いしずえ

第三巻激流の巻

「入隊前なら、わたしが戸松を名乗って身代りになれたんですよ。今日、わたしは戸松さんにさんざんくどいたんです。あんたのその服をよこしなさい。わたしのこの服と着替えて、ここからすぐ逃げて中国にわたりなさいと云ったんですよ。戸松さんは笑っていて、とりあってくれなかったです。もっとも、今となっちゃあ、代ったところですぐわかってしまいますからねえ」

 二郎氏は肩をかるくゆすって、自分自身の考えをさげすむように笑った。

   (43 43' 23)

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  1. 2018/04/01(日) 09:09:02|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

 わたくしは彼の力ない笑い顔を、真面目なおもいでみつめていた。人間というものは、自分の心が行きづまっているときにも笑えるものだ。それは、うつろなものであるだけに、悲哀のひびきをもっている。

「戸松さんのような人を激戦地に送ってはいけませんよ。奥さん、あなたはそう思いませんか。ああいう人を戦士させるのは、国家の損失ですよ。

   (43 43' 23)

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  1. 2018/04/02(月) 21:57:40|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

 日本は戦争のおわったあとの方が、ずっと困難だと、前から戸松さん自身が説いていたじゃありませんか。一人でも、すぐれた人材は残しておかなきゃなりませんよ。わたしはね、戸松さんにアジア同盟の運動をつづけてもらいたいんだ。わたしが生きていたところで、何の役にもたたない。だが、戸松さんが生きていたら、国をすくいアジアをすくうことだって出来るんです。

 残念だった。わたしは代って入隊したかった。戸松さんの身代りになってやりたかった」

 二郎氏はいつのまにか、少年のようなはにかみをすてきって、愛国の志士のような熱意をもって訥弁をとちりとちりとぶつけていた。

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  1. 2018/04/03(火) 16:05:20|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

 この気の弱そうなはにかみ屋の大男の、どこからそういう情熱が吹き出てくるのか……わたくしはなおも信じられない思いで、彼をみまもっていた。云うことが唐突すぎて、すこし気が変なのではないかとさえ思った。

「なにを仰云るのです。あなたにはお子さんがいるではありませんか」

 わたくしは二郎氏を、彼自身の現実にひきもどし、ひとまず能代にかえってもらおうと思った。

「奥さん、わたしは肺病なんですよ。もう大分すすんでいます。自分ではもうなおらんと思っています。こんな身体でも戸松さんの役にたてばいいと思っているんですが、今から身代りになるのはもう遅いんですよ」

 「もちろんですとも、そんなことは絶対にできませんよ。出征は国民の義務ですから、のがれることはできません。ですから、もうあきらめて能代へおかえりになって下さい。いつまでいらっしゃっても同じことですから」

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  1. 2018/04/04(水) 13:24:08|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

 胸の病がすすんでいるのならば尚のこと、一日も早く帰さねばならない。

「東京に滞在なさるのはお身体にわるいですよ。それにこのごろは、旅館はほとんど廃業していますから、今のところ心あたりがないんです。それに、たとえあったとしても、米をもっていないと泊めてくれませんしねえ……」

 わたくしは、彼の滞京を婉曲にことわったつもりであった。

「いや、大丈夫です。米は少しもってきました。無くなったら、何回でも取りに行ってきます。御迷惑はかけません」

 二郎氏は、幼児のように一途にいいはった。それは、自分の感覚にたよって人の言葉をききいれようとしない盲人のような、あの不愚者特有のこっけいなほどの一途さでもあった。わたくしは、急に彼に親しみを覚えた。彼が純情な大きな坊やのように思われてきた。彼にたいしては、遠慮とか気兼とか、警戒とかはまったく無用であることをしった。

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  1. 2018/04/05(木) 00:00:00|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

「だけど、東京に旅館をとったら、部隊まで遠いんじゃないかしら。兵営のちかくにはなかったんですの?」

 わたくしも、いつしか彼の滞京を賛成するがわに立って考えた。

「いえ、奥さんの家のちかくの方が都合がいいんですよ。わたしは東京の地図がよくわかりませんから、奥さんにつれていってもらわないと……」

「どこかへ御案内するんですの?」

「まず、前田中将の家を訪問して、戸松さんの除隊に一肌ぬいでいただくように頼んでみようと思うんです」

 わたくしは、あっと声をのんだ。

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  1. 2018/04/06(金) 16:01:38|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

 じゃがいものように、ゆうっとして土臭いこの男は、つぎからつぎと、常識のわくをはみだしたような事ばかり云っておどろかせる。召集解除の運動をおこすなどということは、わたくしの考えも及ばないことであった。

 たしかに国家の動乱時には、制度や法律の矛盾と不合理が、人間の真実を抹殺しがちなものだ。しかし、昔から多くの聖人や偉人は、自らすすんでこの俗人の法のぎせいになっていった。どんなにそれが、真理と真実をふみにじるものであるかわかっていても、国家や人類の未来に永遠にうったえるためにも、従容としてしたがわねばならなかったのだ。

 昨日までは戦争を批判していても、ひとたび国家の危急をすくう戦兵として銃をにぎった以上、もっとも勇敢な兵として、つきすすんでいくべきである。民族協同体に生きる人間とは、そうしたものだと、すでにわたくしは考えつめていたのであった。

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  1. 2018/04/07(土) 13:30:21|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

 わたくしは、前田中将のところへ、除隊の懇願にいくことをはずかしいと思った(前田正美中将は前篇ですでに紹介ずみであるが、フィリピン攻略の参謀長、支那派遣軍、第十三軍司令部の参謀長を歴任した人で、戸松はその配下にあった。当時は侍命中であった)。

「そういうことをすれば、かえって戸松をはずかしめることになります。鈴木さんの友情と熱情はありがたいですが、それは一寸行きすぎではないかと思います。

 戸松は事故召集だといっていました。おそらく中将も迷惑に思われるんじゃないかと思います。まあ、あした、戸松ともよく相談してみましょう」

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  1. 2018/04/08(日) 13:58:15|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

 戸松が鈴木二郎氏のこういう提案をよろこんで受け、胸を病んでいる二郎氏の奔走を承諾したとは考えられなかった。肺病患者の病的執念のようなものではないかと、わたくしは思った。

「だから前田中将のところへ相談にいくんですよ。中将ならば戸松さんをよく知っています。戸松さんが中国でどんなに活動したかを知っています。反国家的な反戦主義者でないこともわかっています。ですから中将に聯隊長を説いてもらうんですよ。戸松という男は、中国で軍の民政にたずさわっていたにもかかわらず、憲兵の誤解で召集されてきたんだと、釈明してもらうんです。

 戸松さんも、中将が釈明してくれるために来てくれるんなら有難いといっていました。

 奥さん、わたしは閣下を必ず動かしてみせます。ですが、奥さんもいっしょに来てくれないと一人では工合がわるいんですよ」

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  1. 2018/04/09(月) 09:46:25|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

 二郎氏は自信にみちて、熱心にといた。事故召集をうけたことにたいする釈明ならば、筋がとおっている。それならば、わたくしも大いに奔走したい。

 しかし、それにしても、この鈴木二郎なる男は、なんという一念のつよい男であろう。彼が戸松を部隊からすくい出したいと希う気持は、友情を超越したものである。戸松を国家の未来にのこしておくべき要材であると、固く信じこんでいるようであった。

 わたくしは妻でありながら、鈴木氏ほどの信念も熱意もなかった。それどころか、応召して日数もたったいま、もはや出動を待つばかりであると思いこんでいたのである。

 しかし、いま、鈴木氏のような考え方や行動もありうることを知って、わたくしの閉鎖していた心は、一つの突破口をえたように躍動した。

 「では、あした、そうですね。午前中にいって戸松となおよく相談し、午後からでも前田中将のところへまいりましょうか」

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  1. 2018/04/10(火) 14:50:00|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

 わたくしは声をはずませて云った。

「そうして下さい」

 二郎氏も満足そうに笑った。まるい二十顎がうれしそうにふくらんでいた。

 さいわい兄の家のちかくに小ぢんまりとした旅館があった。

 部屋数五、六室のバラック建に平屋であったが、白木のにおいも真新しい明るい感じの建物であった。このあたりに敢在する飛行場や軍需工場に関係する人々のために、最近建てたものであろうか。

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  1. 2018/04/11(水) 15:51:15|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

 二郎氏をこの旅館におちつかせると、なんとなくほっと気がかるくなったような気がした。二郎氏は、事戸松のことになると、妙に熱弁になるがそのことからそれると、例の少年のようなはにかみをみせながら、すべてに消極的になってしまうのだ。旅館の交渉も部屋の選択も、自分でしようとはしない。わたくしのうしろに、ぬうっと立ったまま、黙ってにこにこ笑っているだけである。まるで、新入学の少年が、母親にともなわれて先生の家を訪問したときのようである。

 つねに戸松に引き摺りまわされつけてきたわたくしは、男というものを、自己中心の気のいそがしい存在だと、いく分不満におもっていたのであるが、戸松と正反対な二郎氏とわずかな間行動してみて、大の男の引き摺りまわすということが、いかに心の重いことであるかを知ったのであった。

 わたくしと二郎氏は、翌日の昼頃部隊にいった。戸松が入隊してから、もはや十日余たっていた。

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  1. 2018/04/12(木) 14:20:54|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

 この前は面会所は民家であったが、この日は兵営の庭の芝生にすわりこんで語りあった。戸松はこの前とはちがった身体にあった軍服を着ていた。軍隊生活にも多少なれてきたのか、それとも諦めてしまったのか、不満めいたことは一言も云わなかった。

 前田中将を訪問する件についても、彼は多くを語らなかった。

「どういう結果になるかわからんが、鈴木を案内していっしょに行ってやってくれ。前田中将に、上海の運動の報告するだけでもいい。あとに残った連中の力になってやっていただきたいと云っておいてくれ。鈴木は鈴木で、自分の考えを話すだろう」

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  1. 2018/04/13(金) 14:18:33|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

 彼は荻窪の駅から、天沼一丁目の中将の家にいたる地図をかいてくれた。そして、旅行の多い人だから留守かもしれないが、まあ行ってみるがいい、とも付け加えた。

 電車の中で、二郎氏はしきりに空腹をうったえた。能代在の富裕な農家にうまれ、魚の豊富な米代川の河口の姉の家で療養しているという彼は、食べ物の不自由ということを知らない男である。

 丼すりきり一杯のめしと、汁と千切大根の煮〆だけの旅館の食事では、どうやら活力がでてこないらしい。ましてや、今日は昼食をとっていないのである。しかも、東京の表通りでは、簡単に食べ物にありつけそうにもなかった。彼はぐったりとして、気の毒なほど元気がなかった。

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  1. 2018/04/14(土) 15:03:13|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

 それでも、空腹をおしこらえおしこらえしている中に、幾分馴れてきたのであろうか、荻窪の駅に下りたときには、元気をとりもどしたような顔色であった。責任を感じて多少緊張していたのかもしれなかった。

 中将の家はすぐわかった。そして主は在宅であった。

 瘦せぎみの上品な夫人は、わたくし達二人を鄭重に応接間に案内し、このごろでは珍しい羊羹をそえて、日本茶をすすめてくれた。

 中将はいま手紙を書いているから、少しの間待っていてほしいということであった。わたくし達は茶菓には手もふれず、罰を受けている生徒のように、無言のまま固くなって待っていた。

 時計が五時をうった。二郎氏はさぞ腹がすいただろうなあと思いながら、そっと右横をみると、彼は難問を考えている禅僧のように、沈痛な思案ぶかそうな顔をして、テーブルの上を睨みつけていた。

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  1. 2018/04/15(日) 16:31:52|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

 春の日長は、うらうらとして未だ暮れやらず、窓から見える空には、テーブルの上を睨みつけていた。

 さらに小半時も待たされたころ、中将が入ってきた。光沢のある黒っぽい和服を着て、しぼり染の兵児帯をゆったりと巻きつけていた。軍人というよりも、政治家か実業家といったような、ゆとりのある柔軟な雰囲気をただよわせていた。

 中将は椅子におろすと、まずわたくしの方に顔をむけて、

「ほう、あなたが戸松君の奥さんですか」

と、品定めでもするかのように、じっと眼をそそいで云った。相手がへどもどするほど直視するのは、軍人の癖かもしれなかった。

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  1. 2018/04/16(月) 17:25:16|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

 彼はさらに、上海はどうでしたかとか、安部先生はお元気ですかとか、戸松君もいっしょに帰ったのですか、と、婦人向きのおだやかな質問をゆっくりと続けた。

「閣下……」

 自分の番を待ちかねたように、二郎氏が声をかけた。それはこの場の空気の転換をうながす合図ともなった。

 二郎氏は、戸松が反戦主義者として事故召集になったこと、士官から注意人物として冷視されていることを語り、彼が非国家的な反戦主義者ではなく、愛国的立場から和平を主張したものであるということを、聯隊長に弁明していただきたいと頼んだ。

 さらに彼は、閣下が戸松を戦後の要材であると思われるならば、彼のかわりに自分を、二等兵として南方におくるよう取り計らっていただきたいとも付け加えた。

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  1. 2018/04/17(火) 15:00:00|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

 二郎氏は破壊僧の告白のように、苦悶の色を身体中ににじませながら語った。膝と手が細くふるえ、声は哀願にちかかった。聴いている者が、切なくなるほどであった。

 鈴木二郎は豪傑だ……とかねがね云っていた戸松の言葉を、わたくしは不思議なおもいで思い出していた。

 中将はおどろいたような顔をしてきいていたが、

「よし、わかった」

と大きくうなずいてみせた。そして、

「あそこの聯隊長の半田大佐は、わたしの部下だったから、よく知っとる。

   (43 43' 23)

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  1. 2018/04/18(水) 09:29:53|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

 そうだなあ、明後日、明後日なら身体があいているから部隊まで行ってやろう。半田君に戸松君の事情をよく話してやろう。こういうことは直接に会って話さないとまずいからなあ。

 戸松君を兵隊にして何になるんだ。あの男は中国に放しておくべき男だよ。いわくつきの召集なら、まず前線に送られる可能性がつよいからねえ。

 うん、あさっての午前中に行ってくるよ。戸松君にもそう云っておいてくれ」

と、あっさり引き受けたのであった。

 こちらが頼むまでもなく、積極的に動こうという気構えがあきらかであった。

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  1. 2018/04/19(木) 15:00:00|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

 二郎氏は、ほっとしたのであろうか、中将が、戸松君のような負けん気のつよい男が二等兵になって上からおさえられたら、さぞ毎日腹が立ってしょうがないことだろう、と笑談をいうと、自分もいっしょになって、わっははと笑い声をたてていた。

 この時だけはいかにも豪放な男にみえた。

 翌日、わたくしたちは又二人で部隊に行った。戸松に前日の模様を報告すると、彼もさすがにうれしそうであった。

 いよいよ前田中将が半田聯隊長を訪問する当日がきた。午前中に行くということであったので、わたくしたちは午後から行くことにした。

 どういう結果になったのか、期待に胸をわくわくさせていた。

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  1. 2018/04/20(金) 09:19:29|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

 庭の芝生に腰をおろして待っていると、戸松が走るようにして近づいてきた。彼はどっかと、胡坐をくむなりいった。

「どうしたのかね?いったい」

「?……」

 わたくしたちは何のことか、さっぱりわからなかった。きょとんとして戸松をみつめていた。

「閣下は来ないんだよ」

「えっ……」

 わたくし達は思わず顔を見合わせた。

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  1. 2018/04/21(土) 15:40:38|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

「今朝、中隊長に、前田中将が午前中に聨隊長をたずねてくることを話しておいたんだよ。とつぜん前田中将がくるというので、大騒ぎになってね。今日は聨隊長以下待っていたらしいんだ。ところが来ないだろう。お前はなぜそういう出鱈目を云うのか、というわけで、ずい分詰問されたよ。

 ほんとうに、閣下は来るといったのかね」

 戸松は、どなりたいのをやっと我慢しているといった面持であった。両頬や口のまわりの筋肉が、忿懣と屈辱の影をきざんでいた。

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  1. 2018/04/23(月) 16:28:22|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

 わたくしは、まるで強烈なパンチをくらったかのように、瞬間、意識がとだえたように感じた。こんな形で期待をうらぎられようとは思ってもみないことであった。相手が一軍の参謀長として名声をとどろかした人であるだけに、こんな非情な破約がおこりうるとは想像もしていないことであった。

 あとで考え直して、気持がかわったのであろうか。それとも、あの時は、大人物らしく振舞ってみせただけなのであろうか。もしそうだとすれば前田中将という人は、よほど軽率な人だということになる。しかし、そんな軽率な男が、軍の参謀長として重視されるはずがない。もしかしたら、わたくし達の聴きちがいだったかもしれない……いや、そんなはずはない……。

 わたくしは戸松がひどく気の毒になってきた。

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  1. 2018/04/24(火) 10:24:00|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

「いいかげんな事を云うから、無駄さわぎをしたじゃないか……」

と、上官にどなられたという彼の立場は、今後いよいよ窮迫したものになっていくにちがいない。

 慰めはげます言葉もなく、わたくしたちはすごすごと引揚げて帰ったのであった。

 東京に着くと、そのまま家にかえる気持にもなれず、とにかく前田邸をたずねて、中将の気持をきいてみようと云うことになった。二郎氏の表情は、すっかり憂愁の色にくもり、とくに眉と眼のあたりに、もの悲しげな萎えきった心の疲れをにじまえていた。

 前田邸にちかくなると、わたくしは急に中将に会うのがいやになってきた。中将であろうが、大将であろうが、人を簡単に裏切るような男には二度と会いたくないとおもった。こういう種類の軍人の存在をみとめたくたいとも思った。

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  1. 2018/04/25(水) 11:36:57|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

 門のまえで、わたくしたちは申し合わせたように足をとめ、顔を見合わせた。

「奥さん、あなたは大分腹をたてているようだから、ここで待っていて下さい。わたしが一人で会ってきます。もう一ぺん、わたしが頼んでみます」

 二郎氏はさとすように云った。すると、どうしたものか、わたくしの心に反射的に反省と責任感がわきおこり、どうしても中将に会って事情をきき、戸松の立場をあきらかにしてやらねばならないという気が盛り上ってきた。

 玄関に出てきた夫人は、いきなり大仰な声でいった。

「まあまあ、さあどうぞ。来て下さればいいがなあと、一日中まっておりましたのよ」

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  1. 2018/04/26(木) 16:03:00|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

 通された日本間には、中将が片足をなげ出して左足のくるぶしの上部から爪先にいたるまで、すっぽり白い繃帯でくるまっている。宛木のようなものがしてあるらしく、ごつごつと大きくまきあげられていた。

 中将は照れ臭そうに、苦笑いをしていた。

「今日、夕方、急に関西に発つことになってね。それまでに聯隊に行ってこなければならんと思ったんだよ。急いでいたものだからねえ、ホームに入っている電車にのろうと思って、柄にもなく階段を駈けおりたところが、前の方を下りていた人が、どういうわけだかすうっと斜めに前を横切ったんだ。そうしたら足元が狂っちゃってねえ、思いがけない怪我をしてしまったんだよ。捻挫らしいんだ。なに、大した怪我ではない。四、五日したら杖をついて出られるようになるだろう」

 中将は白布にくるまった足首を、なでながらいった。

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  1. 2018/04/27(金) 13:22:25|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

 わたくしたちは、云うべき言葉もなかった。自分が怪我をさせたように、ただ「すみませんでした」とくりかえすだけであった。

「三、四日待ってくれよ、な……」

 べそをかいたように恐縮しきっている二郎氏に、気合をいれるかのごとく、中将は明るく闊達な声でいった。

 二郎氏は、ひどく神経質になっていた。

 夕食の時間は大分すぎているのに、腹がすいたということを一言もいわない。何事かをくよくよと思いまどっている風であった。

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  1. 2018/04/28(土) 14:31:01|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

「前田さんの足のなおるのが長びくと困るなあ。何時ごろになったらなおるかなあ……」

 歩きながら、時々ぼそぼそとつぶやいていた。

 翌朝、わたくしたちは、又聨隊に行った。戸松に事情を一時も早く知らせてやらねばならないと思ったからである。

「やっぱりそうだろう。何か突発事故がおきたのだろうと思っていたよ。仕方がないさ。運命というものは、そうしたものさ。しかし、閣下には気の毒だったなあ」

 戸松はがっかりした様子でもなく、自分の運命をすでに予感し、肯定しているかのようにいった。

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  1. 2018/04/30(月) 11:08:40|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

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國 乃 礎

Author:國 乃 礎
   綱 領
政官財・癒着根絶
マスコミ横暴撲滅
国賊売国奴殱滅
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