いしずえ

第二巻受難の巻

 これ程までにはっきり敗戦を断言されては、今までの苦労も、これからやろうとしている事も、総て無駄なことのように思われて来る。

 がだ……祖国の敗戦を、腕をこまねいて黙視するわけにはいかない。血気の若者と、時代の後退者と、同じ考えにとどまっていることは出来ない。戦場で突撃するつもりで、東条にぶつかってみよう。あるいは、道が開かれるかもしれない。

 戸松はすっくと立上ると、

 「とにかく、初志をつらぬいてみます。万一憲兵に拘引された場合には、閣下、一つよろしくお願いいたします」

と、固い決意をほのめかして挨拶した。

 「うむ……」

 中将も力づよくうなずくと椅子をはなれ、入口まで戸松を送り、

 「注意ぶかく行動するんだぞ」

と、再度念をおすように云った。

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  1. 2015/10/01(木) 11:36:25|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第二巻受難の巻

 無気力な政治家たち

 翌日から日中事変解決法案をもって先輩という先輩を片っぱしから訪ね、それぞれの意見をきくとともに、東条に面会する方策をこうずることにした。

 まず、小石川江戸川アパートに安部磯雄先生をたずねた。先生は解決法案そのものは無条件に賛成であったが、中国問題には暗い人であったから格別の意見というものは持っていなかった。只頰をあからめ、全身に力を入れて、戸松の話を真剣にきくだけである。

 先生は理想と情熱をもつ青年が大好きであったから、その理想達成のため一助ともなりたいという気持を先輩の責任として抱いていた。

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  1. 2015/10/02(金) 14:02:48|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第二巻受難の巻

 「東条さんに会うには、永井君に紹介してもらって、青木大東亜大臣を動かしてみたらどうですか」

 先生にとっては現政界に通ずる道は、永井柳太郎氏を経るのがもっとも近道であった。

と云うのは、永井氏は、先生が早稲田大学教授の頃の学生で、ユニテリアン教会から留学生をもとめてきた時、先生が永井氏を推選した関係もあって、晩年まで長く師弟の交わりが深かったからである。

 それに永井氏は現役の政治家であるし、前大東亜大臣でもあった。

 戸松もこの数年来、何度も永井邸をたずねて、政治問答をかさねてきた。最初は安部先生の紹介であった。

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  1. 2015/10/03(土) 14:03:46|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第二巻受難の巻

 永井氏はいつも戸松を書生扱いにして、こちらの意見をじっくりきこうとしないで、自分の見解だけをきかせようとする。つまり、自分がいつでも役者になってしまう人だ。それに安部先生のように人間が枯れているというわけではないから、後輩の素質を無条件に愛するというわけでもない。

 だが、今回の中国問題に関してだけは、戸松の意見もきいてもらわねばならない。事実このことにかけては、永井氏の前方を歩んでいる自信があるのだ。

 そこで安部先生から、前もってその意を通じてもらうことを考えた。

 「先生、永井さんはいつもわたくしを書生扱いにして、こっちの話を一向にきこうとしてくれませんから、今回だけは戸松の話をじっくりきくようにと電話をかけておいていただけませんか」

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  1. 2015/10/05(月) 09:30:43|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第二巻受難の巻

 まるで末っ子が長男を牽制するため、親爺をくどいているようである。先生も又、至極あたりまえのような顔で、

 「ああ、かけておきましょう」

と、いとも簡単にひきうけた。

 翌朝、丁度鹿児島からかけつけた園田をともなって、千田谷の永井邸をたずねた。

 書斎に通されると、そこには主の永井氏が棚にぎっしりつまった和洋書にとりかこまれて、分厚い本を読んでいた。

 早田教授の前歴をもつ学者であるだけに、部屋の雰囲気から風貌にいたるまで、政治家らしいくさみはあまり感じられない。書物につつまれて机にむかっている姿は、どうみても温厚な医者か教育家のようである。二人の挨拶を、「やあ……」と簡単な一言でうけとめると、雙脚の身体を不自由そうに応接用の椅子にはこんで来た。

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  1. 2015/10/06(火) 13:32:02|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第二巻受難の巻

 どっかと腰をおちつけると面長な顔に真面目な色をたたえ、磨きあげたような声で自分の方から中支の状況をたづね出した。安部先生からの電話の利き目かもしれない。

 戸松はこの時とばかりに現地の状況を説き、事変の解決法を論じはじめた。

 しかし、学問においても政治的実践においても実力者であると自任している永井氏は、二十歳以上も年のちがう後輩の理論は、やっぱり青臭い書生論としか考えなかったらしい。自説をひっこませておくことが出来なくなったのか、戸松の説明の途中から、なめらかな抑揚のある声で自分の中国論を弁じはじめた。

 それは中国そのものの体温を感じたことのない他人的常識論で、合理的ではあるが根本にふれるものではなかった。中国民衆の歴史的苦悶と現実の苦悩を知らないこの政治家は、やっと分化にめざめはじめた南アジア諸国と中国を同列において考えようとしているのである。

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  1. 2015/10/07(水) 14:39:55|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第二巻受難の巻

 一通り永井氏の説をききおわると、それを圧倒するようないきおいで、戸松は再び事変解決法案をもち出し、情熱をかきたてて説得しはじめた。

 さすがの永井氏も口をとざし、神妙に耳をかたむけてききだした。頃合をはかって、

 「この案をもって東条首相に会いたいと思うのですが、先生一つとりはからっていただけませんか。安部先生は先生から大東亜大臣を通じて首相に会えるようにしたらいいではないかと言われたのですが……」

と、申込んだ。

 すると、永井氏の顏に、ありありと迷惑を暗示する色がただよいはじめた。それは、一番やりたくない事をおしつけられた時、敏感に反応をあらわす表情であった。

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  1. 2015/10/08(木) 14:57:36|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第二巻受難の巻

 それでも暫らくは考えるようにして黙っていたが、やがて、

 「駄目だろうね、第一東条は会ってくれないよ。たとえ会ったとしても話をきかないよ」

と、きっぱり言い切った。

 永井氏から東条につづく道も、これで決定的にとざされたわけだ。

 この東条への道にもっとも期待をかけてきた朝鮮軍司令官板垣大将も~東条はわたしの紹介では会わんでしょう。東京で誰かを探して下さい~としりごみしてしまったが、今この現役の政治家も、はっきり不可能を断言したのである。頼りにしていた先輩が、東条に関するかぎり、次々と無能者に変じていくのを戸松は腹立たしく思った。

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  1. 2015/10/10(土) 14:05:27|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第二巻受難の巻

 これは一体なぜだろう。前田中将がいっていたように、一方的におしきっていく軍強硬派の方針が、軍人といわず政治家といわず、あらゆる人を圧迫しているのであろうか。

 それはいい意見だと賛成しながらも、「君達現地の若者の意見としてそれを東条に進言してみたまえ」とは、誰もいわないのである。そればかりか、東条は会わないだろうとか、話をきかないだろうとか、敗戦の後のことを考えておけとか、悲観的な方向のみをさししめすのだ。

 この憶病と思われるほどの無気力は、単なる軍の強硬派のせいばかりでなく、おそらく東条の施政態度の中に、人々を萎縮せしめるような陰険なものがあるからにちがいない。そしてそれが、日本の上層部を重くつつんでいる空気であることは明白であった。

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  1. 2015/10/13(火) 14:14:58|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第二巻受難の巻

 沈黙の荒木将軍

 その事は、数日後訪問した荒木貞夫大将の態度にもはっきり感じとれたのである。

 大将は数年前に既に現役をしりぞいて閑職にあった。往年は軍のホープとして国の内外から期待をよせられていた人である。

 満州事変当初は陸軍大臣として、軍部を牛耳り予備になってからも、近衛首相のもとに文部大臣として才腕をふるい、約十年の間政界にその名をひびかせていた。

 かつて皇道派の青年将校は手なずけて統率していたというだけあって、真から青年を愛し、青年の志を尊しとする一面をもち、忙しい中にもよく後輩の面倒をみる人であったから、戸松ももっとも有力な先輩の一人として敬慕してきたのである。

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  1. 2015/10/14(水) 09:08:56|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第二巻受難の巻

 明哲な頭脳と博識をかねそなえた先輩から、才気ほとばしるがごとき濶達且つ快活な話をきくことは、志ある青年にとっては一つの励みでもあり又楽しみでもあった。

 殊に今回は、四年間の中国生活の中で、ねりあげてきた自分のアジア観を批判してもらい、工作上の相談にものってもらわねばならない。

 この頭のきれる先輩が、なんと判断し、どんな力を貸してくれるか~戸松は期待と興味を新らたにして、代々木幡ケ谷の荒木邸をたずねたのである。

 古びた木造の門を入ると、樹木の少ない庭の北側に小ぢんまりとした建物が見える。虚飾や工夫をこらしたあとの見えない純日本風の構えである。

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  1. 2015/10/15(木) 15:00:09|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第二巻受難の巻

 門から三、四十メートルも歩いて玄関に立って案内を乞うと、しばらくして廊下づたいにどやどやと足音がして、軍服姿の青年がニュッとあらわれた。その肩越しには和服の荒木大将の顏も見える。青年が帰るのを送って出たものらしい。

 戸松の姿をみとめると、「やあ……」と快活な声をかけた。戸松も目礼をもって答え、玄関におりたった青年のために、片隅にしりぞいて彼が出ていくのを暫時まつことにした。

 大将は敷台にすっくと立ったまま青年を見下し後から出てきた夫人はその足元にきちんと座って青年を見上げている。

 靴をはき軍帽をつけた青年は、大将夫妻にむかって、ぱっと直立不動の姿勢をとるや、さっと謹厳な挙手の礼をした。それは彼を見守っている者の心を、一瞬にして尊敬と信頼のたかさにまで締めあげるほどの迫力と厳粛さをもった動きであった。

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  1. 2015/10/16(金) 13:30:03|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第二巻受難の巻

 若者の意気と美しさを、浮き彫りにしてみる思いである。

 やがて、梅の花の香のごときすがすがしい余韻を残して青年は出ていった。

 しばらくじっと後姿を見送っていた大将夫妻は、今度は新来の客である戸松にあたたかい視線をむけ、先に立って部屋に招じ入れた。

 書斎とも客間ともつかない広い日本間には、しらべ物をしながらでも応待できるように、庭に面して文机がおかれ、書類の束がつまれていた。大将は床の間を背にして端然とすわり、武人らしく着物の衿をきちんと正した。

 挨拶がすむと、何時ものように快活な弁説がはじめられる。そこではじめて、さっきの青年が大将の末子で、士官学校の学生であることがわかった。あの気魄にみちたただならぬ身の動きは、この父の血をうけているためであろう。(この青年は後日、少尉となって終戦の日をむかえ、天皇の詔勅がおわるやいなや、あっという間に軍刀を引きぬいてラジオを真二つに切りわり、いずこともなく出ていって遂に消息を断ってしまったという)

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  1. 2015/10/17(土) 15:05:18|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第二巻受難の巻

 戸松は折を見はからって、関東軍司令官説得から今までにいたるいきさつを説明して、大将の意見と助力をもとめた。

 すると、大将は急に人が変ったように無口となり、もはや自分の見解をのべようとはしなくなった。それは丁度、壁に耳あり障子に目ありの古語のごとく、見えざるものを警戒している人の態度であった。ここにも又、無気味な暗礁がよこたわっていたのだ。

 これは尋常な用心ぶりではない。大分東条ににらまれているな~と戸松は直感した。

 統制派の首領である東条からみたら、皇道派の頭目ともいうべき荒木は、たしかに目の上の瘤であり、にくむべき敵であるにちがいない。

 戦争指導の最中ではあるし、又自己に十全の実力がないとすれば、反対派の言動の自由はきびしく封じておかねばならないだろう。大将は、その犠牲になっているものと思われた。

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  1. 2015/10/18(日) 13:54:06|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第二巻受難の巻

 現政府にたいする批判が、一度荒木の言として伝えられる時、それは憎悪となってはねかえり、何らかの罪名をこじつけられて憲兵の餌食ともなりかねないのだ。

 大将は時流に敏感な人だ。自分のおかれている位置を感知し、綿密な計算にたって言動しているのに相違ない。本心を聴こうとして追求してみたところで無意味なことだ。もはや、この問題にふれるのは止めよう~と戸松は考えた。

 それにしても何んということだ。心だのみにしていた嘗ての実力者は、ことごとく飾りもののように無力にされているのである。

 しかも、この戦いの最中に、戦争を語ることを憚る武将が数多くいるということは一体何を意味しているのか。日本の運命は、対立する派閥の交代によって、ぐるぐると変転しているとしか思われない。戦争すら、その手段になっているのである。あれが是か、これが非かは、後世の歴史眼をもってしなければ判別もつかない程に、功利と感情によって微妙にあやつられているのである。

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  1. 2015/10/20(火) 14:36:17|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第二巻受難の巻

 日本は負けるよ~といった前田中将の言葉を、戸松は今実感として思い出したのであった。本来軍政を得意とする者が作戦をやり、作戦家の石原、小畑、柳川、荒木将軍等が退けられたのである。これで戦争が勝てる筈はない。

 その後再び戸松は梅津大将に会う機会はなかった。板垣大将は終戦末期、南方第七方面(ビルマ)軍司令官となり、戸松はその隷下にいたが戦地で会うことはなかった。唯東京裁判の折り、法廷で無言の面会目礼をしただけであった。畑元帥とは三十四年藤沢親雄氏がアメリカの客員大学教授として赴任する壮行会の席上で会う機会があった。当日、欧米人たちの質問に応えた戸松の発言に感激した元帥は、帰りかけていた戸松を玄関まで追いかけて来て、国家の将来を頼むと抱きつき熱情あふるる態度を示したのであった。又戦地より帰還した直後、徳富蘇峯翁にも同じように抱きかかえられたことのある戸松は、明治人の気質と情熱には無限の教訓と責任、そして尊い任務を感じさせられたのだった。

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  1. 2015/10/21(水) 09:49:58|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第二巻受難の巻

 上海の留守家族の生活

 上海の冬は東京にかわらないぐらい寒かった。すくなくとも、わたくしにはそう思えた。

 二月にはいって間もなく、戸松が上海に帰ってくるという電報がはいった。

 家の中は急に活気づいてきた。ガラス拭きをする者、床を磨くもの、部屋の中を整理をする者、庭をかたづける者、彼がみんなの心の中心に位しているしるしであった。

 わたくしは支那カバンにしまいこんであった彼の丹前や下着を日にあてたり、黒足袋を新しく買いもとめたりした。

 しかし、心は一向にはずまなかった。結婚以来五ヵ月の間に、やっとのこと親しみかけていた心は、四ヵ月余の別離の間に再び逆行して、出発点にかえりつつあったのである。

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  1. 2015/10/24(土) 22:58:15|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第二巻受難の巻

 しかも、希望と期待にみちた第一の出発よりはずっと悪い条件に立っていた。

 わたくしはもはや、自信を失っていた。彼との人生は、目標の立てようもない測りしれない未知数に満ちたものに思われていた。

 しかも、はっきりわかっている事は、彼の身辺には絶えず多くの人間がとりまき、それらの人間が、わたくし達夫婦の間に立ちふさがって、わたくしを牽制しようとしていることであった。それが彼への忠誠心から発したものであることもわかっていた。

 もう一つはっきりしていることは、彼が女のロマンチックな夢やデリケートな心の動きには興味も関心もなく、常に現実の場にわたくしをひきすえて、それに処していく強さとねばりを求めていることである。

 これは、わたくしには悲哀であった。なぜなら、わたくしの兄弟は、わたくしをロマンチストに仕上げてしまっていたからである。彼らは女性の心理に理解がありすぎ、甘えさせた。

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  1. 2015/10/25(日) 09:20:51|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第二巻受難の巻

 わたくしの感情は、肉親の自由な空気の中で外部からおかされることなく、わが心の領域に象牙の塔をきずきあげていたのである。

 彼はこの象牙の塔に容赦なくいどみかかってきた。彼からみればそれは独善であり、わがままであった。妻という女の内部にきずかれた敵城のようなものであった。まずこれを粉砕しなければ、真の調和はありえないと考えているようであった。

 夫のこの容赦なき挑戦に、真正面から抵抗することを悪徳であると教えられていたわたくしは、これを正直に受け止めようとしてよろよろとよろめいていた。つい四、五ヵ月前のその重くにがい思い出が、新たな課題となって再び目前にそびえてきたのである。

 とはいうものの、彼のいない滬西の生活はなんと空虚なものであったろうか。それは運転手のいない自動車のようなものであった。車はあれども動かず、クラクションはあれども鳴らず、ヘッドライトはあれども光らず、人々は只生活しているのみで、創造的前進の空気はよどみ、心理的黴や腐敗がひろがりつつあるように思われた。

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  1. 2015/10/26(月) 09:59:04|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第二巻受難の巻

 去年の九月の末日、戸松が内地に出発すると、ほどなく篠原青年が滬西の家にうつってきた。

 彼と本田は階下に住んでいる花野氏一家を奥の日本間におしこんで洋間を占拠し、ここを独身者の拠城とした。

 酒にみだれず煙草ものまず、誠実そのものの人柄である彼は、経済的責任者としてはうってつけの人物であった。

 彼はさっそく、戸松の信任にこたえるかのように、庭のぐるりに生いしげっているアカシアの枝を切りおろしはじめた。

 長い間手をいれたこともないらしく、枝はのび放題にひろがって、隣家の邸や歩道にまで浸出していた。それを一週間もかかって苅りおろすと、芝生にならべて乾燥させ、幾束かの薪の山をつくった。

 この薪が役立つころには、丁度生計費も火の車のごとく危急状態となっていた。

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  1. 2015/10/27(火) 09:02:26|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第二巻受難の巻

 戸松は出立するとき、一ヵ月分の食費として、中国金の三千ドル儲備券でわたくしの責任においてまかなうよう指示し、さらに、酒たばこ等の嗜好品や衣類の経費は、小遣いとして各自に分配するようにするから、食事以外のことには一切気をつかう必要はないと念をおした。

 スコット―路の官舎では、夫婦二人の生活とはいえ、頻繁に来客があったにもかかわらず、八百ドルで生活費一切が何とか間にあっていた。

 大人六人と幼児の食費だけならば、三千ドルで十分だ。余裕があるくらいだ……と、わたくしは簡単にかんがえた。ところが、一週間もたたない中に、予算を根柢から立て直さねばならないことに気づいたのである。

 というのは、戸松が内地療養という名目で休暇をとっているため、軍からの米や肉や野菜の配給が絶え、その上、調味料やその他の消耗品を購買からやすく買い入れることが出来なくなり、一切の生活物資を市井の商品から求めねばならなくなったからである。

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  1. 2015/10/28(水) 09:19:32|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第二巻受難の巻

 日本人は米と燃料だけは、内地並に配給制度になっていた。しかし一人一人二合三勺の配給米を半月分づつ受けとってきても、七日か八日分にしかあたらなかった。

 何しろ全員が田舎育ちで、精力的な年齢であるうえに、篠原青年のように、二はいや三ばいの飯では胃袋の欲求不満をおさえることのできない若者もまじっている。スコット―路にいる時であった。篠原青年と村上青年に所望されて、とろろ汁をつくったことがあった。それを麦飯にかけて篠原青年は十一杯、村上青年は七杯、これでもまだ遠慮しているのだと云っていたことがあった。

 この貪欲な胃袋をみたすためには、相当量の闇米が必要となるわけであるが、生活費の中からやみ米を買いもとめることは、とうてい不可能なことであった。一般市民間の配給価、軍の配給の二倍にもあたっていたし、やみ米にいたっては何十倍も高く、同じ米でも高嶺の花にひとしかった。

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  1. 2015/10/29(木) 16:01:52|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第二巻受難の巻

 米の不足は、毎日の炊事をする者にとっては一番不安なことである。次の配給日までの空白をむかえたとき、門の外を「ドミー、ドミー」とよびながら歩いている中国人の中年女をよびとめた。

 小ざっぱりしたあい色の中国服をきたがっちりとした体格の女は、よごれた袋を大国主命のように肩にしょいこんで、怪訝そうな顔で立ちどまった。

 大体、滬西というところは中国人町であるから、日本の軍政の眼がとどきかねるため、日本人はほとんど住んでいない。したがって、商品をかついで町を流してあるく彼らの相手は、中国人だけである。門の中から出てきた和服姿の若い日本の女によびとめられて、彼女はいく分当惑そうな顔色である。

 堀下夫人が、女の背中の袋をゆびさしながら、うろ覚えの上海語の単語をはぎ合わせて、一語一語に力をこめて、それは一升いくらかという意味のことをいった。

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  1. 2015/10/30(金) 22:14:15|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第二巻受難の巻

 女は早口に何やらぺらぺらとしゃべった。その言葉の中から米の価格をひろいとった堀下夫人は、わたくしをかえりみながら、

 「奥さん、どうする。九十ドルだってよ……」

 びっくり仰天したような顔だ。いっぱいに見開いた眼の中で眼玉が挑戦的な光を発散している。彼女はその視線をまっすぐに中国人の女の眼にうつすと、おこりつけるような調子でいった。

 「五十ドル、五十ドル」

 右手を開いて、にゅっと女の前につきつけた。

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  1. 2015/10/31(土) 15:15:18|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

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國 乃 礎

Author:國 乃 礎
   綱 領
政官財・癒着根絶
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