いしずえ

第一巻春雪の巻

 軍紀の弛緩荒廃

 塩の値上げ事件以来、戸松とY大尉の間は今までにもまして気まずいものになっていった。精神的にも腕力的にも、自分の力では統御出来ないこの部下が、Y大尉には誰よりも煙ったい存在になってしまったのである。

 あるとき、彼はついに戸松に半ば嘆願的に相談しかけてきた。

 「君と俺とはどうも性格が合いそうにもないから、君一つどこかへ転任してくれんか。」

 なるほど~戸松も心の中にうなずいた。なんといってもY班長は上官である。人間的にも力においても、部下に敗北し、面目を失った以上、その部下と仕事をともにすることは不愉快であろう。Y大尉の不正と横暴にたいしては、強い正義心をもって抵抗した戸松であったが、おだやかに話しかけてくる相手にたいしては、只諾々とその要求をいれるのみであった。

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  1. 2014/07/05(土) 13:29:05|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第一巻春雪の巻

 「あなたは上官なのですから、わたしに転任することを求めるよりも、あなたが適当なところへわたしを廻したらいいでしょう。わたしはそれに異存はもちません。」

 Y大尉もやっとホッとしたと見えて、早速奔走して、戸松の性格に向くようなところを斡旋してくれることになった。

 そんな話があってから二、三日後、突然竹田宮殿下が天皇陛下の御下賜品をもって、はるばる東京から上海の十三軍司令部に来られた。

 そしてその翌日、戸松は高級副官からよばれ、この御下賜品をもって南京と蛛阜の特務機関に、出張するように命ぜられたのである。本来ならば沢田軍司令官がもっていくべきであるが、軍務の都合で忙しく各機関にそれぞれ届けることが出来ないから、その名代として行くようにというのであった。

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  1. 2014/07/05(土) 16:54:31|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第一巻春雪の巻

 そこで、早速南京特務機関に、高級副官から命ぜられたままを電話で伝達し、明日午後に到着することを知らせておいて、翌早朝、酒村という下土官をつれて出発した。

 上海から南京までの約五時間、戸松らがのっている展望車に、数名の高級将校が乗ってきたが、通りすがりに「恩賜品」とはっきり記された白布の包みを見ても、誰も目礼さえしようとする者はいなかった。

 彼らが「大元帥陛下」と仰いでいる天皇からの陣中見舞品である。天皇の御心がその品にこめられていると思うならば、素知らぬ顔で側を通りすぎられるはずはない。しかもどの人も全く無関心のごとく冷淡な態度なのである。戸松は不思議なことだと思った。

 南京駅についたのは午後一時頃であった。前日到着列車を知らせておいたのに、駅には誰も迎えにきていない。

 これが恩賜品をむかえる軍の態度かと、不思議に思うよりも腹がたってきた。

 早速、酒村に迎えをよこすように電話をかけさせた。

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  1. 2014/07/06(日) 21:17:19|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第一巻春雪の巻

 間もなくやってきたのは、支那人が運転した自動車だけで、日本の軍人は只の一人ものっていないのである。

 これは~と、戸松はますます腹のしこりが固くなる思いである。

 いよいよ特務機関に近づくと、自動車は表門に向わずに裏門にまわろうとする。

 「なぜ表門から入らないのだ。」

ときくと、今日は日曜日だから表門はあいていないのだという。

 ますますもって怪しからん。もうかんべんならん~と、戸松は考えた。

 「恩賜品をむかえるのに裏門とはなんだ。表門にまわってあけさせろッ」

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  1. 2014/07/07(月) 08:48:46|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第一巻春雪の巻

 どなられた中国人の運転手は、おどろいて表門の方に車を向けた。彼には恩賜品の意義などわかるはずはなかったが、ビリビリひびきわたる戸松の声に恐れをなして、あわてて門をあけさせ、車を庭内に乗りいれた。

 迎えに出てきたのは、和服の日本人であった。

 「いやあ~御苦労さまでした。わたしは棚橋中尉であります。」

と、彼はくったくない顔でにこにこ笑っていたが、戸松は一層にがりきってしまった。

 「中尉だかなんだか知らんが、軍服を着ていないような者には用はないッ」

 棚橋中尉は、瞬間虚をつかれたように顔を硬直させ、しばらく次の言葉も出ないようである。そこで戸松は追いかぶせるように、

 「原田少将以下、全員迎えに出てもらいたい。昨日連絡しておいたように、軍司令官閣下の名代として恩賜品をもってきたのだ。」

と、命ずるように云いはなった。

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  1. 2014/07/08(火) 15:55:58|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第一巻春雪の巻

 中尉はいよいよ面くらった態で、

 「なにしろ、今日は日曜日でして、外の者はいないものですから……」

 「恩賜品が着くというのに、それが軍人の態度かッ。これは只の品物ではありませんよ、陛下の御心のしるしなんですぞ」

 筋の通った戸松の言葉に、中尉はすっかり恐縮してしまったごとく、方々に電話連絡して全員を集めるのにけんめいであった。

 約一時間もして、機関長以下整列したところで、戸松はゆっくりと自動車を降り、機関長に恩賜品を手渡した。そして今までの腹のかたまりを吐きつけるように云ったのである。

 「恩賜品にたいする軍の態度がまるでなっていないッ。原田閣下以下将校全員腹を切れッ……と思う。」腹を切れッと大声をあげた時、全員サッと顔色が変ったのが戸松にははっきりわかった。名代とはいえ、彼にはそういう事を云う権限はない。そこで「……と思う」とむすんだのであった。

 度胆をぬかれた人々は、すっかり緊張してしまったようであったが、戸松は彼らの精神のゆるみを感じないではいられなかった。

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  1. 2014/07/09(水) 10:41:33|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第一巻春雪の巻

 日本軍人の精神は、天皇に帰一し統一されているようであって、それは表面的な形式にすぎないのであった。心と心が天皇と軍人をむすんでいると考えるのは、形式に眩惑されているからであった。天皇の御心が、そのまま将兵に直流しているものならば、恩賜品にたいしても、もっと感謝と感激があっていい筈である。そしてそれを軍司令官がもって来ようと下級将校がもって来ようと、一兵卒が持って来ようと、受けとる側に態度の相違があるべき筈がない。なぜなら、天皇の御心をうけとることが主であり、総てだからである。

 もはや、日本軍人の精神には、天皇は生きていなかった。天皇は軍人の心の中に、すでに化石になろうとしていたのである。

 その夜、兵站旅館に泊った戸松、酒村は、翌朝バンプーに向った。ここでは機関長代理、二村総務部長が駅まで出迎え、機関長桜庭少将以下全員整列して待ちかまえていた。

 昨日とちがって、今日はずい分鄭重だと思っていると、今朝南京特務機関から、今度の宰領者は大変きびしいから注意するようにとの電話があったと云うのであった。

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  1. 2014/07/10(木) 09:35:55|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第一巻春雪の巻

 翌日上海に帰って、高級副官に報告に行くと、いきなり、

 「南京で何かあったのか。」

と、きかれた。

 戸松は何くわぬ顔で、

 「別に何事もありませんでした。無事恩賜品を届けてまいりました。」

 「しかし、南京からしきりと電話であやまってきていたが……なにかあったのだろう。」

 「いいえ、何もありませんでした。」

 副官はなにか聴き出したいような顔であったが、戸松はそれ以上答えようとしなかった。無事恩賜品をとどけた以上、自分の任務を果たしたのであるから、それ以外の事を事新しく報告する必要はないと考えたのである。

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  1. 2014/07/11(金) 13:02:04|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第一巻春雪の巻

 ところが、この事はどこからともなく伝わってきて、そのうちに人々の話題のたねになってしまった。心ふかく眠っていたものを呼びおこされたように、人々は今更のように共感し、又痛快がったのである。

 (そして、その後、原田閣下が機関長会議で軍司令部に来たとき廊下で戸松とばったり会った。高級副官に例の不敬事件を報告していないことを知って驚き、「やあ君、君は不思議な男だねぇ。偉い」と云って誉めたものであった)

 Y大尉の奔走の結果、戸松が滬西連絡管として、直接支那民衆の政治、経済にたずさわるようになったのは、それから間もなくであった。十三軍司令部政務班に勤務してより、三カ月後の盛夏のころである。

 当時、上海は国際都市といわれ、各国の租界に劃されていて、色々の人種が雑居していた。ここ滬西は、フランス租界に隣接した全くの支那人街で、統治上一番困難なところといわれていた。

 占領地域は、表向き支那側の政府によっておさめられていたが、日本の軍政にそくして統治するようになっていたから、結局連絡管が中国側と日本軍との間にあって、政治、経済を連絡するようになっていた。

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  1. 2014/07/12(土) 09:21:13|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第一巻春雪の巻

 戸松は主として経済の方面を担当していた。

 この二年来、日本軍が漢口、徐州、南昌と主要都市を次々に攻略しているうちに、その地方からの避難民がぞくぞく上海に集ってきて、当時の上海の人口は二倍余にふくれ上っていた。

 そのため物資の不足を生じ、物価がうなぎ上りにあがって、下層市民の生活は貧窮をきわめるばかりであった。

 中にはこの状態につけこんで、食糧や生活品を運びこんで、暴利をむさぼる者も多く、日本軍が農民から買い上げる微弁米の価格は一支石(日本の五斗五升)について百八十円であったが、市中では九百五十円の闇値で売買されていた。

 このような経済の混乱のほかに、もう一つ困ったことには、多くの人間のうごきにまぎれて抗日中国人が武器や弾薬をもって流れこみ、毎日のようにテロ事件がおきることであった。

 そこで日本軍は、清郷工作と云って、武器、弾丸、主食品などの持ち運びを禁止し、上海周辺に竹矢来をもうけて、自由に出入りできないように通行を看視することにした。

 そして警備の兵隊を各所に配置して、矢来をやぶって不法侵入できないようにした。

 ところが、広い地域を限られた人数で警備するのであるから、監視のとどかない時が生じて来る。そういう時を見はからって、民衆は竹やらいを破ってなだれこんだ。

 その激しさと執拗さを止めるには、小銃弾でもとばして、おそれさせるより外に方法はなかった。

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  1. 2014/07/13(日) 09:36:41|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第一巻春雪の巻

 戸松も、支那民衆の動静を視察するために、しばしばこの竹矢来地帯を見廻ってあるいた。

 ところがなんと、それは噂以上の壮観である。一斗、二斗と入っている米袋を、持てるだけ背負いこんだ中国人達が、矢来をやぶって、蟻のように行列をなして進入しているのであった。

 折あしく警備の兵隊でも通りがかれば、たちまちにして銃殺されることを承知しながら、彼らは警備のわずかな間隙をぬって、生命がけで行動をおこしているのである。運悪く銃弾に倒れた者がいると、側の者がいちはやくその荷物をかつぎとり、人間のものとは思われないような怪力を見せながら、懸命に市内にむかって駆けこむのであった。

 戸松はこのさまを呆然とながめ、中国民衆の生存欲の強烈さに驚嘆した。

 生活苦にあえいでいるこれら貧民たちは、農民から米を買入れ、危険をおかして市内にもぐりこみ、これを売って衣料を買いこみ、二重商売をして生活をたてているのであった。

 そうでもしなかったら、彼らは餓死するより外なかったのである。

 生か、死か~その岐路に立たされている民衆の生存欲は、危険をおかすことによって一層強烈さを増していた。

 彼らにとっては、是か非かは問題ではなく、なんとかして首尾よく目的を達し、生活の糧を得たいという一念あるのみであった。

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  1. 2014/07/14(月) 00:49:34|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第一巻春雪の巻

 このはげしい生存の闘争に立ち向っていけない者は、街頭に無力な姿をさらして乞食をしたあげく、飢と病のため野たれ死してゆくのみである。

 実際、市内には町々に乞食がむらがり、餓死者がごろごろと石ころのように路傍に捨てられていた。

 朝の歩道にてんてんと死体が捨てられているかと思うと、その中に紙屑でもひろい集めるように、車でこれをかき集めていって南市死体処理場に運んでいく。すると、又夕方には別の死体がすてられているのであった。

 こういう状態を目撃しながらも、日本軍はこれに対して何ら対策をたてようとはしなかった。いや解決する能力がなかったのである。

 中国民衆も、こうしたことには既に馴れっこになっていた。革命、戦乱、飢饉、洪水等の人災、天災の歴史の中に生きつづけてきた彼らには、力尽きた者が死ぬことは、太陽が西に沈むのと同じように当然のことだったのである。

 菰の中から手足だけがぬっと出ている死体のすぐ側で、彼らはゆうゆうと屋台店を開き、あつい油の中でジューッ、ジューッとまんぢゅうを揚げながら、通りゆく人々によびかける。

 飢とたたかいつつ死んだであろうその死体の上に、まんぢゅうの一つものせてやろうという人間的感情すら持合せていないのである。

 ここにはもはや、人間性の麻痺状態がおきていた。

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  1. 2014/07/16(水) 00:24:59|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第一巻春雪の巻

 力ある者、働く者には食う権利があり、力なき者、働けない者には食う権利すらあたえられていないのである。店先に山のように積まれた食べ物も、それを買い求める力なき者には、この世では口にすることの出来ない無縁のものであった。

 彼らはつややかに色づいた各種の果物もその眼で見ていた。美しく彩色された菓子も、豚肉の山も、油のにえるおいしそうな臭いも知っていた。しかし彼らは、原始林の中に文明から見すてられている黒人よりもあわれであった。彼らは社会から見捨てられているばかりでなく、食べ物からも見すてられ、神からも見すてられていたのである。

 日本軍にも中国民衆にも、この混乱した不条理な社会を、どう改革し整理していくかという熱意も創造力もなく、彼等は人間性の不具者となってしまっていた。

 「これはひどい~」

 転勤早々、戸松はこの惨状におどろいたのであるが、今眼の前に生存欲のガキとなって、竹矢来をやぶって必死にうごめいている民衆をみつめていると、蓮の池から地獄の底を見下している仏陀のように、彼らに生きるための一すじの蜘蛛の糸をなげあたえてやりたいような、哀切の念がわきあがってくるのであった。

 「民生にさからって成功した政治はない。軍の立場から治めるのではなく、中国民衆の立場に立った政策でないと、今に民衆から遊離して苦盃をなめる時がくる。」

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  1. 2014/07/16(水) 15:56:14|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第一巻春雪の巻

 戸松は人毎に軍政の欠陥を説いた。或時は上官に命ぜられるままに率直な論文も書いた。

 交戦地ならば、軍の立場が中心でなければならないが、占領政策はあくまでも民衆の立場を中心に打立てられなければならない。日本の軍政は、根本をあやまっている、というのが戸松の主張であったが、その真意を深く掘りさげてみようとはせず、

 「戸松は共産主義者らしい」

と、ひそひそ語り合う者まで出てきた。

 新しいアジアの建設を理想とするならば、戦争そのものより、民衆を養い、民衆を導くことの方に重点がおかれなければならないのに、日本は武力をふりまわし、威嚇しながら圧政を加えていたのである。

 しかも奇怪なことには、現地の当事者の殆どが、この事変が戦争として、徹底的に敵を降伏、壊滅にまで追いつめるものなのか、それとも中国の政治革命なのか、その性格が全然わかっていないことであった。又これを深く考えて見ようとする者もいなかった。

 事変の性格が明瞭でないところに、軍の方向も定まらず、軍の無方針は現地の人間を弛緩させ、工夫創造力を失わしめていたのである。

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  1. 2014/07/17(木) 09:21:07|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第一巻春雪の巻

 もともと日本陸軍は、はじめから中国と戦う意志はなく、脅威の対象はソ聯にあったから、この予期しなかった戦いが長びくにつれて、弾薬の欠乏をきたし、対ソ戦にそなえて心配が増すばかりであった。殊にノモンハンで、強大なソ聯の実力を見せつけられてからは、軍のあせりはつのるばかりであった。ノモンハンでは、ソ聯軍は最新型の機械力と新しい戦術をもって、日本軍をさんざん悩ましたのである。

 日本が広大な中国大陸に精力を消耗している間に、ソ聯は着々と第二次五ヵ年計画をすすめ、国力をたくわえ、ソ満国境に関東軍の二倍もの軍力を備えていた。

 共産主義の赤い怒濤は、何時この防波堤を破って満洲を洗い、波頭をたて、日本に向ってくるかわからないのである。

 「世界革命は東方において決す」

と、レーニンが標榜した言葉は、日本朝野の警戒心を一層根深いものにしていたから、いつまでも蒋介石とにらみあっているわけにはいかなかった。

 そこでこの年の三月、戸松の渡支する二ヵ月前、陸軍は日中事変処理案を決定し、十五年中に政略、戦略的に見込みがつかない時は、自発的に撤兵するという方針を立てていた。

 つまり、日本が中国対策にすっかり熱意を失い消極的になっている丁度その頃、戸松は上海に渡ったというわけである。

 民族精神が全般的に荒廃の方向に流れている上に、中央の方針が常に変り、経綸ある指導が行われないのであるから、現地の空気が弛緩し頽廃してゆくのは当然のことであった。

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  1. 2014/07/18(金) 10:41:54|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第一巻春雪の巻

 しかも、さらに驚いたことは、自発的撤兵をとなえてから三ヵ月もたたないうちに、又もや軍部の方針が百八十度の変転をしたことである。

 即ち、和平撤兵から、増兵討伐にかわり、蒋介石壊滅にむかったのである。

 それは欧州の情勢変化に影響されたものであった。米国を刺激する日独軍事同盟に、日本政府が長い間躊躇しているうちに、ドイツは日本に背をむけて、共同の敵であるソ聨と不可侵条約をむすび、この年(十五年)の五月には突然大攻勢に出て、あっという間に西欧をなめつくすような勢いでパリ―を占領したのである。

 フランスも、英国も危機にさらされ、その余命をかぞえることが出来る程にまでなっていた。

 これに勢いづいた日本も、欧州の勇者が新秩序を建設するのと並行して、東亜の新秩序にむかって、その野望をもやしたのである。英国、フランスが破れれば、仏印、ビルマ、インドの支配者も変り、援蒋ルートは完全に断たれ、蒋介石軍の運命も朝露のごとくもろいものになってしまう。もう支那から撤兵する必要はなくなったのである。そしてその年の九月には、ドイツの勢いに駆りたてられるようにドイツに傾倒し、日独伊三国同盟をむすんだ。

 ドイツと軍事同盟をむすぶことは、米国を敵視することであったから、天皇はじめ、米国の実力を知る者は少なからず心配したが、時の外相松岡は、ドイツと結ぶことによって米国を牽制することができるといって、強引に締結へとひっぱっていった。軍部も国民も、深慮遠望することなく、これに決心の拍手を送り、もはやアジアの君主になったような気分であった。悲しいかな昭和の日本には一貫した独自の道がなかった。相手の出方や、他国の勢力にひきずられて、くるりくるりと国策が変転し、その時の指導者の考えで全く逆の方向にさえ転じていったのである。

 つまり、国家の前途に方向をあたえるような、永遠性のある指導原理がなかったのである。

 政治が混乱をきわめるのも、軍部の統帥が行われないのも、軍人精神がくずれていくのも、外交の抽劣さも、根本の原因をすべてここにあったというべきであろう。

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  1. 2014/07/19(土) 11:32:44|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第一巻春雪の巻

 日中事変は戦争かアジア革命か

 宿命的米英対戦

 昭和十五年の夏は、ナチスドイツのまきおこした旋風がヨーロッパをあばれまわり、その余波をうけて、世界の空気がうごきだし、危険な方向にむかってながれていた。

 アメリカもドイツをにくみ、英国に味方してせっせと援助していたし、日本も今までのゆきつもどりつの方針から、ただちにおしまくっていくような強気に変っていった。

 蒋介石の国民政府にたいしてばかりではなく、アジアに君臨する米、英、仏、蘭にたいしても、急に見えを切って居なおってみせたのである。

 日本が、まだ後進性の中でそだちつつあるとき、彼らはその富と力によって、ある時は指導し、ある時は恩恵をあたえ、ある時は圧迫をくわえてきた。そして今、青年にそだった日本は、文明先進国である彼らにも、全く手におえない存在になっていた。

 日本の伸びんとする力は、満州でも中国でも、彼らの見えざる手でたたかれ、資源の補給源地である南方は彼らの手で完全におさえられていた。

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  1. 2014/07/21(月) 11:22:57|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第一巻春雪の巻

 富めるアングロサクソン(米・英)の力に反ぱくして、同じように持たざる西の勇者ドイツと歩調をあわせて、世界勢力の交代をはかろうと考えるのも、人類の興亡の歴史にてらしてみて、あながち的はずれのものとは云えなかった。

 しかし、その時々の思いつきや、はずみから起された行動が、世界を支配する力になれると考えること自体にあやまりがあった。

 アングロサクソンの勢力は、一朝一夕にしてつくられたものではなく、近世の歴史に深く根をはっている大樹のようなものであった。それは、日本の成長充実に利用してゆくべき存在で、正面から立ちむかってゆくべき対象ではなかった。

 ところが、ドイツの勇壮な動きを見て、武者ぶるいした日本は、血気にはやって勇みたったのであった。

 この頃、日本政府は、「大東亜共栄圏の確立」を国策として宣言した。はじめはその範囲も漠然としていて、その人その人によって考えもまちまちであったが、ねらいは西欧勢力の圧迫から脱して、アジア民族によるアジアを建設することであった。それはたしかに、アジアの未来をひらいてゆこうとする理想を標榜したものであった。

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  1. 2014/07/22(火) 14:01:22|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第一巻春雪の巻

 それにはまず、中国を早く処理して、この理想の一環の中にいれなければならない。そこで自主的全面撤兵の方針を変更して、てってい的に攻略して蔣介石を屈服させる方向にむかった。

 蔣の命脈をたつためには、援蔣物資の輸送路を遮断しなければならない。フランスの敗戦に乗じて日本が第一に考えたことは、仏印に兵力を進駐して、中国との国境を閉鎖することであった。

 早速はじめられた仏印交渉は、先方に熱意がないためなかなかはかどらなかった。日本は武力を背後にちらつかせながら平和交渉をつづけ、やっとの思いで仏印の味方に抱きこむことができた。しかしそれは、不承無承屈伏させたのであって、この時より現地人の信頼感とか親愛感は、全く失せてしまっていた。

 というのは、この交渉中に、南支方面軍の一部隊があやまって不法越境して、仏軍守備隊と衝突したり、交渉が成立してのちも、国境にいた軍隊が突然進軍してフランス兵と戦いを交えながら南下し、国際的な事件をつぎつぎとひきおこしたからであった。

 事が面倒になると、まっさきに武力にうったえることが、大正初期からの陸軍の伝統のようになっていたから、政治交渉も常にほこを相手につきつけて行われ、それが少しでも長びくと、現地ではしびれを切らして進軍開始してしまうありさまであった。

 中央の政治力の欠如は、現地軍に統帥を無視させ、国際的な信用は日本軍の動く度に低落していった。

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  1. 2014/07/23(水) 09:21:15|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第一巻春雪の巻

 植民地を蹂躙されたフランスの反感もさることながら、アメリカの憤慨も大きかった。アメリカにとっては、大切な中国という大市場をふみあらされ、それでも尚あきたらず南方に進出する日本の行動を、だまって見のがすことはできなかったのである。

 国内では軍部の横暴ですませることも、国際的には破約の罪をとわれ、無法者視されねばならなかった。日本の国際性はまだ少年の域を脱した程度で、大国民とよぶにははるかに遠いものがあった。

 昭和十六年に入ると、軍部の中堅層の南進論はとうとうとして広がり、マレー、南仏印も武力をつかって獲得すべきであると主張するようになった。

 これは日米戦争を意味するものであったから、軍上層部は極力これをおさえ、英米と衝突しない程度に限定南進することに陸海軍の意見が一致した。このままでゆけば、日米戦はおきるはずがなかったのである。

 それに、丁度そのころ、日米の国交調整の交渉がはじめられ、アメリカ側から提案された「日米諒解案」は、政府も軍部もすすんでこれを受諾し、満州事変以来の積年の日米対立も、日支事変も、やっと解消するかに思えた。日中間の方は、ルーズベルト米大統領が、蔣介石に和平を勧告する約束になっていたからである。

 対米対中問題を一挙に解決する絶好のチャンスであった。ところが近衛首相は、この時もその優柔な性格のために、この機をのがしてしまった。

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  1. 2014/07/24(木) 10:24:38|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第一巻春雪の巻

 そのころ訪欧の旅にあった松岡外相に遠慮して、その帰国をまち、そのために米国にたいする回答が三週間もおくれてしまったのである。しかも、せっかく待っていた松岡外相からは、猛烈な反対をうけることとなった。

 松岡外相の三国同盟一本槍と、アメリカに対する反感は、交渉の成立をさまたげるばかりでなく、アメリカに対して挑戦的であった。政府も軍部も、外相の意見に同調する者がいなかったにもかかわらず、近衛首相はもちろんのこと、東条陸相(後の首相)でさえ、この松岡弁説には煙にまかれ、その強気にはすべての人が圧倒されてしまった。そしてすっかり手を焼いたあげく、外相を更迭するために内閣総辞職したのである。

 このように日米交渉がもつれている最中、その成立を念願していたはずの軍部は、七月に入ってその政策と矛盾した行動に出た。南部仏印に進駐したのである。

 松岡外相との交渉に業をにやしていた米国は、早速きつい講義を申込んできたが、ただちに日本の在米資産を凍結し、日本への石油の輸出禁止を強行してしまった。その上、英国やオランダまで米国にならって対日資産を凍結し、ここにA,B,C,D包囲陣が出来上ったのである(Aはアメリカ、Bはイギリス、Cは中国、Dはオランダ)。これが日米戦争の最大の原因となった。

 こうなると、日本は武力ででも蘭印の石油を奪わなければならなくなった。石油を得られなければ、日本海軍は模型に等しく、陸軍も戦力を失って、日本軍は行ける屍となってしまう。

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  1. 2014/07/25(金) 15:28:53|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第一巻春雪の巻

 アメリカの外交はドル外交、又は力の外交といわれ、イギリスに比べてはるかに下手であったから、日本の不統一な外交と出会っては実をむすぶはずもなく、十六年八月以来の両国の関係は、ますます悪化するばかりであった。

 日本のとるべき途は、対米戦を決意するか、或いは多くの譲歩をして、国交を調整するかの二つに一つしかなかった。

 八月、日本側より「日米首脳会談」が提案され、ルーズベルト大統領はこれを歓迎したが、ハル長官は、両首脳がただちに原則的な諒解案をつくりあげその上で両首脳が和平をむすぶべきだと主張してきかなかった。そのため直ぐにもまとまったであろう日米会談は無用に長びき、その間に内外の変動に影響されて、思わぬ方向にこじれていった。

 しかし、何度か交渉をかさねている中に、難題はなんとか諒解がつきそうになったが、中国からの撤兵もんだいはますますもつれるばかりであった。アメリカは全面的撤兵を要求し、反共のための駐兵さえもみとめない方針をとっていた。日本側としては、日中事変に動員された大軍はすぐに撤兵するとしても、北支と内蒙のいくつかの地点に多少の兵力を駐屯させることは、国策上、軍の生命線としてゆずることが出来なかった。

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  1. 2014/07/26(土) 10:27:40|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第一巻春雪の巻

 こうした両国の主張のくいちがいは、陸軍の神経を強く刺激して、又もや対米戦にかたむいていった。海軍部内においてさえも、「ABCD包囲陣がこの如く強化されては、一戦以外に打開の方法はない」と、となえる者が出てきた。

 しかし、日米戦の勝算は誰も確信するものがなかった。日米戦争になると、主として海軍の戦いとなるのであるが、最高指揮官の山本五十六大将は、「半年か一年なら大いにあばれる自信があるが、長期戦となると保障出来ない」といっていた。つまり長びくと負けるというのである。

 天皇陛下も大変心配なされ、日米戦には異例の抵抗を示されたほどである。これまで陛下は、西園寺公のつくった宮中のしきたりをまもられて、政治外交には積極的な意見を示されたことはなかった。

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  1. 2014/07/28(月) 16:29:40|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第一巻春雪の巻

 十月、東条大将は、天皇の和平にたいする熱心な期待を奉じて、平和への一大努力を決意して首相となった。昨日まで、中国大陸の駐兵を主張して主戦論者であった東条が、今日からは和平論に変ったのであった。毒をもって毒を制するのたとえのごとく、東条の力をもって、軍の主戦論をおさえようとする宮内省、元老の苦肉の策であったが、米国はこの人選をいよいよ日本が国をあげて決戦にむかったと解した。

 東条首相は、戦争以外に途なしとする軍統帥部の意見をおさえ、何度も教義をかさねては交渉条件をねりなおし、米国との交渉をつづけた。そして藁をもつかむ思いで、野村大使を支援させるために、来栖大使を米国に送ったのであった。このころの彼の和平への努力には涙ぐましいものがあった。

 しかし、もはや運命の神は、自国のプライドと利益をまもってゆずらない両国に見限りをつけて、悪魔の手中に渡してしまっていた。

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  1. 2014/07/29(火) 19:03:52|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第一巻春雪の巻

 両国の首脳の戦争をさけたいという意欲に反比例して、両国の軍部の主張と国論は、嵐のようにあれすさんでいたのである。いかなる政治家といえども、いかなる外交官といえども、少数の力ではこの勢いをくい止めることは出来そうにもなかった。

 対日戦にそなえて、アメリカの軍部は着々と戦力を増強しつつあるのに、石油の輸入路を失った日本軍は、戦力の底が見えていた。「戦うならば今だ!」という決意は、もはや寸刻を争うまでにせっぱくしていたのである。国防の責任をになう軍部としては、心のあせりを止めることは、おそらく不可能なことであったにちがいない。

 日本の大陸政策遂行上、つねに邪魔だてしてきた米国であったから、日本国民の反米思想はすでに根深くつちかわれ、日米交渉の切迫とともに、それは炎のようにもえ上ってしまった。「アングロサクソンを討たずして、日本民族の将来はありえない~」という与論が、澎湃としておこっていたのである。そうした勢力の中に、アングロサクソンの実力を知る少数の者のみが、この感情的で向うみずの考えに反対して気をもんだが、それは出発の合図をまつ競馬々をおさえるに等しく、大勢はすでに駆け出す体制にあったのである。

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  1. 2014/07/30(水) 10:45:29|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第一巻春雪の巻

 その出発の合図となったものは、対日新提案のハルノートであった。それは具体的政策において日本の従来主張を頭から否定したものであって、その主要な点は「日本の全面的無条件撤兵、汪兆銘政権の否認、日独伊三国同盟の廃棄」であった。

 つまりハル・ノートのいわんとするところは中立国のアメリカの平和要請でなくて屈服を要求したものであり、米国の宣戦布告であった。

 殺気だっていた日本は、これをアメリカの最後の通牒と判断し、遂に十二月八日の真珠湾奇襲攻撃となったのである。

 六日に発せられたルーズベルト大統領の天皇陛下宛の親電が、中央電信局の箱の中に留めおかれ(当時すべての外電は十時間留めおくように参謀本部から命令されていた)奇襲がはじまってから陛下に渡されたことなどを考え合わせみても、両国は戦うべき運命におかれていたと見るべきであろう。

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  1. 2014/07/31(木) 13:26:07|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

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Author:國 乃 礎
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