いしずえ

第三巻激流の巻

 だが、内地にいる日本人は、まるで旋風にのった木の葉のようなものだ。日本のすべてが必勝へ必勝へと動いている。その流動の中から、自分だけはずれていくことは出来ないのだ。心の中で和平の必要を感じていても、又和平をねがっていても、社会の流動に逆行することはできない。

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  1. 2017/11/01(水) 20:28:10|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

 六ヵ月のあいだ、この流れをくい止めようと、陸軍省に体当たりしたり、先輩や民衆を説きまわってみて、それが一切無駄であることを知ったよ。

 日本人は武力と権力しか知らない民族だ。われわれの祖国は、外交と政治の不毛の国だよ。国家を憂えている者があっても、権力につながっていなければ、誰も本気になってその声をとりあげようとはしない。むしろ憎まれるだけだ。権力を批判するものとして憎まれるだけだ。勝てば官軍、敗ければ賊軍、皇道の形はあっても皇道そのものはない。権力ある者だけが、つねに正しいのだ」

 戸松は陸軍省に出頭して東条大将に面会を申込み、和平を提言したため、反戦主義者とにらまれ、東京では五尺の身体も置き場もないほど追いまわされた苦々しい記憶を、くりかえし語った。

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  1. 2017/11/02(木) 13:46:00|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

 彼は昨日もそのことを語った。そして今日も又語ったのだ。これから先も、機会ある毎に語りつづけることだろう。それは彼がこの戦争にたいしてどういう考えをもち、それを自発的にどう発言したかの記録だからである。

 一億が必勝ムードの洪水となって流れ、有能者も無能者も、有名人も無名人も、日本人という名に抽象化され、個性も理想も失って沈黙している時、彼は「戸松慶議ここにあり」と名乗りをあげ自分の主張を高々とかかげて、関東軍、朝鮮軍の司令官を説きつつ東京陸軍省の玄関にのりこんで行ったのである。

 人はちょこざいな靑二才の軽挙よとそしるかもしれない。あるいは、物好きな無駄骨を折るものよ……と笑うかもしれない。しかしこの場合、可か否か、成功か失敗かを問うことは凡愚である。気概にみちた青年にとっては、社会国家の危機にたいして、自分がいかに考え、いかに行動したかが重要なことだったのである。

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  1. 2017/11/03(金) 13:49:30|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

 彼の中学校時代の先生は、私共の秋田における結婚披露宴に来て戸松に、

 「君は覚えているかい。二年生の時、君と岸部とが授業中とっくみ合って、ひどい喧嘩をしたことがあった。体操場に入っていったわしはそれを見て、二人の間に入って引き止めた。二人とも仲々止めようとはしなかった。やっとの思いで引離し全員を車座しておいて二人を前によび出しもう一度勝敗つくまでやれ、やるか、と問い質したところ、君は『はい、やりますッ』と今にもとびかかろうとした。ところが岸部は『もういやだッ』と背をむけてしまった。そこでわしは『よしッ、戸松、喧嘩はお前の方が勝ったぞッ』といってやった。

 君は覚えているかね。君はそういう子供だったよ。子供のころは遊ぶことと喧嘩に夢中になっておったが、成長して君は猛烈な勉強家になった。夢中で遊び夢中で喧嘩していた君は、今度は夢中で勉強するようになったのだ。そして、社会や国家のために私心をすてて活動する人間になった。若い頃は何も知らずに教鞭をとっていたものだが、このごろになって、わしはやっと教育というものが何んであるかがわかってきたよ。そしてどういう子供が将来のびるかということもわかってきたよ」

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  1. 2017/11/04(土) 13:54:26|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

 その時二代目高橋一郎校長も「大河先生(秋田鉱山専門学校-現秋田大学)の教官(配属将校)から聞いた話だが、在校中は先生等から不良生徒として取扱れたそうですが、実際はそうでなくて大の反逆児であって不良ではなかった。反逆児を不道徳者として取扱った我々教育者の誤りであり不明の致したところである。と、大河さんは戸松ぐらい道徳的な人間は居ない。実に主体性の強い確固たる個性をもった者はないと口をきわめて語っておりました。」というのは戸松が満鉄社員時代 大河先生は満洲国軍の軍人であった。先生の夫人が自殺した事件の時とった戸松の態度が大河先生を感動させたのである。

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  1. 2017/11/05(日) 16:12:06|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

 自己を主張し自己をまげることの嫌いだった子供は、長じて信念と気概に生きる青年となった。

 「内地の運動は失敗した。さて、この次は……」

 戸松は右手の中指で、とんとんとテーブルをたたいた。そしてその音の中に、名案がひそんでいるかのように、顔をかたむけ考え深そうにした。彼がものごとを考えつめる時の癖であった。

 「内地がそんなぐあいでは、もうじたばたしても仕様がないんじゃないですか。これ以上和平を主張しつづけると、憲兵がただではおきませんよ。アジア同盟を解散させられるかもしれませんよ」

 本田は、戸松の留守中、憲兵がたえず家のまわりをうろうろしていたこと、自分達の後を尾行していたことなどを、こまごまと話したのち、

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  1. 2017/11/06(月) 08:56:40|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

 「重慶との和平は、もう不可能じゃないですかねえ」

と、常識的な意見をのべた。

 「不可能を可能にするのが、英雄達人というものだ。後にも先にも、今が一番のチャンスというのなら、一番やらなきゃならんだろう」

 村上は、さっきから浴びるように盃を干しつづけていた。しかし、酔いの乱れは少しも出ていない。彼は酒の入っている時も切れている時も、常にかわらず猪突型の豪快な男である。

 「今後の運動方針は、ぼく自身には、もう内地にいる時から腹案はできているけどね。まあ、一応、周仏海や熊剣東にもはかって見ることにしよう。明日にでも熊に会ってみるよ」

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  1. 2017/11/07(火) 14:48:21|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

 戸松はいった。すると、今まで黙っていた篠原が、顎を分別深そうにひきしめながらいった。

 「周仏海に会うにしても、熊剣東に会うにしても、憲兵の尾行には十分警戒しなければなりません。彼奴らは犬みたいなものですからね、臭いとにらんだらどこまででも追及してきます。何んにもわからんくせに、自分達の小っぽけな脳味噌で勝手にでたらめをでっちあげてしまいます。事変解決に骨折っている僕達を理解しようとはせずに、共産党の反戦運動と同じように取扱われたら、癪ですからねえ」

 「うん、内地では戦争にブレーキをかけるようなことをいえば、すぐ反戦主義者か国賊あつかいにされる。なんといっても、政府や軍も国民も、鬼畜米英、蔣介石打倒でこりかたまっているんだから、どうしようもない。

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  1. 2017/11/08(水) 13:28:05|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

 だが、上海となると、話せばわかる人間がまだ多いようだ。昨日、君達から憲兵がつけねらっている話をきいたので、今日実は、滬西の民政官をやっていた頃親しくしていた憲兵の田村大尉と会ってきたんだよ。

 彼らは僕らのやろうとしていることをよく知っているんだ。彼はこういっていたよ『こう戦争が長びいたら、日本にとってろくな事はない。あなた方がやろうとしている事変解決運動は、時期的にも大切なことだと思う。自分らは、その運動をもっと積極的にすすめてもらいたいと希望していても、東京の軍中央機関が、危険視していてはどうしようもない。われわれは中央からの命令によって、あなた方を看視しなければならんのです。だからといって、一日中張りこんでいるわけではないから、重要な人物と会う時には、尾行されないように注意してやって下さい』と、親身になって気をもんでいるんだ。

 だから、そう神経質になることはないよ。彼らの姿が見えない時を見はからって、行動するようにすればいい」

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  1. 2017/11/09(木) 09:12:21|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

 篠原は、戸松の顔にぐっと眼をすえて、話を一くぎり一くぎり確めるようにうなずきながら聴いている。なんという若々しい澄み切った眼だろう……みつめる者に、誠実でありたいという思いをそそらずにはおかない、雑念のない青年独特の眼であった。

 一方、こちらのグループの夫人たちは、戦争や政治的な話ばかりが繰返されている席では、陸にあがったカッパのようなものであった。一言の口もはさむことが出来ない。とにかく戦争や政治の話は、女の興味を長くひきつけておくことは出来ないようである。勝ちそうだとか、負けそうだとかの形勢論ならば、関心をもたせることが出来るとしても、分析や批判や解決法などの議論になると、息苦しく感ずるばかりである。男というものは、どうしてこう飯を食いながらでも、戦争や政治を夢中になって論じなければならないのだろうかと、不思議に思っているのであった。

 堀下夫人は、まわりの空になった皿を集めては盆にかさねはじめた。彼女の心は、食後の食器洗いのことに向いているのにちがいなかった。倉庫につづいた台所は、夜おそくなるとひどく冷えこんでくる。早く汚れ物を洗ってしまいたいのだ。だいたい、東北の女は、食べちらした食卓の前に、いつまでも座っていることを好まないようだ。食べたあとをさっさと片付けていくのが、堀下夫人の何時もの習慣みたいなものであった。

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  1. 2017/11/10(金) 14:25:28|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

 カチャカチャッ、カチャカチャッと皿のふれ合う音は、この場の空気の転換をうながしているように、意識的にひびいた。

 「まだ酒はあるのか。君達ももうそろそろめしにしてはどうかね」

 戸松は時たま、人の挙動に敏感になることがある。彼は夫人達が話に無関心な素振りを見せ出したのを感じて、牧谷と村上にめしをすすめた。

 食器の後片づけがすむと、牧谷夫人と堀下夫人は子供達をひきつれて日本間にひきこもってしまった。彼女らは双生児の赤ん坊を、それぞれの膝に抱きあげて、頬ずりしたり笑わせたりすることの方に、女らしい責任とよろこびを感じていた。戦争屋平和についての議論は、きいてみたところでどうすることもできない事であった。女は自分に直接かかわりない手の及ばないことには、容易に関心をしめさない習性をもっている。それは、子供や家庭を育てまもるための神の意志であるかもしれなかった。

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  1. 2017/11/11(土) 09:07:26|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

 客間ではテーブルや椅子を元通りになおし、そこで更に車座になって男達は語りつづけていた。彼らにとっては、戦争とか政治とかは、語っても語っても、議論しつくせない関心事であった。

 戸松は、東条内閣に反抗して自殺においつめられた中野正剛氏の話、フィリピン攻略の前田中将の話、ミッドウェー、ガダルカナル、ラバウルの惨敗等を、つぎつぎと語ってきかせた。

 上海でも、連合軍の優勢の噂は、それとなく流れていたが、敵のデマであろうというので、青年達は信じてはいなかった。しかし、南方に逃げ去って、一年もたたぬまに反撃を開始し、すでにサイパンまで攻めのぼってきつつあるときけば、その実力の尋常でないことをみとめずにはいられなかった。

 「東支那海や日本海にも、ずい分敵の潜水艦が入りこんでいるそうですね。長崎と上海の間の渡航は、日に日にむつかしくなるとか聴きましたが……」

と、篠原がいった。戸松はかるくうなづいたのち、

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  1. 2017/11/12(日) 16:44:40|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

 「ああ、もう、日本近海は、まるで敵の領海のようなものだよ、渡航が危険になってきたねえ。半年前のように一晩で東支那海をわたるようなことは出来ないよ。五日も六日も、ときには十日もかかって朝鮮の港づたいにまわってくるような始末だよ。こんなことではスマトラやニューギニアやボルネオを占領しても、何んにも持って来られんだろうよ」

 「飛行機や船が、そんなに足りないのかなあ、あんなに生産生産と大騒ぎしているのになあ……」

 牧谷は腑におちないという顔つきである。日本海軍は無敵だったはずだがなあ、領海を敵に荒されて黙っているような海軍ではなかったはずだが……彼の表情はそう語っていた。

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  1. 2017/11/13(月) 14:55:09|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

 「ぼくはねえ、こういうことも考えてみたんだよ」

 戸松は茶目っ気を顔にうかべて、ニヤッと笑った。みんなも「何だろう」という顔をした。

 「勝敗は時の運であるから、本土決戦になっても負けるとは限らない。しかし、そこまで追いつめられたら負けることを一応覚悟に入れておかなきゃならん。

 万一、負けたら、ぼくはアメリカの属国のようになった内地へは帰らないつもりだ。石原中将は、二、三年後には日本が敗北して、大陸からも南方からも、日本人がせまい国土にひきあげて来るようになるといっていたが、ぼくは内地へは引あげないつもりだ。支那人に化けて、大陸にのこるつもりだ。

 熊剣東の軍に加わって、大陸で一大勢力をつくり、反対に本土に攻めていって、日本をとりもどしてやるよ」

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  1. 2017/11/14(火) 13:35:52|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

國乃礎創立者 戸松慶議先師の十年祭

戸松慶議先師大人の十年祭に当り
先師の御霊に謹みて安らかなる事を御祈り申し上げます

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  1. 2017/11/14(火) 18:09:04|
  2. 未分類

第三巻激流の巻

 みんなは膝をたたき、歓声をあげ、そして哄笑した。少年のように飛躍的で、たくましく、勇ましい夢は、大の男もよろこばせる。冒険好きは男の本性なのだ。

 じっさい、戸松は、万一のばあいには、占領民となるよりは馬賊となってでも大陸にとどまり、反撃をこころみる方を選ぶにちがいない。国家の敗北は、彼にとっては堪えられないことであるからだ。であるからこそ、戦いが有利な中に講話をむすぶべきだと叫びつづけているのであった。


   牧谷の苦言

 九時をすぎても、話はいつまでもつきそうになかった。

 その中に村上は陸軍部に帰るといい出し、彼を送って本田も篠原も出ていってしまった。

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  1. 2017/11/15(水) 09:01:18|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

 客間には戸松と牧谷とわたくしの三人だけが残った。わたくしは片隅のベッドの上に腰かけて、彼らの話を黙ってきいていたのである。

 牧谷が突然、わたくしの方をふりむいていった。

 「奥さん、あなたは一寸座をはずして下さい」

 「ええ」

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  1. 2017/11/16(木) 18:52:29|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

 わたくしは気軽に立上った。立上りながらふと心にひっかかるものがあった。夫の前で、他の男の命令にしたがうためらいであったかもしれない。わたくしは戸松の方にじっと眼をそそいだ。戸松の眼にも一瞬、とどまったような色が走った。しかし、彼は、すぐにいった。

 「先に寝ていてくれ。寒いから起きて待っていなくてもいい」

 わたくし達夫婦の寝室は、階下にあった。戸松が帰る前に、花野氏が虹口に移っていったため、彼らが使っていた一階の日本間を、わたくし達の寝室にしたのである。

 下には火の気がなかった。人気のない部屋は、夜気がしんしんとして、肌にしみとおるようであった。わたくしは寝巻に着替えてベッドの中にもぐりこんだ。

 三、四十分もたったころであろうか、寝床の中があたたまって、とろとろとねむりが襲いはじめたころ、戸松が降りてきた。

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  1. 2017/11/17(金) 13:31:13|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

 彼はベッドにちかづくと、立ったままじっとわたくしの顔を見下した。心もち硬張った表情であった。

 「どうしたんですの?寒いでしょう。早くおやすみになったら……」

 もしかしたら、先に寝てしまったことを怒っているのかも知れない……という思いが、ちらっと浮んだ。

 だが、彼の顔は怒っていなかった。ひどく神妙なものであった。彼はだまったまま、わたくしの枕元に腰をかけた。そして、おもむろにいった。

 「牧谷がどんな事をいったか、あんたにはわかるかね……」

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  1. 2017/11/18(土) 09:24:15|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

 出しぬけな質問であった。牧谷から席をはずすように求められても、彼の話の内容までおくそくしてみる気はおこらなかった。男が秘密に語りたいといえば、まず仕事のことか、自分の一身上のことにきまっていると思っていたから、それ程意に止めていなかったのである。

 「さあ……何の話だったのかしら……」

 一寸考えてから、

 「わからないわ……」

と、逃げてしまった。ひょっとしたら、長崎の女から来た手紙の事件を話したのかな、とも思ったが、やや経ってから、

 「多分、仕事の話でしょう?」

と、つけ加えてみた。

 すると彼は、かすかに笑ってわたくしの額を二、三度撫でた。

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  1. 2017/11/19(日) 14:09:19|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

 当ったらしい……わたくしは思った。それにしても、今夜の戸松はおかしい。牧谷と三十分ほど話しただけで、なぜこんなに神妙な顔をしなければならないのだろう。

 「何か、困った事件でも起きたんですの?」

 わたくしは不安げに彼を見上げた。

 「いや……」

 彼は何かを振り切るように、ぐっと上体をのばした。しばし沈黙の後、彼はいった。

 「あんたにはいわないでおこうかと思ったんだが、しかし、いっておこう。あんたの勝ちだ」

 わたくしは、びっくりして跳ね起きた。

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  1. 2017/11/20(月) 13:08:45|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

 「わたしが勝ったというのは、何のことですの?一体、何に勝ったというのですか……」

 「そんなに驚くな、大したことではない。つまりね、牧谷があんたを排斥しているんだよ。あんたがいては同志の団結の邪魔になるというのだ」

 わたくしはぽかんとしたまま、いうべき言葉をしらなかった。

 彼ははじめてゆったりとした笑いを見せた。

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  1. 2017/11/21(火) 13:03:16|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

  夫婦の道

 「びっくりしたようだなあ、すっかり眼がさめただろう」

 戸松は蒲団の下から、ぐいと丹膳をひきぬき、ふわりとわたくしの肩にかけると、その手でばあんと背中をたたいた。

 気にするな……大ざっぱで単純な感情のひびきが、背骨に心地よい震動をつたえた。心の衝撃を、ゆさぶりほぐすような温かさがあった。

 「気にするな」

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  1. 2017/11/22(水) 10:25:09|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

 今度は言葉に出していった。わたくしの顎に手をかけ、ぐいっと自分の方に向かせながら、彼ははじめてほほえんで見せた。不快なものを処分したあとのような、さっぱりした顔色であった。何のこだわりもない笑顔であった。

 しかし、わたくしはこだわった。彼がいいすてた不快な言葉は、そのままわたくしの胸の中にずっしりと移されたままになっていた。わたくしにはそれを投げ付けるべき人も、投げ捨てるべき場所もなかった。それは自分で洗い、自分で繕ろうよりもほかに持って行き場もない。自分自身の汚れであり、垢であるようにおもわれた。

 わたくしは、この思いもかけなかった自分の汚れの重みに、だんだんと打ち沈んでいった。そして、これまで、この家をまとめていこうと気負ってきた希望も努力も忍耐も、自分自身のすべてが、否定されたような虚しさを感じた。

 「そういうふうに神妙な顔をするな。やっぱりいわない方がよかったのかな、理性的なようでも女だからなあ……」

 戸松はベッドに深く腰をかけなおすと、わたくしの肩に両手をかけてゆさぶりながらいった。

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  1. 2017/11/23(木) 11:23:47|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

 「あんたは牧谷から席をはずすようにいわれて、素直に立って行った。そればかりではなく、牧谷に何の疑いも猜疑心も持たなかった。立派なことだよ。

 牧谷や本田は、あんたを批判し、非難した。しかしあんたは今まで彼らにたいする非難や不満は一言もいわなかった。これも立派だよ。だから、ぼくはさっき、あんたの勝ちだといったのだ。

 あんたは今まで牧谷や本田の非難の眼の前に、何の疑いももたず超然としていられたのだ。それでいいではないか。今後も、その姿勢をくずさずにいくべきだよ。やっきになって攻撃したり悪口いったりしている側が負けだよ。自分で自分を傷つけているようなものだからね。

 さあ、もうこの話はこれでおしまいにしよう。さっぱりと忘れてしまえ」

 彼はもう一度、わたくしの背中をばんと威勢よく叩いた。そして、

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  1. 2017/11/24(金) 10:00:15|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

 「この部屋は寒いなあ、風をひくぞ。早く寝なさい」

 急に寒さに気づいたものか、すばやく寝巻に着替え、あわてたように蒲団の中にもぐりこんでしまった。

 わたくしも横にはなったが、スタンドの火は消さずにおいた。彼からきき出したい事がまだ沢山あるような気がした。しかし、どういう風に問いかけていいものかわからなかった。戸松と牧谷や本田たちのあいだに、自分の位置をどう点在させて話していいのか、見当がつかなかった。

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  1. 2017/11/25(土) 10:56:05|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

 妻と同志の位置は、いったいどういう関係におかれるべきものなのであろうか。妻もまた同志であるべきではないのか……もしそうだとすれば、同志に排斥される妻は許されるべきではあるまいか。あんたは今までどうり、超然としていたらいいではないか、この話は忘れてしまえ……という戸松の言葉はおかしい。その場かぎりの空虚な慰めだ。みんながわたくしを排斥しているときいた以上、超然としていられるべきものではあるまい。政敵とか、商売敵とか、社会的なライバルから攻撃されているならば、超然としてわらっていることも余裕があって美事であろう。だが、和していくべき側の者から、声をそろえて非難されているとなると、事情は別である。聴きずてにしておかれるべき種類のものではない。そこには、わたくし自身の内部にせまっていかねばならない多くの問題がひそんでいる。その問題をといていくためにも、もっと深く戸松と語り合う必要があるようだ。

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  1. 2017/11/26(日) 15:09:52|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

 わたくしは、天井にむいた彼の鼻を、横からじっとみつめていた。寝てみる彼の鼻は、思ったよりは高かった。小鼻は自信にみちて隆起し、鼻先は自尊心にそびえ立っていた。

 彼は自分の体温と寝床の温度が調和するのを待っているのか、仰むいたままじっとしていた。あるいは……沈黙のうちに、わたくしの思いを計っていたのかもしれなかった。やがてのこと、彼はいい出した。

 「あんたが下に降りていくと、牧谷がいきなり『君の細君はよくない女だ』と斬りこむようにいい出した」

 わたくしは彼の鼻先をみつめたまま、息をのんだ。

 「ぼくも、まさか、あんたにたいする非難をとつぜん浴びせかけられるとは予期もしなかったから、正直なところぎくりとした。ぼくはとっさに、

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  1. 2017/11/27(月) 08:52:11|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

 『女房がなにか過ちをおかしたというのか。姦通でもしたというのか。』

 と、せきこんで聴いた。すると、牧谷は出鼻をくじかれたように眼を落して、

 『いや、そういう事ではないが……』

と口ごもっていうのだ。

 『そういう事でなかったら、どういう事だというのだ』

と畳込んでいうと、

   (43 43' 23)

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  1. 2017/11/28(火) 22:30:55|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

 『性格的なことだ』

というのだ。そこでぼくはいった。

 『女房の性格的なことについて、君からとやかくいわれる必要はない。それは俺自身の問題だ。女房の教育は俺自身の責任においてすることだ。君たちの眼には未熟にみえても、俺自身にとっては未完成の方が都合がいい場合もある。俺たちは今夫婦としての人生をはじめたばかりだ。一対の人格として完成していくのはこれからだ。君たちの感情的なおせっかいは御免だ。もっとも、女房が姦通したとか、破廉恥な行為をしたとかという場合はべつだ。そういう時こそ、君たちが本気になって排斥すべきときだ』

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テーマ:このままで、いいのか日本 - ジャンル:政治・経済

  1. 2017/11/29(水) 09:45:16|
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