いしずえ

第二巻受難の巻

 話題の変化に気をぬかれたのか、猛虎はすなおにこたえた。そこで重ねて、

 「松陰神社にはお詣りされた事がありますか」

 「あるよ」

 相手が冷静になったのを見きわめて、よし……

と、腹中にうなずいた戸松は、おもむろにいった。

 「松陰は当時の失敗者でありました。しかし先見ある見識と憂国の熱情をもった行動家であったというので、後の世の人から仰ぎみられております。

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  1. 2016/12/01(木) 13:08:14|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第二巻受難の巻

 将来、わたくしの志している事業が実をむすぶことあれば、後の世の人は第二の松陰であったというかもしれません。

 閣下はわたくしを青二才と軽んじられますが、閣下の尊敬する松陰は二十九歳で死んでおります。わたくしはそれより二つ年上であります。松陰に比べて年に不足はありません。

 もし、わたくしが昭和の松陰と仰がれる日がきたとしても、閣下は年上でありますから先に死んで墓詣りに来ることはできません。今日は一つ、第二の松陰に会った気で、年齢をこえて話しあっていただきたいものであります」

 将軍は気むずかしい表情をだんだんにやわらげついにニヤッと笑った。それは、降ったっ……という心のうごきと受けとれた。

 じっさい、それからの将軍の態度はガラッとかわり、今までの無愛想さは影をひそめ、親しみさえ見せてきた。そして云った。

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  1. 2016/12/02(金) 15:00:54|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第二巻受難の巻

 「君は亜細亜同盟の代表であるといったな。東亜連盟にもいろんな人間がたくさんいるが、一つ今日は連盟を代表して君と対当の立場で議論することにしよう」

 君子豹変す……とはこのことだ。若者にたいして卒直に降ったという態度をみせるこの人はえらい人だ、やっぱり達人だ……と、戸松はかんがえた。

 ことに中将が、現役中は軍司令官であろうと陸軍大臣であろうと煙にまき、ひきずりまわしてきた荒武者であるだけに、無名の青年にみせたこの少年のような柔軟性は、思いがけない人間石原の大きな魅力であった。おそらく、この素直さ、この正直さ、この若さが、彼の全精神をささえ、みずみすしく躍動させる力の源泉となっているのであろう。

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  1. 2016/12/03(土) 14:03:31|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第二巻受難の巻

  全面撤兵論あるのみ

 戸松は急に親近感をおぼえ、話しやすくなった。そこで率直に、

 「閣下、わたくしは満州、支那で東亜連盟運動をずっとみてきましたが、連盟のとなえる五族協和は、糞も味噌もいっしょくたの平等論のように思われてなりません」

というや、中将の顔に又もさっと怒りが走った。

 「なにッ……君は東亜連盟にケチをつけにきたのかッ……」

と、声高にどなり出した。

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  1. 2016/12/04(日) 07:02:00|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第二巻受難の巻

 「閣下は今、対等で議論しようと云われたばかりではありませんか」

と逆襲すると、さすがに「うっ」とつまって、音声をやわらげ、

 「君は五族協和の平等論を批難するが、アジアの調和と統一をはかるには、アジアの民族が平等の立場にたって協力するより外に方法はないよ」

 「しかし、ぼくはそれは悪平等であると思います。閣下はきくところによると法華経の信者だそうでありますが、仏教の平等は人間個々の根本問題は解決できても、民族とか国家とか、アジアとか世界とかの、人間社会の解決には役立たないのではないかと思います。

 人間三人あつまってもそれぞれ能力、人格に差別があるように、民族にも国家にも実力の相異があります。それを文化のすすんでいる国も、遅れている国も、倫理的にすぐれている国も劣っている国も、みなそれぞれ平等だという立場でいきますと、表面は大へん体裁がいいようでありますが、決して真の平和をきずくことはできないと思います。

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  1. 2016/12/05(月) 07:03:00|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第二巻受難の巻

 現に満州や支那でも、東亜連盟の影響をうけて中国人や朝鮮人の下らん連中までが、語族平等だといって自己本位なふるまいをして始末にこまることがあります。

 アジアの各民族が、道徳的にも文化的にも一定の高さに達したときこそ平等論は正当になるとおもいますが、現状での平等論はかえって騒乱をひきおこし、蠅や蚊の繁殖をたすけるような結果になるのではないかとおもいます。ぼくは、これは一種の危険思想だとおもっております」

 「うん、たしかに平等論にたった東亜大同団結は、もっとも力弱い方式であることにまちがいないよ。そのとおりだ。

 俺もはじめは日韓併合のような東亜の団結を理想としていた。ところが、満州国の独立にあたって、彼らに天皇を仰がせて思想統一をはかることが、いかに困難であるかがわかったのだよ。

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  1. 2016/12/06(火) 07:04:00|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第二巻受難の巻

 日本を中心としたアジアの大同など、漢民族が納得するはずがないよ。彼らを納得させるものは俺もお前もみんな平等だ、仲よくいこうじゃないかというように誘いかけてひっぱっていくより方法はない。

 能力のちがった者が互いに歩調をあわせていくということは、たしかに不合理なことだし、不当なことでもある。

 しかし、君のように始めっから正直に真実をふりまわしたら、大衆はついてこないよ。結局は日本が指導することになっても、はじめはみんな平等だといって、手なずけなければ駄目だよ」

 中将は顔を上気させ、一言一言に力をこめて語っている。手をあげたり下したり、なかなかにぎやかな話しぶりだ。

 はじめの条件どおり、まったく年齢を超越し、青年石原の意気である。反対に戸松や鈴木氏の方が年長者のようににこにこと落ちついている。

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  1. 2016/12/07(水) 07:04:00|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第二巻受難の巻

 「東亜連盟の中心人物である閣下が、そういう考えに立って五族協和を説いておられることはおそらく誰も知らないのではないかと思います。

 ぼくが現地で知り合った小川愛次郎氏も、口田幸信氏も、連盟の最高幹部のようですが、その彼らさえ、中国人や朝鮮人を平等だといっておだてておりますからね。思想的にも文化的にも低級で偏狭な連中が、平等だ平等だと主張しだしたら、一体どういう風にまとめていくつもりだろうかと疑いたくなりますよ。

 今、閣下のお考えをききまして、それが理想達成への一つの方便であることがわかりました。

 ぼくも結論としては、各民族は平等でなければならないと思いますし、協和していくべきものであると思います。しかし、そうなるまでには、文化的に進んでいる国が遅れている国を指導して水準までひっぱりあげてやらねばなりません。それにはアジアでは、やっぱり日本がその盟主的役割をはたさなければならないと考えます。

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  1. 2016/12/08(木) 13:47:28|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第二巻受難の巻

 現地における東亜連盟の運動をみて、ぼくが悪平等であると感じたのは、まあ、こういう点にあったわけであります」

 「まったくそのとおりだが、現実的方法となるとまず平等論でいくよりしかたがない。アジアの大同団結をもっとも強いものにするには、思想的中心をたててそれに統一しなければならぬが、日本を基準にすることは南方諸国の原住民や満人、朝鮮人には可能であっても、肝心の漢民族はむずかしいぞ。ことに排日、侮日のはげしくなったこの頃では、よほど手かげんしてかからなきゃ駄目だ。

 なあ、君、そうだろう」

 とつぜん、中将は鈴木氏にむかって同意をもとめた。鈴木氏は黙ってにやにや笑っている。再び戸松の方にむいて、

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  1. 2016/12/09(金) 11:42:46|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第二巻受難の巻

 「さっき君は全面撤兵論を主張していたが、そんなことは二年も前から俺が云っていることだ。君達素人にいわれるまでもないことだよ。日米戦を拡大することの愚も君の言うとおりだよ。

 国内の問題一つ満足にかたずけることもできないのに、中国だイギリスだアメリカだと、世界を敵にまわして戦争する馬鹿があるもんか。

 日本人は大馬鹿もんだ。俺はもうあきれてしまっているんだ。こうなっちゃあ、東亜連盟の理想もなにもあったもんじゃない。もう手のほどこしようがないよ。

 さっきも朝日新聞の記者が、何かよい解決法がありますかってきいていたから云ってやったよ。今頃俺の意見など書いてみろ、発売禁止になるぞってな」

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  1. 2016/12/10(土) 09:21:45|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第二巻受難の巻

 中将は吐きすてるように云うと、冷たくなった茶をガブリッとのんだ。

 だんだん捨て鉢になってきた相手にたいして、戸松は尚も真剣にくいさがっていった。

 「とにかく、ぼくはアジアの提携は、各国の特色をおもんじ、それぞれの民度に応じた分をきめて、ちゃんとした位置づけに立って協力していくのでなくては駄目だとかんがえております。

 そのためには、誤解をまねくような武力行為はすべきではありませんし、むりやりに天皇を仰がせるような思想的強制はすべきでないとおもいます。

 それよりも、日本自身が、立派な文化をもった道義国家になることが先決で、そうなれば自然に日本を中心にアジア諸国がまとまっていくのではないかと思います。

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  1. 2016/12/11(日) 10:17:34|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第二巻受難の巻

 日本の意志をはっきりさせるためにも、中国での武力行為は早く止めるべきでありますから、中国から全軍撤兵すべきだとかんがえます。撤兵にあたっては無条件でなく、日中の関係に関しては米英に干渉させないとか、排日運動をやめさせるとか、条件をつけるべきだとおもいます」

 うんうん……と神妙にきいていた中将は、又も大声でやりだした。

 「そうだよ。中国本土に長期間日本兵がとどまっているということは、いよいよ排日感情を深刻にするばかりだ。共産党の謀略的扇動に奉仕するようなもんだよ。

 中国事変で国力を消耗し、その上に対米戦で徹底的に疲弊してしまえば、それこそ共産党の思うつぼだ。

 日本の国力が弱まるということは、アジアを共産主義にぬりかえることになると云うことは、誰よりも蔣介石自身がよく知っている筈だよ。

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  1. 2016/12/12(月) 08:55:23|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第二巻受難の巻

 だが、蔣の腹をよみとって、蔣のメンツをたてながら手を打っていくことのできる腹のある奴は中央におらん。日本には政治家らしい政治家なんぞ、一人もおらんよ」

 頭をふりふり満身の力をこめて語る中将の鼻息は、悍馬が嘶くがごとくあらあらしい。そして、その語る一言一言は、周仏海とまったく申し合わせたかのように一致していた。

 戦術の天才と政治の卓越者の洞察は一つであったのだ。第一級的頭脳の見解は、人種を異にし、立場を異にしていても、一点においてむすばれていたのである。これらの大局眼をもった達人たちの間には、日中和平の道はあきらかに残されていたのである。

 「閣下、ぼくが交わっております中国の高官の中にも、閣下と同じアジア観にたって日中の戦争を慨歎している人がおります。

 彼らはなんとかして自分らの意志を日本側に受けとめてもらいたいとあせっているのですが、日本の軍部は反対にスパイだ曲者だといって警戒するので困りぬいております」

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  1. 2016/12/13(火) 09:46:36|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第二巻受難の巻

と、名前をふせて語ると、

 「そうだろうなあ……、日本にそういう事をよみとれる大腹の軍人ばかりだったら、こんなへまな戦争なんかやるものか……」

 しんみり云って、しばし言葉をやすめていた中将は……急に、肚の底から突きあげてきたような切実な声をふりしぼって云い出した。

 「俺は総理大臣なんかにはなりたくない。だが、中国派遣軍司令官だけにはなってみたいよ。

 俺が中国派遣軍司令官になったら、誰がなんといおうが、六ヶ月以内にはかならず全面撤兵してみせる。蔣を立て、ルーズベルトとチャーチルをきっと説かせてみせる。太平洋戦争をりっぱに解決してみせる」

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  1. 2016/12/14(水) 17:22:10|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第二巻受難の巻

 自分の言葉に自ら激してしまったものか、顔面に悲痛な色をうかべ、テーブルをたたきながら怒号した。

 天下危急のこの秋に、用いられざるこの才分、発揮できないこの手腕……鳴る腕をなでながら、じっと歯をくいしばっている武将の胸の苦悩がせつせつと伝わってくるようだ。

 さらに中将は一段と声をたかめ、眼をきらきらとかがやかせながら……もし大陸から全面撤兵し、太平洋戦争を終結するとしたならば、まず最初に、あそこにはこういう手を打ち、ここはこういう工合にし、この軍はこう動かし、あの軍はこう持っていく……というように、終結までの順路を具体的に綿密に、しかも整然と披瀝していった。

 これには戸松も口をはさむ余地がない。ただ驚嘆してきくばかりだ。戦術家としての第一人者が、多年の蘊蓄をかたむけて必死になって考え考えぬいて構成した秘奥の策だ。戸松も鈴木氏も煙にまかれたように、息をつめたまま聴きいっているだけであった。

 さすがは専門家だ。戸松は今まで自分の主張してきた全面撤兵論が、単なる梗概にすぎないものであったことをまざまざと知らされたのであった。

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  1. 2016/12/15(木) 10:55:37|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第二巻受難の巻

  猛虎は怒る

 ちょうどその時、夫人が新しい茶をささげて入ってきた。

 薄闇のただよう中に、それとも気づかずに坐ったままでいる三人ににんまりと笑いかけていると、電灯のスイッチをいれ、茶を入れかえながら云った。

 「主人がこのように、電灯もつけずに大声でどなったり怒ったりしている時は、非常にうれしい時なんでございますよ。こういう態度が主人の最大の待遇でございます」

 主は肯定するようにニヤニヤと笑い、若い二人も、よく解っていますよと云うようにうなずきながら笑った。

 夫人が出ていくと、ふたたび大熱弁となった。

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  1. 2016/12/16(金) 14:01:08|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第二巻受難の巻

 日本の大陸進出は満州国設立でとどめるべきであった。そしてソ連の相次ぐ五ヵ年計画にたいして、日本も計画的に陸軍はソ連にたいし、海軍はアメリカにそなえて軍備を急ぐべきであった。

 日本の陸軍が、ソ連の軍備力を圧倒するほど強くなれば、中国の侮日、排日はおのずから排ソに変っていき、海軍の拡充は中国にたいするアメリカの介入を抑制することができたであろう。満州を抱いて日本は、自国の実力をやしない、アジア諸国の協力をつよめる工作をすべきであった。尠くとも三十年の間、満州国が中国人から憧れの国となるまで、日本は長城を超えてはならなかったのだ。

 微に入り細にわたって、自分が抱きつづけてきた長期国防計画をのべたてた。

 着想、構想の卓越さもさることながら、中将の言葉の端々には、ぴかっぴかっと光るように、才気の活発さがひらめいている。

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  1. 2016/12/17(土) 08:39:43|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第二巻受難の巻

 この人はやっぱり天才だ。この人がヒットラーのように独裁的指導者になっていたら、おそらく日本は、何年後かにはアジア諸国の協力の上にのっかった一大軍事国家になったことであろう。彼の抱く仏教思想が、軍事政策の上にどのように反映したか見物であったことだろう……と戸松は考えた。

 「閣下のような卓越した戦術家が、処を得ずしてその才を空しくしているということは、国家にとって大きな損失だとおもいます。日本の悲劇は人の位置づけを間違っているところにあるように考えられます」

と云うと、

 「そうだよ君、東条なんかありゃ上等兵だよ。戦争もろくにやった事のない奴だ。政治なんぞ何ができるものか」

と、鼻先で笑うようにしてののしった。

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  1. 2016/12/18(日) 17:25:23|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第二巻受難の巻

 「東条さんがあれだけ軍と国民の支持をうけているのは、彼が強硬な主戦論者だからなんですね。彼は軍の強硬論と、国論を代表している男だということになりますね」

 「まあ、そうだ」

 「この世論という奴がなかなかの曲者だと思うんですよ。

 日露戦争の講和条約が調印されたとき、桂首相や小村外相は売国奴といって国民からののしられましたからね。あの時の世論でいくと、和訳を破って焦土となるまでも戦いつづけたでしょうからね。

 和訳を破って戦いつづけた方がよかったか、桂や小村の講和が正しかったかは、後になってわかったわけです。

 一国の責任者が、大局を見る目を失って世論に流されると、国家をほろぼす事になりますからね。東条もどうやら、その轍をふむ事になりそうですね」

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  1. 2016/12/19(月) 10:49:55|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第二巻受難の巻

 「戦争はもう既に負けているよ。今に中国から台湾から、朝鮮から、日本人がこのせまい本土に引き揚げてこなければならん時がやってくるだろう。

 日本人は馬鹿だよ。日本の男は馬鹿者さ、みんな自分中心の奴等ばかりだ。国の事を考えている奴はいないよ」

 やる方なき悲憤を毒舌にまぎらわさんとするかのように、苦々しく云いすてた。そしてさらに怒りはつづいた。

 「男もだめだが、女もだめだ。日本の女は全部くずれている。不貞だよ。

 昔は日本の女は貞操堅固で立派なものであった。だが、今は男と同じで自己中心になって、夫のため、家のためを思う女がいなくなった。人間がみんな自分本位になったということは、国が滅びる前兆だよ。

 見ていたまえ、今に日本の女は、平気でアメリカ兵の妾になってしまうから……」

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  1. 2016/12/20(火) 09:39:22|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第二巻受難の巻

 このまま聴いていたら、この怒りはどこまで波及していくかわからない。

 止まることなく転げ落ちる日本の大勢を、必死になって喰い止めようと努力した甲斐もなく、かえってその勢いに踏みつけられてしまったその怒りは、胸の中にふつふつとたぎりつづけてきたものであろう。

 ふと腕時計をみると六時をまわっている。もう帰らねばならない時刻だ。

 「いや、どうも、思わぬ長居をしてしまいました。今日は閣下の高邁な識見を拝聴して大変教えられるところがありました。どうもありがとうございました」

 「いやいや」

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  1. 2016/12/21(水) 14:08:32|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第二巻受難の巻

 中将ははじめて明るい笑顔を見せ、

 「夕飯でも差上げたいが、貧乏しているもんだから来客にいちいち食事を上ることができんから、一つ著書でもあげるとしようか」

と云いつつ先に立って玄関に出、そこに据付られた本棚から三冊ほどぬきとって戸松の手にわたした。

 見ると、すでに読んでしまった本ばかりである。

 「これはもう読みましたから」

と云って返そうとすると、

 「もう一ぺん読んだらいいじゃないか」

と押し返してきた。

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  1. 2016/12/22(木) 10:01:16|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第二巻受難の巻

 「一ぺん読んだらもういいです。二度も三度も読みたくありません」

 「まあ、そう云うな、読んでくれ」

 二人のやりとりを側で見ていた鈴木氏が、たまりかねたようにくっくっと笑い出して、

 「ぼくが頂きます」

と受けとった。

 外に出ると既に夕闇がたちこめていた。

 「二人とも変っているなあ」

 鈴木氏は三冊の本を小脇にはさみながら、こらえていた笑いを爆発させた。

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  1. 2016/12/23(金) 10:29:41|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第二巻受難の巻

  附記

 終戦後、東京で国際裁判が開かれた時、石原中将は病床にあった。満州事変の責任者として板垣大将が戦犯として拘禁され、石原中将は証人として調べられることになった。

 東京からはアメリカの裁判関係者やUP通信の記者が五十余名、一箇列車を仕立てて山形までおしかけて来た。

 この時中将は寝床に座り、しびんを前にはさんだまま(膀胱が悪かった)これらの部隊に対面した。熱血漢の彼は病をわすれ、しびんが外れて尿水が蒲団の上にこぼれるのも気づかず大弁説をくりひろげ、並びいるアメリカ人の度胆をぬいたものであった。彼が「戦争というものは戦う理由があっておこるもので、勝った国が負けた国を裁く権利があるはずはない。どうしても裁くというなら、戦犯と思う人をひっくくって殺したらいいではないか。国際裁判などと大げさ猿芝居をやって、日本人全体を震え上らせるとは怪しからん。それは戦犯を裁くのではなくて、日本人全体に恐怖心をあたえる為のジェスチャーにすぎん」「満州事変に関する限りA級犯罪人は板垣や土肥原ではない、私(石原)をおいて外はない。私をA級犯罪人と指定するならば、ウェップ裁判官やキーナン検事等では問題にならない。戦争思想や政治軍事に暗い法律職人に裁けるものでない。石原を裁判するというならば、アメリカはトルーマン、イギリスはチャーチル、中国は蔣介石が出て来て判事になり検事になって裁かねばならない。裁判戦争なら何時でもA級戦犯者として出る用意がある。」と、戦勝国の弱点を喝破した時には、UP通信の記者達が、思わずどっと拍手を送ったものであった。空しく朽ちた惜しむべき才能の人であった。真に残念至極である。

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  1. 2016/12/24(土) 14:00:32|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第二巻受難の巻

   豚に乗った信長と亜細亜同盟

  冬の日ざし

 頭山秀三氏は戸松を豚に乗った信長だと評していると花野四平は云っていたことがある。一度は馬に乗せてみたいものだと彼も語るのである。戸松は中国に於ける亜細亜同盟運動をどうしようとしているのか、頭山氏の重慶工作とむすびついて動いているのか、森田、村木、花野、鈴木、広瀬及び情報活動の中国人、青班紅班との関係はどうなっているのか、特務機関とはどういう関係にあるのか、私にはさっぱりわからなかった。肝腎の周仏界総理、熊剣東湘軍とは誰が連絡をとっているのか、妻の私に希望を持てるよう、なぜアウトラインだけでも話してくれなかったのだろうか。彼は唯一人単騎突入・獅子奮迅の勢で日中事変解決に当っているのではないかと思われてならなかった。それは雑居中の上海同志が闇示しているからである。彼等が活気に溢れた活動をしていたならば私も活気に満ち、不安に陥ることはなかったであろう。

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  1. 2016/12/25(日) 20:40:22|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第二巻受難の巻

 十二月にはいると、気候が逆もどりしたようにおだやかな小春日和がつづいた。

 肌にしみとおるような寒さも、心をえぐるような悔恨も、十一月の月とともにそっと流れ去ったかのようであった。

 時は絶え間なく流れ、人の心も刻々と移っていく。人間というものは、同じ心の状態に終始かわらず止まっていることは出来ないものらしい。若し出来たとしたら、それはよほどの天才か達人か、あるいはよほどの愚者ではあるまいか。

 早産の後、わたくしは三日と寝ていることは出来なかった。高熱も悪寒も、腹痛のはげしさにおそれをなしてぬけ出して行ってしまったものか、身体のどこにも苦痛はのこっていなかった。病気でもないのに、枕を友に終日寝ているということはかえって精神的苦痛をともなうものである。

 青年達がベッドに近づいて「どうですか……」

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  1. 2016/12/26(月) 14:25:37|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第二巻受難の巻

と声をかけると、仮病をつかって寝ているような後めたさを感じて返答に窮した。堀下夫人がわたくしの分担の仕事をひきうけて忙しがっているのを見ても、じっとして寝ているのがつらく感じられた。

 三日目に隣組の集会の通知が郵便でとどいた。組長の桜田という人はフランス租界に住んでいて、フランス租界の一部と滬西の一部をふめた地域に住んでいる日本人が、一つの隣組に編成されているらしかった。まるで人里はなれた山奥や谷合にぽつんぽつんと住んでいる人間同士の隣組のようなものである。まわりにぎっしりつまって住んでいる異邦人は、草木のようにまったく黙殺されている。

 第一、通知状の住所だけでは桜田という人の家が租界のどこらにあるのか見当もつかないのである。牧谷夫人と堀下夫人は、この役を本田か篠原におしつけようとして、朝食の後しばらくすったもんだの掛合を繰返していた。青年達も隣組の寄り合いなどという世俗的な集りの席には出たくないようであった。

   (43 43' 23)

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  1. 2016/12/27(火) 09:26:45|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第二巻受難の巻

 「それじゃ、わたしが行くわ。一日中寝ているのも退屈になったから、わたしが行ってくるわ」

 わたくしはベッドの上から隣室に声をかけた。わたくしにはこの家の責任者だという義務感のようなものがあった。それにもまして心を誘い立たせたものは、やわらかい冬の日ざしであった。

 ベランダにつづくドアーいっぱいに明け放されていた。太陽はどのような隅々にまでも惜気もなくその恵みをあたえようとするかのごとく、応接用のテーブルや椅子の下の方にまで光の流れをひろげていた。その光の溜っている中に素足のまま降りていって、光りの精を全身に存分にあびたいという衝動があった。蒲団の中が穴ぐらのように感じられてきた。

 こうして、とうとうわたくしは起き出した。死産にまつわる悔恨に心をずたずたに引きさかれた直後でありながら、産後の生理的特殊性には考えおよばなかったのである。

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  1. 2016/12/28(水) 14:11:13|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第二巻受難の巻

 後日それが再びとり返しのつかない。禍となって襲いかかってくるであろうなどと想像してみることも出来なかった。なぜなら、妊娠が新たな体験であったと同じように、産後の生理も又、まったく新たな体験であったからである。

 人間というものは、一つ一つ体験と失敗を丹念に繰返さなければ、生の智慧を把握することができないものらしい。わたくし共が知識知識とふりまわしているものの殆んどが、長い過去の無数の人間の体験と失敗のちくせきの上に築かれたものに外ならない。過去の人間の失敗とぎせいの上にわれわれ現代人の安全と安楽が成り立っているというものだ。

 わたくしの妊娠、出産にたいする知識なるものは、まったく零であったという外はない。肉親や知人は注意をあたえてくれないのみか、その手引書すら紹介してくれなかった。又医師も大ざっぱで暢気であった。そのため、過去の女達の体験や失敗はわたくしには無関係なものであり、知識と化してわたくしに恩恵をあたえてくれなかったのである。わたくしは二十世紀の退化し軟弱化した肉体をもって、原始体験を地で行ってしまったのである。

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  1. 2016/12/29(木) 10:55:44|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第二巻受難の巻

 不思議なことに牧谷夫人も、妊娠中とか出産後の養生とかいうことにそれほどこだわっていなかった。二人の乳児をかかえて目前のことに忙しかったことも事実だが、彼女の健康な肉体の体験によると、お産は犬や猫にもある生理であって、とりたてて騒ぎ立てるほどのものではなかったのかもしれない。

 「外出はちょっと早いようだけどねえ……」

 隣組の会合に出かける支度をしているわたくしを、じっと見ながら彼女はいった。しかし止めなさいとはいわなかった。月満ちて生まれる本格的な出産でなかったことが、彼女の知識の対象にならなかったのかもしれない。わたくしは一人では不安だったので、堀下夫人をさそって出かけた。彼女は上海語を片言でしゃべり、ワンポーツに行先のフランス租界の街路名をつげ、料金をねぎった。

 労働を高く売りつけようとするこすい人間には生半可のヒューマニティーは通用しない場合がおおいようだ。彼らの人間性を尊重して下手に下手にでようものなら、彼らは一ドルでいい料金を二ドル取ろうとする。滬西のワンポーツは、異国人にたいして殊にぬけめがなかった。この点でわたくしは何時もしくじっていた。

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  1. 2016/12/31(土) 10:16:03|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

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國 乃 礎

Author:國 乃 礎
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