったのかもうその姿は見えなくなった。牧谷は自ら台所に立って、食事の用意をはじめた。彼は食い道楽であったから、自分で色々料理することに興味を感じていたものらしい。

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  1. 2014/04/09(水) 16:30:47|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第一巻春雪の巻

 「これ、魚ですの?あなごとも違うわねえ」

 二尺もあるような、ひらたい長い魚を見て、わたくしは驚いた。こんな長い魚にお眼にかかるのは初めてだったからである。

 「これはたち魚といってね、東支那海で沢山とれるんですよ。うまいですよ」

 にやにや笑いながら、牧谷はそれを器用に二寸位の長さに切っていった。その笑い顔から推測しても、そうねうちのある魚とは思えなかった。実際、後日買物に出て見て、この魚が市場に山のように積まれ、日本の鰺や鯖のように大衆魚として親しまれている事を知った。

 牧谷は肉や野菜の扱いも、なかなか上手であった。油をつかった中国風の料理であったが、馴れた手つきで短時間の間にさっと仕上げてしまった。

 台所は階下にあったから、わたくし達は花野の生活を邪魔しないように、庭をまわって食器や食べ物を階上に運んだ。それはずい分不便のようにも思えたが、大勢で立働いているせいか、少しも苦にならなかった。

 窓の外に、夕闇がうすい帳をはりめぐらす頃、三家族の者が一つのテーブルを囲んで食事をはじめた。それは、わたくしにとっては初めて食べる大陸の米であり、魚であり、野菜であった。この国の土から生じたこれらの物を食べることによって、わたくしの生命はこの土につながってゆくのである。それはわたくしの精神にも多かれ少なかれ影響してゆくであろうことが想像された。

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  1. 2014/04/10(木) 21:16:47|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第一巻春雪の巻

 戸松の青春遍歴

 出生の環境

 これから後、上海での活動をのべ、戦後の歩みをたどっていくためには、これまでの戸松の精神的、行動的な遍歴を紹介しておく必要がある。

 人間は歴史とともに歩むものであるとするならば、彼を育て、きたえてきた大正、昭和初期の風潮を、その背景として描かねばならない。こうした意味で、少しかたくるしくはなるが、ここに其の概略を書くことにする。

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  1. 2014/04/11(金) 17:51:51|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第一巻春雪の巻

 戸松は大正二年八月十五日に生まれた。その翌年の夏、セルビアの一青年の放った一発のピストルのたまは、ヨーロッパ全土を戦争のるつぼと化し、日本も聯合国側に参加して、華々しい戦功をおさめた。

 世界を二分したこの戦争も、ドイツの屈伏によって、四年目の大正七年に終った。

 当時、彼は五歳の幼児であったから、国内の戦勝気分など全くわかるはずもなかったが、日本はこの戦争を機として一大変転し、世界五大強国の一つに数えられるようになった。極東の日本から一躍、「世界の日本」の地位にのし上ったのである。

 その上ヨーロッパ各国が戦場となって、生産能力を失ってしまったため、そのおかげで日本の産業はどんどん発展した。

 そして、資本家はいよいよ強大となり、いわゆる戦争成金という部類の人々が羽振りをきかせ、驕奢な生活をし、遊楽にあけくれていた。

 その一方では、一般大衆は、物価の騰貴にあえいでいた。賃金は少しづつあがるのに、物価の方は大幅にぐんぐん上っていくので、生活は楽ではなかった。

 人類の精神的動向というものは、常にじゅんかんしながら移行してゆくものであるらしく、何時の時代も同じように、戦争中の緊張の後には、手のほどこしようもない反動の時代がくるものである。

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  1. 2014/04/12(土) 13:30:37|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第一巻春雪の巻

 丁度、彼の少年期も、そんな時世であった。平和、民主、自由の空気が全世界をおおい、我国民もその空気に陶酔し、麻痺していた。

 巷にはデカダンスな風潮が流れ、その日暮しの大衆は、金持の驕りをうらやみながらも、投げやりな気持にとざされていた。そうした世相をとらえて、哀調を帯びた流行歌が次々とつくられ、その歌声は日本のすみずみに風のような速さで広がっていった。それは人々の心に共感をあたえ、その歌にたくして自分の人生観をうったえるかのように、広く愛唱された。中でも野口雨情作詞の船頭小唄は、その代表的なものであった。

               おれは河原の枯すすき
               同じおまえも枯すすき
               どうせ二人はこの世では
               花の咲かない枯すすき

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  1. 2014/04/13(日) 09:09:22|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第一巻春雪の巻

 資本主義の発展とともに、その弊害もあらわになり、都市労働者は、きびしい労働と低賃金の悩みからぬけ出る希望もなく、花の咲かない枯すすきの人生を嘆いていたが、地方農村もみじめな状態にあった。

 その頃、戸松の生地である東北は、三・四年目毎に冷害の憂き目にあっていた。このひんぱんなききんのため、自作農でも生活のゆとりはなかったが、小作人にいたると水呑百姓といわれ、農夫でありながら穀類に事欠くありさまであった。

 冷害のひどい時には、人々は山に出かけ、わらびの根を堀りおこしてそれを食糧とした。貯えのない零細な農民は、窮場をしのぐためには手段をえらばなかった。そうした窮状につけこんで、人身売買が流行し、娘をもつ家には人買いがしつこく出入りした。買われた娘の行き先は、女郎屋か芸者の置屋にきまっていたから、誇りを重んずる農夫は歯をくいしばってもそうしたわなには陥らなかったが、貧困につかれ果てた者は、苦しまぎれに身代金ほしさから、娘を遊里へと送ったのである。

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  1. 2014/04/14(月) 11:03:22|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第一巻春雪の巻

 いろりばたの夜話に、大人達が近くの村々から売られていった娘の噂話をしているのを、戸松はよく耳にした。大人が二人以上集まると、きまって貧農の家庭の噂話が出た。

 或家では秋の収穫期まで、どうしても生活の方途がつかなくて、出そろったばかりの青田の稲を売った。成長の過程にある作物は、未完成品として出来るだけ安くたたかれたが、外に手段をもたない彼らは、そうして一時をしのがねばならなかった。

 又、或者はいよいよ食いつめて、家の土地を売りはらって北海道へと渡った。人々はこれを「マツメ(松前)落ち」といってあわれんだものであった。

 このように国内が、たいはいと貧困の重苦しい空気にとざされていた大正十年、アメリカの主唱によってワシントン会議がひらかれた。これは日本の世界的発展をおさえようとする米英の計画によるものであったから、この会議で日本は、国防の自主権を失い、中国における当然の権益を抛棄して、そのかわりに自縛的な条件を甘受してしまった。

 戦争の記憶もあたらしく、戦争を嫌悪し、自由の空気に酔うていた頃であったから、この片手落ちな軍備縮小もなんら国民的抵抗もなく受けいれられた。そればかりでなく、平和にあこがれるのあまり、自国の当然の権利をすてることにも、国民は未練をしめさなかったのである。

 狂人が自分の肉をさして笑い興ずるように、当時の国民も又、自国の損失に無関心で、平和を謳歌していたのであった。これを戒めるが如く、大正十二年関東大震災がおこった。

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  1. 2014/04/15(火) 13:53:43|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第一巻春雪の巻

 青少年時代

 戸松は青年となるや、この疲弊した農村をすてて東京に出ようと考えた。生活にあえいでいる農村では、人情も利害によって左右されやすく、燃え上るような若者の夢も無情にも叩きこわされる心配があった。

 このような雰囲気の中では、いつしか自分の人生に対する理想も、風船のようにしぼんでゆくおそれがあると彼は考えた。父も彼の胸中を察し、理想高くつき進んでゆくことをすすめ、上京をゆるしてくれた。

 丁度その頃、ロンドンにおいて軍縮会議が開催されていた。これはワシントン会議につづいて、米英が日本の進出に圧迫を加えるためのものであった。

 時の浜口内閣は、国際的な協調を重んじ、一方では国民の経済的負担を軽くするために、この不当な譲歩も止むを得ないと認めたのであるが、米国全権スチムソンは上院において、

 「われわれは、米国が十八万トンの優勢になるまで、日本は一隻も新造せず、足ぶみして待っておれと注文したのである。日本が己の手をしばる協定にしたがった勇気に対して、脱帽して敬意を表するものである」

といって、自分の外交上のてがらを誇ったものであった。

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  1. 2014/04/16(水) 09:42:05|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第一巻春雪の巻

 このロンドン会議にたいして、国内の論議はまちまちで一定しなかったが、最も憤慨したのは海軍であった。そしてこの協定は複雑な世相を刺激して、次々と事件をひきおこしていったのである。

 このように世の中が緊迫した頃、戸松は上京した。学業をおさめ、偉大な政治家となって、貧困を救わんものと意気ごんで上京した彼は、ここにも救いようのない貧乏が渦巻いているのを見た。

 昭和四、五年来、世界的恐慌が渦潮のように荒れまわり、我国も浜口内閣のデフレーション政策によって、国内は異常な不景気におそわれていた。戦中、戦後の好景気でさえ、国民の大半は生活に恵まれなかったのであるから、この経済不安に直面しては、手の下しようもないほど悲惨をきわめた。

 失業者は巷にあふれ、労働者はひくい賃金と過重の労働にあえいでいた。

 戸松の心を絶望的に暗くしたのは、野良犬のようにゴミ箱をあさっているたくさんの乞食の類であった。彼らは形もはっきりしないボロボロの布をまとって、夢遊病者のようにゴミ箱からゴミ箱へとさまよっていた。それは丁度、地獄から這い出した亡者のようにも思われた。

 「ウ、ウーン」

 彼は胸の中に沈痛な溜息を発して、これらのうごめく不思議な動物を見まもったものである。

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  1. 2014/04/17(木) 13:02:38|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第一巻春雪の巻

 そして、肚の底からむくむくと怒りがわきあがってきた。その怒りは、人間から脱落した、飼犬にもおとるこの動物的な乞食にたいするものでもなく、少年時代に見聞きした農村の貧困にたいするものでもなかった。当時の彼には、政治の欠陥などはっきりわかるはずもなかったから、眼に見えない社会全体をおおっている空気にたいして漠然とした怒りを感じたのである。

 こうした彼の心に、潮がおしよせてくるようにひたひたと左翼思想が流れこんできた。

 彼はその頃、早稲田大学に籍をおいていたが、勉強は殆ど図書館で自己の計画にもとづいて行っていた。その上著名な学者や、当時の指導的人格者から、直接に薫陶を受ける方法をとった。頭山満翁や安部先生に愛されたのも、その頃であった。

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  1. 2014/04/18(金) 21:26:53|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第一巻春雪の巻

 しかし、若い彼には、先輩のいかなる教えも、全身の血をわき上らせるようなマルクス学説の魅力にはおよばなかった。

 日本の左翼運動は、世界大戦後ロシア革命の影響をうけて、ようやく勢力を加えていたが、当時の経済不安は労働問題を次々にひきおこし、その運動をいよいよ活発にさせた。貧しい階級のため、情熱をもやしつづけているこれらマルクス主義者の姿は、純情な青年の心には神聖なものにさえ思えたのである。

 貧乏がいかに人間性をゆがめていくものであるかということを、幼い頃から見つめてきた彼は、いつしかマルクス理論の理想にすっかり魅せられてしまった。そしてこの地上から、貧乏を一掃するには、共産主義によるより外にあるまいと考えるようになった。そのことは丁度、純白な紙に赤いインクを落したように、みるみる中に彼の頭を占領していった。彼はむさぼるようにマルクスの著書に読みふけっていった。

 このように左翼思想が純真な青年や不満をもつ労働者の間に浸透しつつある時、その反動として右翼活動もますます活発になっていた。

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  1. 2014/04/19(土) 10:59:12|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第一巻春雪の巻

 昭和七年五月十五日夕、東京の町々にはあわただしい号外の鈴の音がながれた。現役の陸海軍の軍人が、首相官邸、警視庁、日本銀行等を襲い、犬養首相がそのぎせいになってたおれたのである。尚同時に、右翼の別動隊が数ヵ所の変電所を襲ったが、科学的知識がなかったため目的を果すことが出来なかった。

 この年には年頭から、二月、三月と血盟団員によって、政財界の人々が暗殺され、なんとなく不穏な空気がただよっていた。

 前年から大陸には満州事変がぼっぱつし、支那の侮日、排日政策にたいして、関東軍は治安の維持に任じていたが、張学良軍の対抗きびしく、それに応じて戦っている中に、その政権を倒してしまった。

 このような現地の状態にたいし、政府の対中国政策は消極的で、協調外交の方針であったから、国民の不満はだんだんに高まりつつあった。

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  1. 2014/04/20(日) 21:29:30|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第一巻春雪の巻

 中でもロンドン協定の譲歩で、業をにやしていた軍部は、弱腰の外交にいよいよ不満と怒りをつのらせていた。その上経済不安、思想対立等で国内の治政も行きづまっていたから、これを打ち破ろうとして、これら軍人つ右翼の一部が結んで、この挙に出たものであった。

 この事件の影響をうけて、国家を革新しなければならないという声が一層高まってきて、政党政治は全く無力視され、信頼を失ってしまった。

 国をあげての確信の声の中には、左翼思想にもとづくものと、右翼思想に立つものとあった。右翼思想のがわに立つものは、左翼思想を不穏であるとし、彼らは復古的、保守的で、国体をまもるのがその任務であった。五・一五事件以来、その活動は活発化しその思想は軍人労働者学生へと広範に浸透していったため左翼から転じてくるものも大分あった。

 丁度その頃、戸松も思想的に大きな壁につきあたっていた。

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  1. 2014/04/21(月) 10:14:19|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第一巻春雪の巻

 マルクスは共産主義のユートピアをきずく前提として、伝統は勿論一切の権威を否定し、労働こそ最大の価値であるととなえている。しかし幼少から皇室中心の家庭に育った彼は、死しても護るべきものと信じていた伝統を、一片のホゴのごとく捨てふみにじることは出来なかった。たとえ今日まで、マルクス学説を偉大であると信じてきたとしても、それが伝統を無視し破壊するものであると知った時、尚それを甘受し、信従してゆくことが出来るであろうか。彼には出来そうにもなかった。

 この国の伝統は、遠い古から、われわれの先祖の胸から胸につたえられ、幾多の叡智と努力によって磨き深められてきた精神の蓄積である。この魂の流れをうけて、自分の今があるのである。伝統を否定することは自分自身を否定することでもあった。

 マルクス主義は、少年時代からの彼の念願である貧乏を一掃するには、もっとも適したものに思われたが、一方には彼の精神的生命とは、全く相容れない点を多分にふくんでいた。彼の心はこの矛盾にとまどった。

 そこで彼は一日安部先生の書斎を訪れた。先生はその頃高田本町に住んでおられた。先生は非常に青年を愛する人であったから、戸松の来訪をいつでも心よく迎えて下さった。その上、書斎を戸松に解放し、自由につかうことを許していた。

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  1. 2014/04/22(火) 13:49:32|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第一巻春雪の巻

 その日も先生は豊かな温顔に微笑をたたえて、この向学心にもえて奔馬のようにはやっている青年を見つめて対した。

 このおだやかな、人を信ずる力の強い師匠に対する時、戸松は心を洗いきよめられるような感じを抱くのが常であった。彼は先生の大きな温和な心に甘えきって、武蔵が道を求めて愚道にせまっていくように、肉迫していった。当時の彼は、どんよくな知識の鬼といってもよかった。

 先生も又、内心~青年とはこうでなければならない、好ましい青年である~と考えていたから、彼が熱すれば熱する程、大らかに愛した。

 この時も彼は、色々の話の後で質問した。

 「この世から貧乏をとりのぞく為には、共産主義がもっとも理想的だと思いますが、これは日本の伝統と真向から対立しています。共産主義の社会では天皇は邪魔になります。

 しかし、天皇は日本の歴史的生命のようなもので、これをとりのぞくことは感情的にしのびません。天皇が社会民衆を救うガンになるというこの矛盾を、どう解決したらよいでしょう」

 当時の彼は、まだ伝統とか天皇にたいする認識が浅く、幼い頃からの家庭の習慣として、感情的にこれを尊敬し信従しているに過ぎなかった。まだ伝統にたいする自覚的把握が出来ていなかったから、これを、渦潮のように彼の頭の中に流れこんで来た西洋的知識と、どのように結合させたらよいのかわからなかった。

 二つの思想は寒流と暖流のように、それぞれの流れに分かれて、彼の頭の中を流れまわっていたのである。

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  1. 2014/04/23(水) 16:13:46|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第一巻春雪の巻

 先生は、彼の若々しい問いに相好をくずし、にっこりして、

 「それはよい質問ですね」

と、この質問の出る日を待っていたかのように、青年の生き生きした眼をたのもしげに見入った。

 先生は社会主義者ではあったが、共産主義をきらっていた。何事にも「無理をしない」ということが先生の信条であったから、過激な破壊活動をともなう思想主義とは、肌合があわなかったのかも知れない。

 ややあって、おもむろに、

 「共産主義のように一切の現状を否定して、階級闘争することには賛成出来ませんねえ。元来、社会主義というものは、天皇と矛盾するものではありませんよ。社会主義は、社会体制つまり政体を改革するのであって、国体をかえるものではありませんからね」

 そこで先生は、日本を社会主義的福祉国家に改革するには、軍人、官僚、政治家の頭を、社会主義的に変えてゆかねばならないことを強調した。それは気の長い話のようであるが、もっとも無理ない方法のようにも思えた。

 先生は、戸松がマルクス理論に熱中している間は、決してそのことを批判することなく、彼のなすがままにしておいた。彼の本質を信じていたから、そのことが彼の思想をより広く深いものに育ててゆくための過程であることを知っていたのである。そして、いよいよその思想にゆきづまりをきたしたことを知った時、先生はしずかに日本における社会主義のあり方を説いてきかせたのであった。

 人間の精神の成長するさまを、じっと見つめつつ、その個性に応じて適宣に手を加えていける人は真の教育者である。それは、神を知る者にのみ可能なことである。そういう意味で、先生は神の志をもった教育者であったといえる。

 若し先生が、日本の道統をよくかみしめて、肚の底にたたんでいた人であったなら、この国の土壌にあった驚くべき学説をたて、日本の未来を指導する大きな力になっていたかも知れない。しかし先生の主義主張の根底は西欧的、つまりキリスト教的救済にあった。

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  1. 2014/04/24(木) 08:41:23|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第一巻春雪の巻

 満鉄時代

 戸松の思想が、一つの大きな曲り角にきていた頃、安部先生の世話で就職がきまった。それより三年前の昭和七年、国際的な非難をあびながらも満州国が独立し、血気の若者達は大陸に夢をもとめて、満洲へ満洲へと渡っていった。その頃はまだ家族制度が徹底していたから、どこの家でも長男が国外に出ることは好まなかった。そこで戸松もまず国内に仕事を求めたのであった。

 しかし、もともと彼には、あたえられた職場であたえられた仕事を、忠実にやるだけの下級社員の仕事は肌に合わなかった。自分の創造力を自由に生かしうる場所がほしかった。それには日本の社会は、どこもかしこも行き詰り停滞していた。そこで彼は、失業者の多い日本で少ない給料にかじりついているよりは、新興満州に渡って、大陸の風土と民族の中に身を投じてみたいと思った。

 安部先生に相談すると、快よく賛成して下さった。

 「その方がいいでしょう。あなたのように純情な人は、日本におれば共産党にひきこまれる心配がありますからね。日本では見ること聞くこといらいらさせられることばかりでしょうから、少し遠くはなれて故国をながめることも大切ですよ」

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  1. 2014/04/26(土) 08:39:27|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第一巻春雪の巻

 家庭的にも彼は立上って収入を得なければならない時機に遭遇していた。父は病衰のため廃人同様となり、弟妹は成長してそれぞれ上級学校に進む頃になっていたから、当然長男の彼にも負担が加わってきたのである。せちがらい日本とちがって、独立間もない満州は、有能な人間であるならば必ず優遇するにちがいなかった。

 彼はまだ若いのだ。弟妹が一人前になるまで面倒を見て、自分自身の人生にも自信が出来た時、民衆のため、国家のため誤りない行動をもって貢献出来る日を待つべきである。

 この二十三歳のたくましい若者は、病気にやつれた父にとっては唯一のたよるべき柱と見えたのであろう。渡満と同時に、家庭の経済的責任の大半を負わされる身となってしまった。

 理想と家庭の板ばさみになりながら、彼の大陸生活はこうしてはじめられたのである。

 その翌年の昭和十一年二月二十六日、東京では又もや反乱事件がおきた。

 その日の未明、東京は夜来の雪につつまれてまだ眠りの中にあった。この時、近衛歩兵第三聯隊の将兵千余名が、政、財界の高官巨頭の邸を襲撃したのである。そして多数の大物ともいえる人々が倒され、要所々々を占拠されたので戒厳令がしかれ、人々は一体どうなることかと恐れた。しかし幸いにも流血をみずにこの反乱もしずまった。

 この爆発的事件に一時はおどろいた一般大衆も、おいおいにその反乱の動機を知るに及んで、獄中につながれたこれら青年将校に同情をよせる者も多かった。二十七日夜半、戸松も事件の関係者として逮捕投獄されたのであった。

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  1. 2014/04/27(日) 13:07:23|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第一巻春雪の巻

 満州にいる同胞にも、この事件はつよい衝撃をあたえた。彼らは故国の内部にくすぶっている怪煙を、よそごとのように遠く眺めている気持にはなれなかった。と同時に又、彼らも、この青年将校らの気持には共感をよせずにはおられなかった。

 当時の政界は、後にひかえた財閥によって自由に動かされ、政治家は地位を利用して自分の利益をはかろうとし、収賄などがしばしば行われ、政治は堕落していた。

 その上国民は生活に窮し、貧乏の溜息は国内によどんでいた。中でも農村の窮迫はひどく、軍隊の兵卒の多くは農村出身であったから、彼らはそれぞれに家庭的な悩みをもっていたのである。

 或者は妹が女郎に売られたことを嘆き、或者は親が病気しても医者にかけることが出来ないといって涙をこぼした。又或者は時たま休暇に家に帰っても、家計をたすけるために死にものぐるいで労働し、思わず門限に遅れる者もあった。これらのかわいそうな部下をかかえて純情な若い将校達は、はぎしりして政治のふはいと無能を怒った。

 家族の上に多くの不安と悩みをもっている貧しい部下達に、一朝事ある時には、一切をわすれて国のために尽せということが云えるであろうか。志気を高めるには、まず家庭の安泰をはからねばならない。それにはまず、政治力によるより外ないというのが、彼らのつきつめた考えだったのである。

 そうした若い軍人に影響をあたえ、国家革新の熱意をもえ上らせたのが、北一輝の「日本改造法案大綱」であった。それは天皇社会主義ともいわれるもので、復古的な従来の右翼思想に比べると大変近代的で民主的なものであった。

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  1. 2014/04/29(火) 15:03:01|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第一巻春雪の巻

 この著書は、ロンドン条約後、これに不満をもつ軍人の間に広くよまれ、国家革新すべしという声が、「のろし火」のようにあがり、それが風にあおられた野火のようにひろがりつつあった。

 直接行動に出たこれら血気の軍人も、そうした時代の空気を全身に感じていたから、自分らが立上ったならば大勢がこれを支持し、ついて来るものと思っていた。しかし彼らの考えはまだ若く甘かった。

 その頃の軍部は二派に分かれていて、国内革新第一主義の反対の者も多く、せっかくの彼等の壮挙も、他を動かし立上らせることは出来なかった。

 彼らは方法をあやまったのである。だらくした政、財界の巨頭を倒せば、それで革新が可能であると思ったところに大きな誤りがあった。線香花火におわるこのような行動は、世の中を刺激し眼ざめさせるには役に立つかもしれない。が、しかし本来の目的を果すためには、蝦が古いからを脱ぎすてる時のように、次に代るものが内部的にととのっていなければならないものなのである。彼らの失敗は、世の中から独走したところにあった。

 社会のため、国家のため、純粋な心で立上ったこれら青年の理想も、時代の濁流にもろくも打ちくだかれ、結局、身をもってその責任を問われねばならなかった。

 彼等の肉体は、牢獄につながれ行動は封ぜられた。されど彼らの精神をつなぐ牢獄はなかった。時代に鈍感な人々でさえ、彼らの魂にうたれ、ひそかに同情をよせるものが多かった。

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  1. 2014/04/30(水) 14:36:42|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

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國 乃 礎

Author:國 乃 礎
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政官財・癒着根絶
マスコミ横暴撲滅
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