いしずえ

第三巻激流の巻

 面白いものだよ、人間というものは愛情をもってみれば、善人すぎるぐらいお人よしだし、敵意をもってみれば、すべてが作為と欺瞞にみちて見えるのだ。

 ぼくがやかましくいうまでもなく、黙っていても、あんたはこれから色々の面で人にもまれて丁度よくなっていくと思う。しかし、もまれて卑屈になったり低俗化していってはいけない。もまれながらも、超然として生きていくことだ。

 あんたがみんなから、憎まれていることを気づかないでいたということは愉快なことだよ。これからも、いろいろ誤解が生じたり、悪意にとられたりすることもあるだろう。しかし、まあ、超然としていくんだなあ。

   (43 43' 23)

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  1. 2017/12/01(金) 11:25:38|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

 あんたはぼくの妻だ、先ずぼくという人間を早く理解してくれ。牧谷や青年たちの機嫌とりに気をとられるよりは、まず第一に自分の夫を研究することだ。そして、深く信じることだ。ぼくの後姿に、そっと手を合わせて拝むところまで、妻として深まってもらいたい」

 彼の言葉は、わたくしの心をひっぱって、深い深い山奥のような夫婦の結びの奥底にひきずりこんでいくようであった。そこでは夫がすべてであり、夫の中に神をみることができるというのであろうか。近松門左衛門の戯曲の中に、そういう夫婦の敬愛の極致をうたいあげたものがあったっけ……。わたくしは彼の額から鼻先にながれるなだらかな線を見ながら考えていた。

 彼がとつぜんこちらを向いた。笑っていた。

   (43 43' 23)

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  1. 2017/12/03(日) 18:01:08|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

 「どうだ、いやか……」

 「ううん」

 わたくしは慌ててかぶりをふった。夫を拝むということは、今のわたくしには出来そうには思えなかったが、いやだとはいえなかった。

   (43 43' 23)

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  1. 2017/12/05(火) 21:26:49|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

 「いま拝めというのではない。自然にそういう形がとれるようになるのは、遠い将来のことかもしれない。そこまで互いに精神的に深まっていきたいものだというわけだ。その時には、ぼくもあんたが台所に立っている姿を拝んでいるかも知れないよ。夫婦というものは、相対的に深まりながら一つになっていくものだからねえ。

 ビスマークの妻がなくなったのは、あれはたしか、彼が八十一、二の頃だったんじゃないかなあ。もちろん妻も八十ちかいお婆さんだよ。ビスマークは、妻の亡骸を抱きしめて、若者が恋人を失ったように悲しみ慟哭したというのだ。

 英雄は永遠の青年だよ。いいものだなあ、純粋なる熱情というものは……。八十の爺さんのこの熱烈なる情愛をどう思うか?身体はくたびれて皺だらけになっても、人間の豊かな感情というやつは、永遠にみずみずしく、永遠に輝きわたっていくものだ。

 われわれもビスマーク夫婦のようになろうよ」

   (43 43' 23)

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  1. 2017/12/06(水) 09:08:37|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

 わたくしは無言のまま彼をみつめ、そして深く首肯いた。このばあい「ええ」などという、やすっぽい発生はふさわしくなかった。無言の首肯きは感銘のふかさをしめすものである。

 それにしても、戸松がわたくし達の未来に、そのような深遠な理想をえがいていたとは、わたくしの想像をこえたものであった。

 そういう夫婦観にたってみれば、牧谷や青年達の中傷は雲か霞のように、稀薄で気まぐれで無責任なものでしかない。山は雲霧に流されることなく、また迎合することなく、樹木をそだて渓谷をけずり、その風格を深めていく。自然のたたずまいには、自らを築き自らを育てるゆるぎなき造化の力がひそんでいる。人間も、男女の一対である夫婦も、また、ゆるぎなき内面の力をたくわえねばならないものであろう。

   (43 43' 23)

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  1. 2017/12/07(木) 15:50:05|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

 「あんたはここの寮母ではないからなあ、ぼくの女房だからねえ。牧谷や青年たちの条件や趣味にいちいち合わせているわけにはいかないよ。牧谷がぐちゃぐちゃいうから、『君はぼくを第二の石井にする気かっ』といってやった」

 「第二の石井?……」

 何のことかよくわからなかった。

 「ああ、あなた方の話題になる奉天の鉄道局の総務部長をやっているとかいう石井さんでしょう」

 「そうだ、その石井さんだよ。ぼく達の青春には大いに関係ある人だ。

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  1. 2017/12/08(金) 09:29:13|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

 石井という人は、部下をよくかわいがった人でね。彼の家には入れ替り立ち替り、部下がおしかけていったものだ。ことに血気の若者がすきな人だったから、ずい分無作法な連中が出入りしたものだ。

 石井も時にはうるさく思うこともあっただろう。しかし、それを絶対に顔色に出さない人だった。そこを奥さんが意をくんで、適当にあしらっていたものだと思うね。若い連中にとっては、この奥さんは少々気がねのいる苦手だったわけだよ。

 そこで、この奥さんが石井の人望を傷つける悪い奴だというので、牧谷が石井にむかって奥さんを攻撃し、非難したというわけだ。もちろん、彼が年長者としてみんなの意見を代表したのかもしれないがね。

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  1. 2017/12/09(土) 09:55:25|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

 ところが、平素は何でもふんふんと大らかに聴き流している石井が、この時は怒ったんだねえ。社会的には妻は男の内面に属するからなあ。男の無能を嘲笑されたようなものだ。それから石井は牧谷をうるさがるようになった。

 牧谷は正直な奴だ。けっして悪い人間ではない。理想ももっているし熱情ももっているいい男だ。だが長上の妻君を眼の敵にする、妙な癖をもっているようだなあ。

 ぼくはこういう下らん事で、第二の石井になりたくないからねえ。こういう事で男の交わりを曲げたくない。だから、牧谷につまらん事にこだわるなといったのだ。俺の妻の性格的なところにまで、侵入してくるなといったのだ」

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  1. 2017/12/10(日) 14:39:02|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

 「せっかく忠告したのに、そんな風に蹴飛ばされては、牧谷さん不服だったでしょうね」

 あっさりはねつけられて、牧谷の不満と反感はいよいよ執念化していくのではあるまいか……わたくしは不安であった。牛のように黙々と、鈍重なぐらいゆっくりとしている牧谷の内部に、このように強い反感が充満していたということは、なんとしても驚異であり恐るべきことに思われたのである。

 「いや、牧谷はそこまで女々しい男ではない。わかったといっていた。だから、ぼくはさっさと引きあげてきたのだよ。こういう問題でもう二度とガヤガヤいわないだろう」

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  1. 2017/12/11(月) 14:33:12|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

 彼は自身にみちた眼でいった。内地での決戦の渦巻にもまれてきた彼には、一人の女にむけられた数人の男の批判の嵐など、とるに足らぬ戯事だったのかもしれない。おそらく、彼は今後二度とこの問題を口にすることはあるまい。もし誰かが、再び蒸しかえすようなことがあれば、その時は、彼の癇癪が爆発するときである。

 その夜、わたくしは何時までも寝つけなかった。自分の何が、彼らをそこまで憎悪せしめ、排斥せしめたかを考えつづけた。

 彼らの恨みを買いそうなことといえば、まず食生活の貧しさがあげられる。しかしこれは、食費そのものにゆとりがなかったのだから仕方がない。恨みの方向は、財政部長の篠原か、予算を組んだ戸松自身にこそ向けられるべきだ。

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  1. 2017/12/12(火) 14:29:53|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

 次に憶測されることは、戸松が相当な金を妻のわたくしに与えているのではないかと彼らが考えているのではないかということである。堀下夫人が時々わたくしをまごつかせた事があった。牧谷さんの双子の赤ちゃんの宮詣りの着物何んとかしてやったら……赤ちゃんたちに風呂桶買ってあげた方がいいと思うわ……どうして知らん顔しているの……一切の経済的実験を篠原がにぎっていることをよく知っていながら、何回かそういうことを繰返したものである。その都度、わたくしはこの家では貴女と同じように、最低の小遣いしかあたえられていないのだということを強調してきたのだが……。

 じっさい、わたくしはこの家では食生活以外の経済的発言権や実験はもちろんのこと、わずかな財的余力すらもあたえられてはいなかった。内地の大家の内儀のように、夫の財をバックにして家の子郎党の面倒を見るような立場ではなかったのである。この家は共産主義を地でいくような小型の共有社会である。自分がもちはこんできた私物以外は、何一つ思いどおりにはならなかったし、びた一文でも正当な理由なくしては要求することは出来なかった。

 わたくしはこれを、夫の開放的で公明なる方針であると信じてきた。もし牧谷や青年たちがそこに妄想をはたらかせ、猜疑をはさみ、わたくしを守銭奴であるとさげすむならば、それは彼らの罪である。国土をもって自負する彼らは、おそらくそこまで卑俗ではあるまい。

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  1. 2017/12/13(水) 13:47:26|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

 次に考えられることは、本田の再三にわたる皮肉である。わたくしがロシア文学や北欧文学に興味をもつことを、彼は国賊であるかのごとく非難したことがあった。わたくしはそれに反発し、屈服することなく読みつづけた。だが、死産のあと、去年の暮ごろから、彼のかたくなな感情は急に解けはじめたように見えた。すくなくとも、最近の本田には批判的な顔色はなかった。

 とすると、次に思いあたるのは去年の秋の村上の豹変だ。崔承喜の舞踊に案内してくれたときの彼と、その一カ月後の彼の態度は、まるで天使と仇敵ほどのちがいがあった。彼の好意に感激し感謝してその事情を書き送ったわたくしの手紙を、内地の戸松からは軽率だといって怒ってきたことがあった。もし村上にも同じような小言がいったとすれば、好意が仇になって返ってきたのだから、彼が怒るのは当然だ。(これは前にも記したとおり、鈴木二郎氏の誤解であった)しかしその問題も手紙でくわしく釈明して解決ずみになっている筈である。それに、村上は三ヵ月も四ヵ月も怒りっぱなしでいられるような男ではない。正月酒の酔いで去年のことは何も彼もわすれてしまっているのではあるまいか……。

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  1. 2017/12/14(木) 09:59:53|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

 さいごに考えられることは、牧谷の女の問題だが……たしかに一番先に心配して、青年たちの力を借りようとしてひろげてしまったのはわたくしである。しかし、それはあくまでも善意でやったことである。牧谷夫人のあの狼狽と悲嘆を、見るに見かねてやったことである。

 牧谷が本気になって怒った夜、わたくしは彼の話をききながら彼の悲哀に共感をおぼえた。そして、まるで方向のちがう男と女の心のちがいに驚いた。男にとって女は未知数であり、女にとっても男は永遠の謎であることを知った。それから後は、牧谷にたいしては理解と親しみをもって当ってきたつもりである。

 一つ一つ心あたりを思いおこしてみても、すべてが解決ずみのことであり、人間同志のあいだでは、何処でも起りうる性質のものである。今更、仰々しく戸松の前で排撃をうけるべき根拠は一つもない。ない。ない。ほんとうに、これかと思うことは、一つもなかった。

   (43 43' 23)

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  1. 2017/12/15(金) 17:01:38|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

 それに、接触の少なかった花野夫人がわたくしを非難しているというのは、一体どういうわけであろうか。これまで彼女と、一対一で語りあったことは一度もなかった。只一度、彼女の家庭の中に加わったことがある。たしか、去年の七月ごろであった。一階の人達がみんな留守の時たずねてきて、花野氏の部屋で待たせてもらったことがあった。

 その日はどういうわけか、日暮になっても誰も帰って来なかった。花野夫人は今夜は何も御馳走がないけど、一緒に食事をしませんかといって、支那風の野菜料理や魚の干物をすすめてくれた。その時花野氏が「こりゃ奥さんの口には合わんだろう。どれ待ってなさい。わしがうまい御馳走をつくってあげるから、女房よりは上手ですよ」と笑いながら立上って台所に出ていった。

 「おい、油はどこだ……肉はないのか……そのもやしを持ってこい……」大きな声で夫人を踊らせながら、大さわぎで出来上ったのがもやしの入ったオムレツであった。それをつつきながら、ささやかな夕食がはじまった。その時夫人が笑いながらいった。

   (43 43' 23)

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  1. 2017/12/16(土) 09:45:11|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

 「家の主人は、自分が年をとったことを棚にあげて、わたしにばっかりお前は少し年をとりすぎてしまったよ。もう少し若くなれよっていうんですよ。だからわたしいってやるのよ、今にかよちゃんが丁度よくなるわって……」かよちゃんというのは、夫妻の一人娘で、小学校の一年生であった。わたくし達は腹をかかえて笑った。

 彼女と話しあったのはその時だけである。この家に移ってきてからも、めったに顔を合わせることもなく、お早う、お寒いの挨拶を時たま交わすだけであった。彼女と親しくしていたのは牧谷夫人や堀下夫人である。ことに堀下夫人は、娘のかよちゃんとも仲よしであった。かよちゃんに関しては、いろいろのことをよく知っていた。学校の成績から遊びの種類まで、からかい半分にきき出しているようであった。

 一度玄関わきの備えつけの長椅子に腰かけて、二人がたのしそうに話しあっているのに加わったことがあった。堀下夫人は編物をしていた。どういう話のきっかけからか、子供は両親の喧嘩の話をしていた。幼い子供の口からきく夫婦喧嘩というものは面白い。それは喜劇の一こまであった。子供は女の子のせいか、ませた口をきいた。堀下夫人も口負けするほど口達者であった。この子はどういうものか、二階には一度も上ってきたことがなかった。そのため、わたくしがこの子の話をきいたのもこの時一度だけであった。

   (43 43' 23)

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  1. 2017/12/17(日) 17:52:07|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

 たったこの二回の花野氏の家族との接近のあいだに、夫人を怒らせるようなことがあったとは思えない。考えれば考えるほど不可解そのものであった。牧谷が戸松の前に、あらたまって花野夫人の酷評までもちだして、わたくしを排斥しようとする意図がつかめなかった。この半年のあいだ、たしかに牧谷や青年たちと摩擦をおこしてきたが、それが憎しみ排斥しあうほどの陰険なものであったとは思えない。

わたくしはまるで、磯にうちあげられた小舟のような存在だったのである。わたくしは自分も波だと思っていた。仲間と一緒にうねっているものだとばかり思っていた。だが、波ではなかったのだ。独り浮きあがっていい気分になっている小舟だったのである。波の心も、波のささやきも、波の底深いうごきも、まるっきり解ってはいなかったのである。わたくしは浜辺におし上げられ、日の光にさらされて、はじめて自分が波ではなく舟であったことを知ったのであった。

 わたくしにとっては、男というものが、永遠の謎であると同じように、人間という人間、あらゆる人間の心の深層が、見当もつかない魔法の森であった。

   (43 43' 23)

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  1. 2017/12/18(月) 10:12:37|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

  真実と良心

 日足が長くのびてきた。三月のおわりであった。水道の水もぬるみ、野菜を洗うのも苦痛ではなかった。

 花野夫人が引越してから、わたくし達は階下の日本間につづいた台所をつかっていた。ここはせまくはあったが、板張りの床になっていて、その上にガスコンロがついていた。今までコンクリートの上で下駄ばきで炊事していたことを思えば、ずっと簡便であった。なによりも、竈の火に気を配ったり、炭をおこしたりしなくてもよいのが嬉しかった。

 この台所と外側のコンクリート床の広い台所との間は、あつい土壁でしきられていて、四、五段のせまい階段を通ってゆきき出来るようになっていた。壁には窓が一つもついていなかった。そのため内側の台所は、細長い密室のようになっていた。わたくしは、このせまい穴ぐらのような台所でごそごそと動きまわっているのが好きであった。

   (43 43' 23)

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  1. 2017/12/19(火) 14:51:31|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

 ここにおれば、戸松をとりまく男達の雰囲気から遠ざかっていることが出来た。出来ることなら彼等の前に出たくはなかった。戸松の夫婦の理想像を理解しながらも、わたくしはこうした無益な消極的反発を試みずにはいられなかった。しかも不思議なことに、日がたつにつれて戸松までも烟ったく思うようになっていたのである。

 彼の身近かにいることは、気骨の折れることであった。わたくしは無意識の中にも戸松から逃げまわるようになった。「戸松のおじちゃんが帰ってきたよ」玄関の方から子供の声がきこえると、わたくしの足は台所の方へ駈け出そうとしていた。

 「あなた、なぜ、戸松さんのそばへ行かないようにするの」

 ある時、堀下夫人がきいた。

 「こわいのよ。わたし、戸松のそばへ行くのがこわいのよ」

   (43 43' 23)

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  1. 2017/12/20(水) 15:35:39|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

 わたくしはいった。

 「まあ、あきれた。あなた自分の夫がこわいの?」

 堀下夫人はケラケラと笑いこけた。

 その日も、わたくしは密室のような台所で洗い物をしていた。日本間の向こうの応接間から堀下夫人の頓狂な声がきこえてきた。彼女の声は台所にむかって走ってきた。

 「奥さん、奥さん、戸松さんに召集令状がきたわよっ」

 「ええっ……」

   (43 43' 23)

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  1. 2017/12/21(木) 09:51:31|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

 堀下夫人が台所に姿をあらわした時、わたくしは流しのふちをしっかりと握ったまま硬直したようになっていた。

 「出征よっ」

 彼女はもう一度、わたくしの横顔に吹きつけるようにいった。

 その時わたくしは自分がどんな顔をしていたのかわからない。とつぜん地面が二つにわれて、奈落へと墜落していくような、抵抗も努力も否定された絶体絶命の運命を感じていた。そして次の瞬間、どっとばかりに潮のような悔恨がおしよせてきた。真心をつくしえなかった、いたらぬ妻としての悔恨であった。

 「うそよ、うそよ、うそなのよ」

   (43 43' 23)

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  1. 2017/12/22(金) 08:39:52|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

 堀下夫人は眼の前の火をもみけしでもするかのように両手をふりながら、あわてていった。

 「令状がきたのは牧谷さんなのよ」

 「戸松ではなかったの?」

 「そうなのよ、やっぱり夫婦だわねえ。あなたの驚いた顔ってなかったわよ。今にも卒倒してしまうんじゃないかと思ったわよ」

 「ああよかった、よかった、うれしいっ、よかったわあ……」

 わたくしは堀下夫人の肩にとびついていった。その時わたくしは見た。次の日本間に、赤ん坊を背負った牧谷夫人が青白い顔をして立っているのを見たのであった。

   (43 43' 23)

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  1. 2017/12/23(土) 13:23:44|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

 「戸松さんのそばへいくのが恐いとかなんとかいいながら、やっぱり別れるのはいやでしょう。大丈夫よ、ねえ、軍に勤務しているんですもの、戸松さんのところへは召集令はこないわよ。もし戸松さんが出るようにでもなれば大変だわ。この家はどうなるのよ」

 後の気配に気付かない堀下夫人は、にぎやかにしゃべりたてた。

 堀下夫人のいたずらだったとわかると、わたくしは急にきまりが悪くなった。わたくしは外側の台所へつづいた低い階段を下りて、裏口から表庭へとまわっていった。

   (43 43' 23)

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  1. 2017/12/24(日) 08:16:32|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

 夫の応召に色を失った自分がはずかしかった。日本は今国連をかけて戦っている。夫や子の戦死にも、涙一つこぼさぬのが、銃後の妻であり母であると教えられてきた。夫が御国のために召されることは、家の誉れであるときかされてきたのだ。それなのに、わたくしは……。

 わたくしは本田のいうとおり、ほんとうに国賊的人間なのかもしれない。それになんということだ、戸松ではなくて牧谷であるとわかった時のあのよろこびようは……あの時にちらっと見えた牧谷夫人の切迫した青白い顔……。

 なんという露骨な利己心であったろうか。あさましいことであった。ああ、本当にはずかしいことであった。自分自身ですら、はっとして眼をみはるような言動であった。

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  1. 2017/12/25(月) 15:53:33|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

 しかも……しかも……それが、正直な正真正銘のわたくし自身の心の真実であったのだ。他人の心の深層の魔法におどろくことはない。自分自身の心の深層すら、今まで気づかずにいたのである。

 無意識のうちに噴き出てくる、この本能的利己心があるかぎり、どうして自分は正しいといいきることが出来ようか。わたくしには牧谷や青年たちから排撃されねばならぬ根拠がない……と、頑強に自らにいいきかせてきた我にとらわれた自信こそ、我と我が心をまひさせる魔法の煙であったといえよう。

 だがしかし、たとえそれがみにくい利己心であることがわかっていても、夫を戦場に送らずにすんだというこの安堵とよろこびはどうすることも出来ない。いかに非難され、いかに嘲笑されたとしても、この事実は否定することは出来ない。真実とはこういうものであったのか。

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  1. 2017/12/26(火) 16:20:48|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

 戦争というものが、正義の旗印のもとに行われるかぎり、また、戦士となることが同胞の共同の義務であるかぎり、人間はつねに自分の真実と良心との矛盾に悩み苦しんでいかねばならぬものかもしれない。

 牧谷一家は小鳥が巣立つように、ざわめきの中にさっと立っていった。

 二日の間に渡航の手続きをとり、荷物をまとめ、壮行会にも出席し、一人の赤ん坊は背負い、もう一人の赤ん坊は前に抱き、二人の幼児をひきつれ、旅行カバンや風呂敷包みをもてるだけもって、それでもにこにこと別れを惜しみながら夫妻は発っていった。

 見送りの戸松や青年たちにとりかこまれて、幼い二児の手をひいて門を出ていく牧谷の笑顔は、征でゆく丈夫の決意がにじんでいた。

   (43 43' 23)

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  1. 2017/12/27(水) 10:43:28|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

 なんという後味わるい袂別となったであろうか。わたくしは彼の後姿にむかって、ただ何んとなく「牧谷さん、ごめんなさい」と声をかけたい思いにかられていた。しかし、それは言葉にはならなかった。わたくしは涙ぐんだまま、茫然と立ちすくんでいた。


  野人と達人

 庭の芝生に日の光がうらうらと舞い立っていた。上海の春は明るくのどかであった。

 中国人町の真只中には、戦争の音鳴りはひびいてこなかった。ここはヨーロッパ戦争とも太平洋戦争とも、まったく無関係であるばかりでなく、おなじ国土でおこなわれている日中事変すらも、忘れられているかのように、のんびりとしていた。

   (43 43' 23)

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  1. 2017/12/28(木) 14:18:57|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

 牧谷が発って二十日ほどが流れるように過ぎていった。家の中は部屋の割当がかわり、家具の置場がかわって、空気ががらりと入れかわったようであった。

 日がたつにつれて、いつの間にか、この家はわたくし達夫婦を主軸とした家族構成を形づくっていた。二人の青年は、戸松の弟か書生のように、忠実に彼の身辺にかしづいていた。本田も以前のようなふてぶてしい生意気さを見せなかったし、篠原も大望をいだく青年のように、常に眼をかがやかせていた。堀下夫人も、わたくしの助手のような役割におのづから廻っていった。自分本位に外出したり、中二階に立てこもったりするような事もしなくなった。

 日を重ねるにつれて、じょじょに、じょじょに、秩序立ってきたのである。

   (43 43' 23)

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  1. 2017/12/29(金) 11:00:53|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

 統率力というものは、一つの才能であるとともに、ゆるがぬ自信と責任感に発しているものらしい。戸松の内なる強固な自信と責任感が、おのずからなる秩序をもたらしたのにちがいなかった。

 それにもう一つ、彼が時たまつれてくる客の中に、西洋風の個人主義的教養を身につけた人たちが多かったということも多分に影響していたかも知れない。

 彼らは、戸松とわたくしを一つのカップルとして尊敬の対象におき、他の三人とは区別しているようであった。戸松の留守中の来客が、青年たちを中心とし、わたくし達女性を、お茶汲み程度に軽くあしらっていたのとは、たいへんな違いであった。

   (43 43' 23)

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  1. 2017/12/30(土) 08:35:29|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

 夕食の膳がととのった頃、戸松はよく客をつれてきた。岩倉公爵の令息だとか、中国人のインテリー夫妻だとか、政財界人の通訳だとか、わたくしが最も苦手とする人たちが多かった。

 戸松はどうやら、彼らを夕食に招待しているらしかった。彼は食堂になっている階下の日本間に、いきなり彼らを連れこむと、

 「さあ、すぐ食事にしてくれ……」

といった。

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  1. 2017/12/31(日) 14:17:21|
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