いしずえ

第二巻受難の巻

 「女には男の気持はわからんさ」

 「……」

 肩すかしを食って、わたくしが黙っていると、彼はふたたび説得調になって話し出した。

 「奥さん、あんたも人妻だ。男というものを知っといた方がいいよ。男という者はね、口には出さなくても、妻子の事を一番深く考えているものなんだよ。

 もっと亭主を信じてもらいたいね。旅先の女からきた手紙一本で大騒ぎをする女房がいまいましくてならんよ。俺の帰りも持てないで、騒ぎ立てやがって……そんなに俺が信用ならんのか。俺が女を上海によべる境遇にあるかどうか、考えてみたらわかりそうなもんじゃないか。俺は女房を裏切った覚えはないよ。俺の方こそ女房に裏切られたんだ。奥さん、わかるかね、この俺の気持が……」

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  1. 2017/05/01(月) 11:14:31|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第二巻受難の巻

 言葉が感情的になるにしたがって、逆さに突っ立てた日本刀が、ぶるぶる、ぶるぶると無気味にゆれた。

 「十何年もつれそった女房がこんなざまだ。いい女房だよ。夫婦の問題を大袈裟に上海中にふれやがって……」

 上海中とは、それこそ大袈裟に出たものだ。可笑しさがぐっとこみあげてきたが、彼の妄想にも多少の根拠があるということは察しがついた。おそらく、今晩彼に刺激をあたえた人間が、専ら噂の種子になっているとでもいって、彼を嚇したのかもしれない。

 彼と女との関係が噂のごとくほんとうに深刻なものになっていたとしたら、あるいは彼は怒らなかったかもしれない。通り雨のように、気まぐれな遊びであったところに、彼の怒る理由の一つがあるようだ。さらにもう一つの、より深刻な、理由は彼にたいする妻の不信であることは、疑う余地もなかった。

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  1. 2017/05/02(火) 05:32:00|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第二巻受難の巻

 彼はくどいほど、同じ事を繰返しいっては口惜しがった。その異常なしつこさは、酒癖の一つにちがいなかったが、呉夫人をまねいた夜のあの粗野な乱れとは、ぜんぜん異質なものであった。酒というものが、その時の精神の状態によって、さまざまな酔態をつくり出すものであることを、わたくしは初めて知ったのであった。


  心の対比

 牧谷氏の口説きに耳をかたむけながら、わたくしは、スコット―路にいた頃戸松が語っていたことを思出していた。それは頭山満翁の女色の性癖に対処した夫人の逸話であった。

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  1. 2017/05/04(木) 13:22:17|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第二巻受難の巻

 頭山満という人は花を愛でるような自然さで女性を遍歴した人であるときいているが、この話は老年の近いころのものではないかと思われる。気に入りの芸者を囲って、半年の間料亭に入りびたりになっていた彼が、二万円(今の約二億円)の手切金をあたえてその女を自由にしてやったとき、女は料亭の女将ともなって頭山夫人に挨拶にやってきた。女は長い間頭山翁をひきとめていたことを詫び、今まで世話になった上にこんな過分な金までいただくことは出来ませんといって、金を返そうとした。すると夫人は「妻のわたしでさえ手こずる程の我儘者を、よく半年の間世話して下さった。そのお礼として、この金を是非受けとっていただきたい」といって、どうしても受け取ろうとしない。二人の押問答は何時果てるかもわからない程であった。これを見ていた頭山はお前たちは無欲だのうと云った。側で見かねた女将が「それでは、わたしに任せてもらいましょう」といって受けとり、後で女に無理やりに受け取らせたというのである。

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  1. 2017/05/05(金) 15:29:33|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第二巻受難の巻

 戸松は頭山夫人の態度を、あっぱれだといった。妻の完成した姿だといった。夫の長短一切を抱擁した確信にみちた不動の姿だともいった。わたくしは「それを虚偽だ」と叫んだ。そしてそれに感服している戸松にすら、反発を感じた。戸松がどんなに口を極めて頭山夫人の信の絶対性を説いても「妻の自分ですら手こずっているのに、六ヵ月の間、よく夫の面倒を見てくれた」とねぎらう夫人の心は理解出来なかった。それは不純であり、不潔であり、怠慢であり、非人間的であると思った。夫婦の愛情というものは、八十歳になっても九十歳になっても、第三者の闖入を許さない純粋なものでなければならないと信じていたからである。

 ところが不思議なことに、今牧谷が、妻の不信を託っているのをきいていると、彼が妻に苦悩をあたえた事実を責める気持がだんだんとうすれてきて、反対に素直に彼の心の深層へと引きこまれていくのを感じた。牧谷夫妻のはげしい苦悩と憤怒を眼のあたりに見てきた為であろうか、男女というものの真実が、自分の理解をこえたもっと深部にひそんでいるように思われてきたのである。男というもの、夫というものの本質をしっかり把握していたならば、負け惜しみや虚偽ではなく、頭山夫人のような心境になりうるものかも知れないとも思えてきた。

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  1. 2017/05/06(土) 14:05:12|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第二巻受難の巻

たしかに男の心は女にとっては永遠の未知数である。心の方向がまるで異っているのだ。女が急進的であるならば、男は遠心的であり、女が内角的であるならば、男は外角的であり、女が収穫的であるならば、男は播種的である。妻は夫が自分と家庭にのみ愛情をむけることを切望し、夫は家庭と妻に密着しながら、外部にむかって発展しようとする。それは仕事の面を開拓するとともに、妻以外の女との接触を広めることにもなる。しかし妻は夫が他の女に眼を移すことを許さず、二人だけの世界をかためようとし、夫は妻の愛と信を根城として、たわむれの愛を一つの遊び、生活の息抜きであると考える。なんという皮肉な裏腹な男女の心の対比であろうか。人間が感情の動物であるかぎり、いかに男女の原理を把握していたとしても、悩みや苦しみや怒りを克服して、感情を練磨していかないかぎり、夫婦としての完全な結合は不可能のように思われる。このことも又わたくしには不可解なことであった。頭山の若い頃の話である。鳥森の蔦の家を根城にしていたころ、頭山は昼夜の別なく催してくると間食でもするかのように簡単に性交をするのであった。或る時真昼間一室でそれをいとなんでいた。それを知らずに三室戸子爵がその部屋の唐紙を不用意にも開いた。頭山は三室戸に眼をむけ「馬上失敬」と云った。子爵は腰を抜さんばかりに驚いたという。戸松はこのことを超人的であり英雄豪傑の典型であると人に語るのである。わたしはこれを聞いてまるで犬猫同様でありませんかと反撥した。ところが戸松は、なるほどと云ったきり釈明しなかった。男というものは全く不可解である。

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  1. 2017/05/07(日) 16:30:39|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第二巻受難の巻

   地方遊説

  新たなる決意

 日中事解決法案の運動は失敗に終った。東条政府は戸松を反戦主義者として追求し逮捕の危険さえ迫っていた。しかし表面活動はできなくとも、この構想は既成事実として残しておかなければならないと考え、地方遊説に出ることにした。

 この案が戦後緒方竹虎をして多くの事変解決方策の中で、抜群であったといわしめ、これが縁となって、戦後国家再建方策に関し緒方邸(天現寺)で論議し、その結果緒方のブレーンとして期待され国会選挙の度ごとに立候補を要請されることになり、組閣前の選挙には緒方内閣は君の頭と腕を必要としているといい立候補をもとめられたのである。右にすべきか左にすべきか彼は迷っていたようであった。緒方内閣は戸松内閣であるとまで云われたのであるから動揺するのは当然であった。彼は南方戦線で決意した国民組織運動を捨てて国会に入るかいずれを選ぶべきかを妻のわたくしにも打明け相談したのである。そこでわたくしは「人生に於ける重大問題は他人に相談すべきではない。あなた自身が熟慮の上決定すべきである」と進言した。彼は穴のあく程わたくしの顔を見詰めながらだまって頷ずいた。

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  1. 2017/05/08(月) 05:27:00|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第二巻受難の巻

 戦争は秋田の小都市の生活を、東京ほどにはおびやかしてはいなかった。

 ことに戸松の生家は、裏庭つづきに小川をはさんで水田がひろびろとひろがっている町はずれである。今は能代市内にはいっているが、もとは能代市に隣接した農村であった。

 食糧のとぼしい東京で、大半を代用食で間にあわせてきた彼は、新米と味噌汁と各種の漬物に久しぶりに舌つづみをうった。飯はつやつやと光って味ふかく、熱い味噌汁は素朴な香をただよわせ、大根の麹漬はさわさわとした感触で食をさそった。

 山形から帰って二、三日の間、戦争というきびしい現実から解放されて、ある時は山すその堤の草むらに立ち、ある時は稲株のならぶ田のあぜ道にたって、自然のいだく安らぎと自由を味わった。

 だが、この平安な自由も、ながくは彼の心をひきとめることはできなかった。

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  1. 2017/05/09(火) 05:26:00|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第二巻受難の巻

 川のせせらぎに耳をすませ、山の端をながれる雲を見送りつつも、活動的な彼の心は東京にとび、上海にとび、世界中にとんでいた。そして、最後には、自分はどう行動すべきかという一点にたちかえるのが常であった。

 ここにおける彼の自由は、自然の中に放心し休息することよりも、自然の無言の秩序の中に、よりはっきりと自己をつかみ、よりたくましく自己を築くことの方に意義があった。

 中央の指導者たちが、戦争にひたむきになっている現状では、支那事変の解決も太平洋戦争の和陸も、とうてい見込みはない。おそらく日本は最後まで戦いつづけるだろう。

 戦いはどういう結末を日本にもたらすか、今のところ未知数であるが、完勝を期待することはとうてい考えられないことである。と、すると、あとには萱野先生や石原将軍の予言どおり、みじめな敗戦という道がのこされているばかりである。

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  1. 2017/05/10(水) 15:57:34|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第二巻受難の巻

 今に日本人という日本人が、自信をうしなって無気力になり、奴隷民族のようになってしまう日が来ないともかぎらないのだ。その可能性がつよいように戸松には思われる。

 忠君愛国の国家主義教育によってたたきあげられ、柔軟性にとぼしく、幅広い世界的視野をもたない日本人が、敗戦によって唯一の柱である国家主義理念をたたきやぶられたとき、いったい、どこに心の支柱をもとめていくであろうか。

 忠君愛国の思想は純粋であっただけに、打ちのめされたあとの反動は、みじめなほどの混乱をもたらすにちがいない。ましてや、大陸からひたひたとおしよせてくる共産主義の波にさらされては……

 国破れて山河ありといえども、その山河を愛する魂は果して健在しうるであろうか……

 この国がたとえ焦土化したとしても、山野の形が変貌するほどの破壊をうけたとしても、国民の健全な精神と気力さえのこっていたならば、又いつの日にか希望の芽がもえい出し、より高くより見事な民族の花をひらかせることもできるのだ。

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  1. 2017/05/11(木) 02:01:34|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第二巻受難の巻

 その健全なる芽を、今こそ大地の中に深々と育てておかねばならない……

 故郷の風土は彼の考えに、新しい方向をあたえたのであった。指導的人々を説いて、戦争の終結に奔走することを彼は断念してしまった。そのかわり、ひろく同志をもとめて、日本の健全な方向を社会の底辺につちかっておこうと決意した。いわゆる既成事実を残さねばならないと考えたのである。

 戦いの勝敗にかかわらず、あたらしい日本の底力となるものを着々ときずいていこう。それは、この戦いにたいする自分の態度を記録する意味でも、けっして無意味なことではない。

 彼は向い能代の鈴木氏をたずねて自分の考えをかたり、さらに園田氏をはじめ、関東関西の知人にこの意思を書き送った。

 鈴木氏は能代中学時代、柔道の強者で人気者であったから、無条件に心服してくる後輩が何人かあった。上海にいる村上などもその一人である。

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  1. 2017/05/12(金) 00:55:38|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第二巻受難の巻

 彼の大きな体軀は、余裕しゃくしゃくとして富者のごとく、肉づきのいい顔は人のよさそうな笑いをおび、どんな人間とでも抱きあっていけるような広さと温かさを感じさせる。

 この人の体内に巣くっている結核菌は、よほどのんびりした菌にちがいないと思われるほど、この病気にありがちな暗さ神経質さはみじんも感じられない。

 彼はさっそく人を集めて講演会をひらこうとした。しかし療養中の身は、自から走りまわることはできない。その上、これはとおもう人物はほとんど戦場に出てしまって、彼の手足となって奔走できるような人は残っていなかった。

 そこで、少しかんまんではあるが、身近な友人や中学校時代の恩師などを個別的にといてまわることにした。

 その論旨は、戦いに勝っても負けても、日本と中国がそれぞれの伝統にたって自国の完成をはかりつつ、協力してアジアの建設の推進者となっていくという、アジア同盟の理念であった。

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  1. 2017/05/13(土) 00:40:05|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第二巻受難の巻

 数日をへて、何人かの賛同者を得たころ、水戸の森川長孝氏から、演説会をひらきたいから出てきてほしいという便りがきた。

 講演会予定日までには未だ少しゆとりがあったが、秋田の方は鈴木氏にまかせることにして、戸松はただちに旅立つことにした。水戸に入るまえに東京に立寄り、安部先生に新米と餅をとどけ、さらに逗子に足をのばして尾崎行雄翁をたずねてみたいと思ったからである。


  尾崎行雄翁と翼賛政治

 十二月中旬の朝早く、上野駅に下りたった戸松の両手には、米や餅やリンゴが、ひきずるように重たげに下げられていた。彼は駅から真直に安倍先生のアパートをたずねた。

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  1. 2017/05/14(日) 00:32:59|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第二巻受難の巻

 朝食をすませたばかりの先生は、食卓をはなれ、瀬戸の円火鉢をはさんで戸松とむきあって坐った。

 「今度はどういう方面にあたってみますか」

 秋田で静かに考えている中に、なにか名案でもうかんで出て来たとでも思ったのであろうか、先生は何かを期待するような眼差できいた。

 「いえ、今回は水戸で演説するために出てきました」

といってから、やや間をおいて、先生の期待にたいして弁明するかのように、

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  1. 2017/05/15(月) 15:59:14|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第二巻受難の巻

 「田舎でいろいろ考えてみましたが、東条のような勇ましい軍人が権力をにぎっている限りは、事変解決も和平締結もとても見込みがないだろうとおもいます。

 意見書を出しただけで憲兵や特高にあれほどまでに追いつめられるようでは、もう東条に直接ぶつかってみたところで無意味ですから、ここらで方向転回して日本にいる三ヵ月ばかりの間に、アジア同盟の賛成者を一人でも多くつくっておこうとおもいます。

 戦い勝つことはまずないだろうと思いますが、それでも万が一奇蹟的に戦勝するようなことがあれば、日支の民衆の提携はアジア百年の計の礎石となりますし、たとえ敗戦となったとしても、アジアの防共と再建には日中の相互協力が必要なことであるとおもいます。日本を正しく中国に宣伝し、又中国を正しく日本に紹介するためにも、われわれの運動はますます重要になると考えます」

 「なるほど……情勢がこう硬直したら、そういう方向に着眼して手をつけておいた方がいいでしょうね」

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  1. 2017/05/16(火) 02:32:53|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第二巻受難の巻

 行きづまることを知らぬ青年の精力に感嘆するかのごとく、先生はゆっくりうなずいた。そして、じっと戸松の顔をみつめながら、誠実と感情をこめていった。

 「純粋で剛気な一面は中野君に似ているが、あなたは中野君よりずっと柔軟性に富んだ人だ。

 和平解決にあれほどいちずに真剣に立ちむかっていたのだから、さぞや東条さんの仕打ちに腹をたてて敵慨心をもやしているだろうと心配していましたが、いつの間にか東条さんをのりこえてその先の方に眼をむけている。

 熱中しながらとらわれない、あなたは火のようであり水のような人だ。年若くして自由に自分の心を駆使できる才分をもっているということは、祝福すべきことだと思いますね」

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  1. 2017/05/17(水) 14:00:59|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第二巻受難の巻

 思いがけないところでほめられて、戸松はやや照れ気味であった。彼は少年のようにはにかんだ笑をうかべながら、

 「いやいや、ぼくはそんな器用な人間ではありませんが、只、自分の志を生かすにはそういう方向よりないと思ったものですから」

 「いや、その志をいかす態度が立派だと思うのですよ。若いときにはとかく感情から行動をおこしがちなものです。それをあなたはなかなかの感情家でありながら、事志を行なう段になると感情に動かされない。凡、非凡はここでわかれてしまいますからね。それに、すぐれた人物の見識を一手にあつめて、時代を正確につかもうとする態度もえらい。非常に自信がつよいところも中野君そっくりですが、背後にふかく注意をはらうところなどは彼とややちがっています」

 どういうわけか、先生はしきりに中野氏と戸松を比較してみせる。きっと、東条の強圧の前に戸松も中野氏のように自爆するのではないかとひそかに心配していたのかもしれない。

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  1. 2017/05/18(木) 05:20:00|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第二巻受難の巻

 その心配をあきらかに口に出して忠告せず、今まで黙って青年の行動を見つづけてきたところがいかにも先生らしい。神を信ずる大教育者の態度である。

 「先生はぼくが時代の見識をあつめるといわれましたが、そういう意味でなく、ぼくはほんとうに一風格を成した人間にあうのが好きなんです。

 今までいろいろの人に会ってきましたが、この人は人格的薫の高い人であるか、又ふかく交って味わうべき人であるか、書物をとおして会う人であるかをまず判断します。そして香り高く、味ふかい人物には度々たずねて教えをうけ、生きた学問をすることにしています。大川さん(周明)なんかは書物をとおして会う人で、あの人の書いた書物には感動させられますが、本人に会うといつも失望させられます。

 実は、今度の演説までに三日ほど余裕がありますので、尾崎愕堂翁にあって来ようかと思っております」

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  1. 2017/05/19(金) 05:19:00|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第二巻受難の巻

 「ああ、尾崎さんですか……それはいいですね。どうですか、尾崎さんはあなたの判断によるとどの部類にぞくする人ですか」

 先生はいたずらそうな笑いをうかべながらきいた。

 「そうですね……尾崎さんはどの部類にしますかね。まあ、かおりの人というべきでしょうか」

 「なるほど……」

 二人は声をあわせ軽くわらった。

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  1. 2017/05/20(土) 15:26:07|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第二巻受難の巻

 「ぼくが今度尾崎翁に会いたいと思うのは、護憲の神といわれた尾崎翁が、翼協(翼賛政治体制協議会)の存在をどう考えているか、東条の独裁的政治をどう見ているかを知りたいからなんですよ」

 「今となっては、尾崎さんももうあきらめているんじゃないですか。

 あの人は若いころから憲政擁護運動一すじに戦いつづけてきた人でしたが、高齢になっても節をまげずに最後までよく戦いつづけました。立派なことだとおもいます」

 先生は政友の志に敬意をはらうかのごとく謙虚な口調でいった。

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  1. 2017/05/21(日) 16:17:31|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第二巻受難の巻

 安部先生と尾崎翁とは、暗黙の中に互いに人物をみとめあっている間がらであるのかもしれない……というのは、

 昭和の初の国会で大乱闘事件がおきたとき、安部先生と尾崎翁そして大口喜六の三人だけが騒然と荒れ狂う議場で、泰然自若として端座していたという逸話がかたりつたえられているくらいであるから、互いにこの人物は本物であるわいという印象をうけていたものと思われる。

 「この前の選挙の時、尾崎さんはやっぱり東条さんの弾圧をそうとう強くうけたということですよ。

 しかしあの人には、さすがの東条さんも歯がたたなかったようですね。政治にかけては、大人と子供のようなものですからね」

 先生は楽しそうにふくみ笑いをしながらいった。

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  1. 2017/05/22(月) 01:36:47|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第二巻受難の巻

 政治家として学者として、すぐれた叡智と体験をもっている先生や尾崎翁からみるとき、軍人の直情的政治など、おそらく幼稚にうつっていることであろう。

 「この前の選挙というと、去年の春の翼賛選挙のときですね」

 「そうそう……、あの時には中野君などもずい分東条さんに抵抗しましたが、尾崎さんもねばったらしいですよ。尾崎さんの抵抗は憲政をまもるという五十年間の筋金のはいったものですからね。単なる壮気や強気でせめたてるのとちがって、政治の根本をもって立ちむかっていくのだから東条さんもきっと困ったことでしょう。

 なんでも尾崎さんは東条さんに公開状をおくり、政府の推選制度をやめて普通の公正な選挙にあらためるよう強く抗議したということです。尾崎さんのことですから、おそらく筋を正し理をつめた立派な抗議文であったろうと思います」

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  1. 2017/05/23(火) 02:29:41|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第二巻受難の巻

 「それでも東条は推せん選挙を強行したんですからね。おしが強いですよ。

 あの時は候補者が、国家的人物と非国家的人物に区別されたそうですね。翼賛協議会がすいせんした人物は、国家的人物だというので国庫から補助があったり、違反行為をしても大目にみてもらったりで、余得があったらしいですが、非すいせん者はずい分干渉や圧迫をうけたということをききました。

 あの時中野さんなんかはずい分苦戦したでしょうが、尾崎さんは選挙地盤がしっかりしているからびくともしなかったでしょうね」

 「いやいやそうでもなかったようですよ。尾崎さんは非国家的人物の筆頭だというので東条さんや軍部の連中からにくまれていますからね。

 選挙運動中も尾崎さんの言論を封じ、落選させようという意図がありありと見えていたということです。尾崎さんは立憲政治と心中するつもりで、決死の覚悟で出馬したのではないかと思いますね」

と、先生は老政治家の心奥をいたわりかばうかのように、しみじみといった。

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  1. 2017/05/24(水) 10:24:46|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第二巻受難の巻

 若い戸松には、八十余歳の老人が、最後の力をふりしぼって東条の強権に抵抗していった切実な気持は、安部先生ほどには感じとれない。

 「しかし、そりゃ当然ですよ」

 彼は冷然といい放った。

 「五十年の間、憲政擁護のためにたたかいつづけ、政党という政党に愛想をつかせ、最後にはとうとう一人になって憲政の大本をまもっている尾崎さんです。憲法違反のすいせん選挙を黙視することはできないでしょう。

 それは東条の独裁政治につながる問題ですからね。護憲の神もここらで鬼神にならなかったら、生涯つらぬきとおした節操をやぶりすてることになりますからね」

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  1. 2017/05/25(木) 13:00:15|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第二巻受難の巻

 八十五歳の老人の勇気はたしかにいたいたしい。しかし尾崎翁が明治(二十二年)の中葉から半世紀の間、立憲政治をそだてるために、藩閥とたたかい、政治のふはいと戦いつづけたことを思えば、推薦選挙反対に死を賭したとしても少しも不思議ではない。

 伊藤博文が巨星のごとくかがやいていた明治二十七年の第六議会において、政府御用をつとめる自由党と、皇室の恩寵をたのんで非立憲的行動をとる伊藤を攻撃した、あの有名なはげしい議会演説~

 そして又、大正元年、桂太郎が第三次桂内閣を成立させたとき、内大臣兼待従長という任にありながら、総理大臣をうけ、王座の陰にかくれて政治を私せんとしていることを怒って、不信任決議案を提出し、さらに演壇にたって桂を指さしながら眼光するどくにらみつけ、「彼は新帝(大正天皇)を擁して己を逞しゅうし、王座をもって胸壁とし、詔勅をもって弾丸にかえ政敵を倒さんとするものである」と痛論して、桂の顔面蒼白ならしめ、ついにはふかくうなだれさせてしまったことなど~

   (43 43' 23)

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  1. 2017/05/26(金) 10:57:28|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第二巻受難の巻

 日本の立憲政治の草わけである翁が、明治、大正、昭和をつらぬく五十年の間、議会政治の理想をめざして戦いつづけてきたかずかずの足跡をならべてみても、無軌道な軍官政治にがまんできなかったその気持がよくわかる。

 「しかし、考えてみると尾崎さんの生涯は、日本の閥族との孤軍奮闘史というべきですね。藩閥とたたかっていたころは、相当にらみがきいていたようですが、軍閥にたいしてはあまり力がなかったようですね。

 なんといっても、明治から大正初期にかけての政治家は、さむらいの風格をもっていましたからね、正論にたいしては我をすてる度量もあったですが、大正中期以後の政治家は商人のように目先の利害や権力欲やメンツばかりにとらわれて、真実をみつめようとしませんからね。彼らは政治をひねくりまわす技術師ですよ。それに軍閥ときたら、自己主張のためには手段をえらばないですからね。

 ことに東条なんかときたら、自分の憎悪の感情の方が先にたつんだから……」

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  1. 2017/05/27(土) 10:53:20|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第二巻受難の巻

 中野、石原、萱野、前田の先輩がみな彼の感情のぎせいになった。そして俺自身もやがてそうなるかもしれない……と、戸松は思う。

 「そう、東条さんはどうも私情がつよすぎるようですね。

 東条さん自身としたら、聖戦完遂のため戦争に非協力的な力を一掃するという正当な主張にたっているのでしょうが、やり方がどうも冷静をかいていますね。

 強硬論者にとりまかれて、大分のぼせているんじゃないですかな。

 一国の宰相ともなれば、見識者の反対意見に謙虚に耳をかたむけるぐらいの余裕がないと、判断をあやまりますからね。とにかく、多少でも反対意見をもったものを国会に出したくないというのが、今回の推薦制選挙のねらいだったらしいですが、尾崎さんをなんとかして落選させようとして、いろいろ妨害したらしいですよ。

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  1. 2017/05/28(日) 13:19:36|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第二巻受難の巻

 尾崎さんが東京の同志の選挙区で応援演説したとき、『売家と唐様でかく三代目』という川柳を引用して、憲法施行いらい明治、大正をへて昭和で三代目にあたっているから、ここらで注意しなければ、日本の立憲政治もくずれていく。東条の行なっている総選挙は憲法違反で、こういう政治をしていたら今に国を滅亡させてしまう。われわれは憲政をまもるために立候補したんだということをいったのだそうですが、その川柳の引用が今上陛下をぶじょくしたものだというので不敬罪で起訴されたんですね。

 二、三日で抑留は放免されたそうですが、選挙区では不敬罪で起訴された尾崎に投票しても無効だというデマがさかんにとんでいて、大分苦戦だったらしいですよ。

 しかし、まあ、三重県では翼賛協議会の圧力よりは尾崎さんの実力のほうがつよかったわけです。不敬罪の判決は、結局無罪ということになったそうですが、そのあと尾崎さんは新潟の山の中にひきこもってしまったということですよ」

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  1. 2017/05/29(月) 10:20:57|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第二巻受難の巻

 「新潟ですか……軽井沢にはよく行くような話でしたが……新潟にお子さんでもいるんですかね。しかし、冬はやっぱり逗子の自宅にいるでしょう。今日はこれから伊東にいる園田を見舞って、明日尾崎さんをたずねることにします」

 まだ昼食には早かったが、こまを夫人は配給のパンと熱い紅茶をはこんできた。

 かるく腹ごしらえが出来ると、戸松は先生夫妻にいとまをつげて東京駅にむかった。

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  1. 2017/05/30(火) 17:59:45|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第二巻受難の巻

  昭和十四年の追想

 その夜は園田氏の療養先である伊東の古久屋に一泊し、翌朝逗子の尾崎邸をたずねた。

 海につき出した小高い岬の上に、翁の住む風雲閣がある。別荘風の小ぢんまりした木造の家は、逗子の海を一望のもとに見下していた。いかにも、浮世をさけて孤高をたのしんでいる老いた名士の邸宅といった感じである。

 戸松がこの家をはじめて訪れたのは、昭和十四年の秋であった。

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  1. 2017/05/31(水) 09:18:45|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

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Author:國 乃 礎
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