いしずえ

謹賀新年

平成29年元旦

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テーマ:このままで、いいのか日本 - ジャンル:政治・経済

  1. 2017/01/01(日) 13:08:57|
  2. 未分類

新聞 いしずえ 新年号 1月1日発行 №38

新聞 №38

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  1. 2017/01/01(日) 14:34:20|
  2. 新聞

第二巻受難の巻

 堀下夫人は大体距離の見当をつけて「お前は一ドルしかやれない」と、きっぱりいい切ってしまうのである。すると彼らも考えて、ぶらぶらしているよりは、一ドルでもかせいだ方がいいと判断して応じてくるのであった。彼女はわたくしよりずっとよく人間というものをつかんでいたといえる。

 桜田氏の応接間には、すでに数人の隣組員があつまっていた。日本人であるということの外には何一つとして共通点のない人達ばかりであった。

 桜田氏はまだ二人見える筈ですから、しばらくお待ち下さいといって廊下に出ていった。まもなく「ハロー」という明るい声にはじまって、さわやかな英語が流れてきた。どこかへ電話をかけているらしい。ある時は笑い、ある時は真面目に、流麗たる語音はなめらかにつづいた。

 内地ではこれだけ洗練された英語はちょっときかれない。桜田氏が上海の植民地的文化の中にとけこんでいる証拠であった。この都会では英語をもちいなかったら、社会的に広く仕事ができないのである。英、米の力がいかに根深くくいこんでいるかを、まざまざと思い知らされる一つの事実でもあった。

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  1. 2017/01/02(月) 09:11:16|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第二巻受難の巻

 集会の目的は蓖麻の栽培と貴金属の供出に関する事項であった。桜田氏は黒いロイド眼鏡の奥から、一わたりじっと見渡しながら、

 「とにかく、米英に打勝つためには、ぎせいを払ってでも軍に協力しなければなりませんので、一つよろしくお願いいたします」

といった。

 文化的にも経済的にも~上海という都市には、とにかく西欧資本主義の上に繁栄していることはまちがいないのだから~米英の基盤の上に安住しながら、米英打倒をとなえている彼の話は、いたって説得力に欠けている感があった。中国の英米人を根こそぎ搦め捕り、米英艦を揚子江から放遂してみたところで、大地の塩と化してしまった彼らの文化と、経済の構造はどうすることもできない。それは空気の中に混入してしまったかのように、二十世紀の東洋人の生そのものにむすびついてしまっているのであった。

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  1. 2017/01/04(水) 15:31:27|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第二巻受難の巻

  忘 却

 その日の外出はやっぱり無理であったのか、夕刻にはひどく疲れが出て、食欲がなかった。乏しい生活費で最大の栄養価を得ようとするため、肉も油身の多い豚肉をつかってあるし、野菜料理もごってりと油っこくて、喉を通過しそうにもない。わずかな量を口に入れただけで、口中いっぱいにつまったようになり、のみこむのにも決断がいった。

 この時から、わたくしの食生活は、いよいよ片輪なものになっていったといってもよい。とにかく、油のてりのある料理を見ただけで、むかっと来るようになったのである。

 一度外出すると、翌日からもう一度寝床に親しむというわけにはいかなかった。雑居生活では、そういう気儘な態度をとるのには、一つの勇気がいった。ことにわたくしのベッドが広間の入口近くにすえられている関係上、日に何度も家中の人から寝姿を見られることになる。たえられない苦痛でもない限り、寝ていられるものではなかった。

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  1. 2017/01/05(木) 14:02:54|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第二巻受難の巻

 わたくしは翌日から自分の分担の仕事にかかった。牧谷夫人が時々無理をしないようにしなさいといったが、わたくしはそれを聴き流した。人の気づかいや親切に甘えずに、為すべきことをきちんとすることが美徳だと思っていたのである。なんという安っぽい美徳であったろうか……両手にあまる野菜の買出し、高い階段の登り降りは、変調中の肉体にこたえないはずはなかった。

 とにかく、その頃の滬西の家の野菜の消費量ときたらすごかった。一束二ドルの杓子菜と安物のさつまいもを、二つの籠にぎっしりつめて、堀下夫人とわたくしが一つづつ持ち、あまった方の手で大根やキャベツや肉の包みをかかえて帰るのである。杓子菜は漬物に、味噌汁の実に、油いために朝から晩まで常食のようにふんだんにつかわれた。

 市場への往復には、かならず子供の死体をふみつけた町角を通らねばならなかった。外に裏道があったとしても、日本の女が通るのは危険だからである。一週間ぐらいは、暗い罪悪感がよみがえってきて、そこを通り過るのが苦痛であった。しかし、日がたつにつれて、その苦痛は一枚一枚薄紙をはぎとるように淡くなっていた。堀下夫人とぺちゃくちゃしゃべりながら、何時の間にか気づかぬ中に其処を通りすぎてしまう日が多くなったのである。

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  1. 2017/01/06(金) 10:41:56|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第二巻受難の巻

 神は人間に絶え間ない前進をうながすために、忘却という恩恵をあたえたのであろうか。この良薬は、精神的苦痛をいやす最大なものである。しかも、一度忘却の域にひきこまれた苦悩は、思出という形になって再びあらわれるとき、もはや自分の側からはなれて客観的な存在になっているのである。それは、遠雷のように切実性をうしなっていた。

 しかしわたくしは、路上の遺棄死体と自分の胎児が、重なりあって一つの思出を形成していることには、やっぱりやり切れない気持であった。

 虫けらの死骸のように、毎日路上にばたばたとすてられていく上海の数知れぬ死体の中で、名も知れぬあの子供の死体だけが、永久にわたくしの脳裡にきざみこまれていくことも奇妙なことであった。第一回目の妊娠に失敗したにがい思出の中に、枯れはてたような二本の足は、とにかく崩れおちもせずに残っていくのである。

 わたくしの生理は、二十日すぎても元通りにはかえらなかった。しまいにはうっとうしくなって気がいらいらしてきた。

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  1. 2017/01/07(土) 14:05:43|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第二巻受難の巻

 しかし、医者にいく気にはなれなかった。二度ほどのぞいたことのある産婦人科室を思出すだけでも、ぶるっと身振いするような嫌悪を感じた。余程の事件がおきない限り、とうてい行く気にはなれないところである。

 生理の狂いは四十日余もつづいたであろうか。そしてそのあと、ぱたっと女としての生理が停止してしまったのである。それからおよそ七年間、女の域から解放されたのか、それとも失墜したのか、わすれ物をし通しのような年月がつづいた。それは又、衰弱と貧窮の月日でもあった。

 とにかく、昭和十八年は、国家的にも個人的にも暗雲の中に暮れようとしていた。

 クリスマスの二日前であった。呉夫人からクリスマスイヴに是非来てくれるようにという招待があった。しかもわたくし一人に、夜だから誰かお供ををつれて来るようにというのである。本田が、

 「僕がお供しますよ」

と真先に申出た。

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  1. 2017/01/08(日) 09:45:58|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第二巻受難の巻

 その前日であった。わたくしは彼と虹口レストランでぱったり出会った。正確にいうならば、わたくしが買物に疲れて大衆向きの大きなレストランに入って紅茶をのんでいると、彼がひょっこり現われて隣りの椅子に腰かけたのである。

 「あら、まあ、本田さん、今日は一人だったの?」

 わたくしはびっくりしていった。

 「今日は永島さんの家に行ってきました」

 ははあ……とわたくしは思った。永島氏の家は、虹口スコット―路のわたくし達が住んでいた七友小築の近くである。長女がなかなかの美人で、上海小町と多くの独身者に仰がれていた。

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  1. 2017/01/09(月) 13:43:32|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第二巻受難の巻

 美人というものは、無意識に男性をひきつける引力をそなえているものである。であるから、彼女が無関心であるにもかかわらず、男達が勝手に彼女に憧れて、せっせと永島氏と玄関に通うのである。いかにも永鳥氏の話を傾聴しているような顔をしながら、心はつねに見えざる彼女の足音や話し声をとらえようとして、家の中の気配に耳をそばだてているのである。

 丁度その頃、本田は永鳥氏宅における、そうした座談の客の一人であった。

 その日は首尾よく彼女の顔を拝めたのか、彼はいたって御気嫌であった。

 「奥さんとこんなところで会うとは、思いがけなかったなあ……」

 彼はにこにこ笑いながらコーヒーをすすった。以前のあのとげとげしい神経質な青白さは消えていく分上気したようなつややかさがあった。死産という苦闘をへたばかりのわたくしに対する同情というよりも彼自身の心がみたされているためであろうと思われた。

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  1. 2017/01/10(火) 14:51:37|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第二巻受難の巻

 その彼が、今日も又いそいそとお供をしていくといいだしたのである。一ヵ月前までは考えられもしなかった変化であった。

 土産には牧谷夫人が手製のお萩をつくってくれることになった。呉夫人が日本にながく留学していた人であるから、日本の庶民的な味を多分よろこんでくれるだろうというのである。

 午後五時からの招待であるから、少し余裕をとって四時には家を出なければならない。

 当日わたくしは早くから支度して、その時間を待った。ところが四時を十分過てもお萩ができてこないのである。待ちかねてじりじりしてきたわたくしは、階下の台所におりてみた。

 すばやくわたくしの姿をみとめた堀下夫人が、

 「お待ちどうさま、出来たわよ。今箱につめているの……」

と、鼻の頭を汗できらきら光らせながら笑いかけた。彼女は今、お萩を手にのせて、ていねいに表面をなでつけているところであった。

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  1. 2017/01/11(水) 17:34:05|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第二巻受難の巻

 近づいてそのお萩を見たとたん、わたくしは思わず「まあー」と大仰な漢声を発してしまった。なんという大きなお萩だ。大人の握りこぶしほどもあろうか。中皿に二つ並べてのせたら、おそらくはみ出してしまうだろう。

 大きなボール箱の中には、この巨大なお萩が十二、三も、ずらりと並べられていた。

 「十五つめようと思うのよ。どう美事でしょう。これだけ並べると、豪華なもんね」

 わたくしの驚きを勘違いしたのか、牧谷夫人がちらっと箱をのぞきながらいった。

 なにが美事だ、なにが豪華なものか、それこそグロテスクというものだ……不満と憤怒と失望のいりまじったような思いが喉もとまでつきあげてきた。

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  1. 2017/01/12(木) 14:19:34|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第二巻受難の巻

 相手が肉親だったら、怒声となって一気に口から噴き出してしまうところだ。しかし、わたくしは困った、という表情をしただけにとどまった。その上、口から出た言葉は、うろたえを帯びた遠慮がちなものであった。

 「あの……これ、三分の一の大きさに直してもらえないかしら」

 母がよそへお土産にするときのお萩が、わたくしの頭の中に既定的基準として定着していた。それは一口か二口で食べられるほどの大きさで、饀がごってりとついたものであった。このお萩はその三箇分か四箇分、いやそれ以上にもあたるかもしれない。その上、ところどころ禿頭のように中の飯がすいて見えるところもある。

 「あらっ、奥さん。何いうのよ。お萩ってものは大きい方がおいしいのよ」

 牧谷夫人は料理の先生のように、自信たっぷりの顔をしていった。お気の毒に何もしらないのねというような嘲笑的なかげが、ぽってりとした両頬にうかんでいた。

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  1. 2017/01/13(金) 14:42:15|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第二巻受難の巻

 「そうよ、奥さん、お萩つくったことないんでしょう。このぐらいの大きさでないと、食べたような気がしないものなのよ」

 堀下夫人も大きな眼を一だんとむいて同調した。

 彼女達のこのおしまくってくるような勢いに、今まで辛うじておさえていた覆がぱっと吹きとばされ、わたくしの心はむき出しになってしまった。わたくしはいってやった。

 「これは田舎向きのお萩だわよ。こんな大きなお萩もって行ったら笑われるにきまっているわ。それに、ほら、ごらんなさい。こんなにあんこの足りない禿げたようなところもあるじゃないの。進物用にはもう少し体裁よくつくらなきゃあ……もって行く者の身にもなってちょうだい」

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  1. 2017/01/14(土) 12:48:23|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第二巻受難の巻

 「へえ……わたし達せっかく美味しくつくったつもりなのにね、お萩はあんこをあまりつけると食べにくいものなのにね。それに、これを三つに分けてもっと餡をつけてつくり直したら、あとの御飯につける餡がなくなってしまうわ」

 牧谷夫人が珍しく不快をむき出しにした顔でいった。堀下夫人もむっと気色ばんでいたが、

 「いいわよ、直してあげようよ。あんこが足りなくなったら、わたし達はお砂糖でもかけて食べたらいいじゃないの」

というがいなや、手早く手にもっていたのを小さくひきちぎろうとした。

 その荒々しさに、わたくしは急にあわて出した。

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  1. 2017/01/15(日) 17:44:46|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第二巻受難の巻

 「いいわよ、いいわよ、このままで。せっかくもう出来ちゃったんだから。只、こことここの禿げたようなところへもう少し餡をつけてちょうだい」

 彼女達はやはりつくり直したくなかったのか、黙ったまま指先に餡をつけて、うすい箇所をぺたぺたとはりつけ出した。

 「どうせ相手は中国人じゃないの……」

 誰にいうともなく、堀下夫人がぶつぶつつぶやいた。

 わたくしはもう彼女らに抵抗する気にはなれなかった。死産いらい、せっかく牧谷や本田の気分がやわらぎかけたところである。ここで女軍に共同戦線をはられて攻撃されるようなことになったら、針の山にふみこんんだような痛々しい日々を送らねばならない。しぶしぶと、わたくしはその巨大なお萩をもって出かけたのであった。

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  1. 2017/01/17(火) 09:10:43|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第二巻受難の巻

 呉夫人が清朝の貴族の後裔であろうと、中国の進歩的文化人であろうと、とにかく相手は中国人なのだからかまわないではないかと云う侮辱的な観念が、彼女らの頭の中にゆるがぬ位置をしめていた。それは日清戦役いらい五十年間の伝統となってしまった日本人の一般的な中国観でもあった。

 腕にかかえたお萩の折箱は重かった。まるで憂鬱と屈辱をかかえているかのように、心がうきたたなかった。わたくしの足は遅れがちになった。

 本田は時々腕時計をのぞきこんでは、時間を気にしていらだっていた。大通りに出るがいなや、彼は丁度そこに来あわせたワンポーツをよびとめた。大型の新しい車であった。

 「遅くなるといけないから、これで行きましょう。さ、奥さんお乗りなさい」

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  1. 2017/01/18(水) 11:27:30|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第二巻受難の巻

 わたくしはうながされるままに車にのった。

 すると彼は、外の車をさがそうとするでもなく、ひょいと同じ車に乗りこみ、わたくしの隣りに腰かけてしまったのである。

 こういう大きな車は虹口や滬西ではめったに見かけたことがなかった。おそらく、アベック用の高級ワンポーツともいうべきものだったのかもしれない。

 本田が二言三言言葉をかけると、ワンポーツは勢いよく走り出した。小ぎれいな身なりをした頑丈そうな中年男であった。

 「今日は馬鹿にワンポーツが少ないんですよ。クリスマスイヴだからみんな都心の方に集まっているんでしょう。窮屈でしょうががまんして下さい」

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  1. 2017/01/19(木) 16:30:54|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第二巻受難の巻

 本田はてれくさそうに云いわけした。

 わたくしは黙ったままうなずいた。車がないのなら仕方がない。それよりもわたくしが気懸りなのは、今夜のパーティーでお萩がどのようにあつかわれるかという事であった。

 おそらく、解放的な呉夫人は、今までわたくしが彼女の客間で見てきたように、来客の真只中でお萩の包みをひろげ、

 「おう、これ戸松夫人のお手製ね。サンキュッ」

と派手な身振りで微笑をまきちらすにちがいない。そして、召使いの運んできた大皿にもりとり、テーブルの真中におくであろう。豪華なクリスマス料理のデザートとしてフランス人の友人から贈られたデコレーションケーキや、珍しい果物と並べておくことだろう。おそらく、彼女の性格では店で買ったケーキよりも手製のお萩の方により多く礼をはらうにちがいない。彼女は一人一人の客に、「日本の夫人たちがお家でつくるお菓子です。戸松夫人のつくったお菓子きっときっとおいしい」とすすめることだろう。

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  1. 2017/01/20(金) 13:50:50|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第二巻受難の巻

 客達は困ったような微笑をうかべながら後込(しりご)みするだろう。内心ではなんという無格好なお菓子だ。この日本夫人は粗暴でまるで美的感覚のない人あと思うことだろう。あるいは一人ぐらい、胃袋と心の大きい人がいて、「社会的経験のない気の毒な日本人の夫人が、せっかくつくってきたものだから一つ食べてやろう」という気をおこして手を出すかもしれない。しかし彼も、半分食べて後はいつまでも皿の上に残したままにしておくことだろう。

 呉夫人自身も自分では全然食べる気がおきないものだから、召使をよんで「お前達、日本のお菓子食べてみたいだろう、あっちへ持っていって御馳走になりなさい」といって下げさせてしまうことだろう。呉夫人はこれで何も彼もうまくいったのだと思うにちがいない。おさまらないのはわたくしの気持だ。この夜の屈辱的な思いは、長くわたくしの記憶を暗くいろどるにちがいないのだ。

 本田はおしだまっているわたくしの横顔を何回となく覗きこむようにした。彼はしばらくためらっていたようであったが、

 「人の奥さんとでも、こうして一緒に車にのっているのはとても楽しいことです」

と、ぬけぬけと云ってのけた。

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  1. 2017/01/22(日) 13:39:12|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第二巻受難の巻

 わたくしは驚いて彼の顔を見た。彼の朝鮮人型ののっぺりとした細長い顔の片頬に、虚無的な微笑がうかんでいた。

 なんという不遜な若者だろう……とわたくしは思った。指導者と仰ぐ先輩の夫人を、異性として取り扱うとは怪しからん。それは戸松にたいする一つの背信ではないか。

 「あなた、今日は戸松の妻のお供をしていてくれるのでしょう。お世辞のつもりでそういう事をいうのだったら、失格だわ」

 わたくしはいまいましそうに云った。

 「いや、別にお世辞や変な気持をおこして云っているんじゃありません……」

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  1. 2017/01/23(月) 13:39:00|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第二巻受難の巻

 彼はあわてて、おろおろと弁解した。

 「僕はこの頃、奥さんを誤解していたんじゃないかなあという気がしてきたんですよ。牧谷さんも云っていました。奥さんは自分の兄弟がみな秀才だということや、安部先生のようなえらい人の媒酌だということを鼻にかけているんだとね。僕もそう思っていた。独善的なインテリー風を吹かせる気位の高い人だと思っていた。だけど今度、貧窮の底にいる女のように、誰も知らない間に出産して、ひとりで処理して後けろりとしているのには驚きました。やっぱり芯があったんだなあと思いました。見直したんですよ。だから……まあ、こうして、お供していくことをよろこんでいると云うわけなんですよ。

 僕はやたらに女の人を尊敬しませんよ。僕の初恋の女は国文学をやっていましたからね。僕は女の趣味は高いんですよ」

 彼は最後の一言に力をいれて誇らしげに強調した。弁解のつもりでいっていることが、全然弁解になっていなかった。それに女の趣味という言葉は、わたくしの胸にずきりと来た。

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  1. 2017/01/25(水) 11:31:03|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第二巻受難の巻

 わたくしはこういう種類の男の話はきらいであった。前はいやな人だと思っていましたが、今はいい人だと思っていますというような言葉は、感情の動きやすい女の云うことだ。

 相手の行動によって、見下げてみたり見上げてみたり、きらいになったり好きになったり、動揺するような男には、まるっきり真実は感じられない。まるで池に浮んだ月のようなものだ。

 彼が真に戸松の理想に参向しているならば、戸松の妻の性格など、それほど問題にすべきことではあるまい。こういう女を妻にして、先輩も内外ともに苦労だなあと、温かく見守ってこそ実のある同志というものだ。

 俺の気にくわなければ無視してやる、俺の趣味にかなった点があったから見直してやる、これではまるで遊里の女を相手にしているような態度だ。いつの日にか、又彼を不愉快にさせる事態がおきたとすれば、再び反転して見下げることになりかねない。こういう事を喋々としてしゃべる男には、わたくしは信をおくことは出来なかった。

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  1. 2017/01/26(木) 15:58:56|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第二巻受難の巻

 「男という者はそういう事をやたらに云うものではないと思うわ。

 感度計の針がちらちら動くように、心の変化をその度に表現するものじゃないと思うわ。あなたが戸松を信じているなら、彼を通してわたしを信じてくれればいいじゃないの。それだけの事でいいと思うわ」

 「ええ」

 彼は気まずそうな顔をして黙ってしまった。

 わたくしははっきり覚えている。彼が一時、永鳥夫人に親しみ、夫人の信仰に魅力を感じ、夫人の本を借りてきては熱心によんでいたことを。

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  1. 2017/01/27(金) 09:26:37|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第二巻受難の巻

 それは谷口雅春著「生命の実相」という分厚い本であった。わたくしにもそれを読まないかとすすめた。しかし、わたくしは宇宙の実相にじきじきにふみこんでいくよりも、トルストイやカロッサを案内人として、人間の真実をとおして神を仰ぐ道をこのんでいた。後年のわたくしのように生長の家や谷口雅春氏にたいする多少の認識でもあったなら、おそらく、そのとき彼のすすめに応じたかもしれないし、永鳥夫人にすすめられて会合にも出席したかもしれない。だが、当時はまったくの白紙であった。谷口先生がえらい方だといくら説明されたところで、そんな事はわたくしには関係のないことだと思っていた。

 それほど熱心に生命の実相に傾倒していた彼がこの頃はほとんどその本を手にしなくなったのである。しかも永鳥夫人の悪口をいうのだ。顔の造作にまで、何や彼やケチをつけるのだ。そして、ああいう女を女房にしている永鳥さんの気がしれない。永鳥さんの女の趣味は悪いとけなすのだ。だからわたくしは彼の言には信をおくことは出来ないのである。

 永鳥氏の長女に恋人があって、親の知らない間に深い交りに発展していたということは、それから二、三ヵ月もすぎた頃、誰からともなくきいた話であるが、本田がすでに早くから知っていて、当時大きな心の衝撃をうけていたかもしれないという事も考えられる。又彼が不幸な家庭にそだち、十七、八の頃満州にわたって孤独の青春を送り、たまたま戸松と知りあってからは、親しんで離れなかったという事もきいたことがある。

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  1. 2017/01/28(土) 18:06:16|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第二巻受難の巻

 彼はたえずみたされず、ガツガツと飢えていたにちがいない。それを安定させ支えるものは母性の愛であり、それを律するものは父性の智であったのだが……彼は不幸にして、それに恵まれなかった。

 彼の自己本位の動揺しやすい心が、宿命的なものに根ざしていることはわかっていたが、しかし、やっぱり、わたくしは彼の母のごとき姉のごとき愛をそそいでやる気にはなれなかった。こういう自己本位の男に、うっかり親愛をしめそうものなら、自己本位な受けとり方しかしないからである。

 どんなに未熟でもよい。どんなに鈍重でもよい。生涯をかかげようと信ずる道を、黙々とふんでいく不動を思わせる男でなかったら、信をおくことは出来ないのである。

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  1. 2017/01/29(日) 13:30:13|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第二巻受難の巻

  元旦の追憶

 昭和十九年の元旦はさりげなく、平凡に明けた。

 マントルピースの上の置時計は何の感動もなく、義務的にカチカチと秒をきざんでいた。この家の人々の心を代表しているようであった。去年と今年は北極の白夜のように単調につづいていた。

 米屋は餅など配給してくれなかった。それにもまして恨めしいのは、財務係の篠原が正月用の特別経費を出してくれないことであった。ぎりぎりの生活費では、たとえ一日たりとも予算をこえることは出来ない。祝膳であるべき元旦の朝食が、豆飯としゃくし菜の味噌汁では、誰も新しい年を祝う気持にはなれなかったようだ。

 「元日に御神酒がないのは淋しいね」

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  1. 2017/01/30(月) 16:10:49|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第二巻受難の巻

 牧谷がゆううつそうにいうと、唇をふくらませてぐっと口をつぐんだ。なっちゃいないや……という表情であった。

 いつもならば反発を感じるところであったが、この時ばかりは、わたくしも黙ったままうなずいた。結婚してはじめての正月がこうだ。これからの人生が決定したかのように淋しかった。

 わたくしは御神酒と雑煮と正月料理による宗教的行事なしには、元旦の朝を考えることは出来なかった。それは少なからず形式的で習慣的なものであったが、それなしには正月を考えることが出来ないほど、骨の髄までしみこんだものであった。

 子供の頃、元日の朝は未明におこされたものだ。父は直ぐに裏庭の井戸端に立って素っ裸となり、闇の底から若水をくみ上げてはざあざあと頭からかぶる。これで身も心も清められたと信じているのであろうか。すがすがしい顔で紋付に着かえ袴をつけて、神棚に灯をあげ神酒と雑煮をそなえて礼拝する。この雑煮も一番最初の若水で煮られたものでなければならなかった。

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  1. 2017/01/31(火) 17:15:49|
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