いしずえ

第三巻激流の巻

 父は庭の浦島の花を四、五本切りとると、どこから探し出してきたのか、古ぼけた花瓶に挿してわたくしの部屋まで運んできた。自分の身辺に心を配ってくれる嫁に対する、感謝の印だったかも知れない。

「まあ、お父さん、お花が上手に入っていますこと」

 わたくしは、可笑しさを嚙み殺しながら云った。

 四、五日前の事であった。末の妹が百日草を数本一かたまりにして壜に挿し込んでいたのを、わたくしは三本で大体の形を整え、残りの花はそれに添えるようにした方がよいと注意して、入れなおさせた。

 父はその時、囲炉裏の前で黙って煙草をふかしていたのだが、今出窓に置かれた浦島の花は、実に正確な三角形をなして挿し入れられてあった。

   (43 43' 23)

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  1. 2019/03/01(金) 17:02:16|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

 父は客間の袋戸棚をあけて、かさかさと何か探していたが、やがてのこと、二本の古びた巻物をひっぱり出してきた。

「あんたに聴かせておきたい事がある」

 系図と先祖の肖像画である。これは結婚し初めて戸松と一緒に帰郷した時も聞かされていた。

   (43 43' 23)

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  1. 2019/03/02(土) 08:56:17|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

「この前初めて会った時も云った通り、先祖からいい伝えられて来たことをもう一度いっておきましょう……」(第一巻六二頁)

 この家を相続して行く長男の嫁に親が家風をいい伝えゆくことが習のように思えた。

「わしが子供の時きいた事を、あんたにも話しておく。孫が生まれたらあんたから話してやってくれ」

   (43 43' 23)

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  1. 2019/03/03(日) 10:27:58|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

 古代において行われたという口伝は、このようにしてなされたものであろうか。稗田阿礼まで語り伝えられたという神話の成立にふと思いがはしった。

 人間が純粋にひたむきに生き、創造し開拓してきた未開の時代の物語りは、確かに神話と呼ぶにふさわしいものである。それは夢と活力に溢れ、聞く者を勇気づけ、自信をもたせ、自己の存在の意義と未来への責任を自覚せしめる。

 父は戸松家の神話を語りはじめた。

   (43 43' 23)

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  1. 2019/03/05(火) 10:27:06|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

「ここからずっと東南の山の方に入っていくと、母体村というところがある。家の先祖は四百五十年前ころまでは、そこに居たということだ。

 昔、京都に都のあったころ、坂上田村麻呂が蝦夷征伐にきたことがる。ここから一里ほど西の方に、仁井田という村があるが、そこには田村麻呂が船をつないだという欅がある。おそらく其処へ船をつけたものじゃろう。

 能代はもと停城といってな、とどまる城と書いたものだが、この名前のおこりは、ここに田村麻呂が本拠をおいていたからだということだ。母体村とその隣りの檜山村は古くから開けていたところで、そのころ勢力をもった先住民族がおったらしい。それらが田村麻呂に一番抵抗したため、停城にとどまって戦ったものじゃろう。

   (43 43' 23)

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  1. 2019/03/06(水) 10:08:30|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

 家の先祖は、抵抗した先住者の子孫(奈良朝頃の都落人)でそれが古くからこの辺で一番栄えておった母体村に住んでおったのじゃ。物部の一族(藤原光永の子孫)がどうして戸松の姓に変ったかは不明だがおそらく中央征伐軍坂上田村麻呂の警戒を外すためであったのではないかと思う。

 それから五百年後、今から約四百五十年前ごろ平地に降りてきて、ここに住みついたのだが、何んでもそのときには、母体から能代までの間に(約三里)たった七軒しか家がなかったということだ。家の先祖は、この村第一番の開拓者だったというわけじゃ」

 父は得意そうに、背をのばしてカラカラと笑った。

   (43 43' 23)

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  1. 2019/03/07(木) 15:07:10|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

 勢力をもっていた先住民族とは何者だろう?アイヌだろうかと、わたくしは考えた。しかしそれにしてはおかしい。アイヌが本州に住んでいたのはもっとずっと古い時代のことだ。それにこの地方で一番繁栄していた中心地であったというのだから、アイヌの部落ではあるまい。大和朝廷時代から繰返されてきた氏族の対立に敗れた落人が、北国に逃れて定着し、いつしか都に対抗する勢力を築いたのではあるまいか。

 それとも、山蔭から東北にかけての裏日本は、大和時代以前のずっと昔から南北の交流が行われ、各所に開けたところがあったのかも知れない。大国主命と呼ばれる徳と力をあわせ持った偉大なる人物が、山蔭を中心として遠く北陸の方まで支配していたという伝承によっても、裏日本一帯は、古くから出雲の文化的、政治的影響をうけていたものと考えられる。度々の蝦夷征伐は、そうした根強い古い勢力を中央に統一しようという朝廷の試みであったと解されるのである。

   (43 43' 23)

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  1. 2019/03/08(金) 16:55:12|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

「お父さん、この村には、うちの分家も多いでしょう」

 このあたりの草分けならば、分家も多いに違いないと、わたくしは思った。

 父は系図の人名を指差しながら、この人は分家として今の当主は何代目になる、この人は分家して姓を変えたと、わたくしには馴染みのない親類の家名を並べ出した。

「昔から嫁に行ったり嫁をとったりしたのを合わせると、この村の半分は血が繋がっているじゃろうなあ。この人は四代前の人でその妹が、嫁いだ先は今は北海道に引越して居ないが、徳川の末ごろには、この近村に並ぶ者ないほどの財産家だったということじゃ。その頃の主は柴田奥之丞という人だ。今ではもう縁が遠くなって、すっかり他人になってしまったがな(これは柴田哲男の本家である)」

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  1. 2019/03/09(土) 10:13:25|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

 それから父の話は、この人とこの人はどうした。この人はどこへ行った。この人はこんな人だったそうだと云うように、長々と続いていった。

 父の話は、縺れた糸をあちこち引っ張り散らすように、わたくしの頭の中でくちゃくちゃにこんがらがっていった。

 はっきりつかめた事は、祖父の代までしばしば血族結婚が行われていたこと、代々気概と勇気と正義感にとんだ人物を生み出していること、その反面には血族結婚の弊害も見られることなどであった。

 だいたい、戸松の家の創造的開拓精神と不屈の魂は、直系の男子に次々と受け継がれていて、戸松の性格の中にも、祖父や曽祖父と同質のものが顕著に見られるように思われる。

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  1. 2019/03/10(日) 10:05:52|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

 父も現在では病身でふらふらしているが、若い頃には研究心が旺盛で、いろいろの仕事に手を出してきたようである。その頃は田畑も多く、果樹園も経営していたが、大需要の販路がなくついに果樹園も失敗してしまった。共同経営の木材工場(能代駅前)や瓦工場もあったが、火事に遭ったり、瓦材料(ネンド)が不適当であったりして、駄目になってしまった。そのうえに健康を害してからは一層不運が続き、家運の挽回を焦りつつも、ついに年老いてしまったということであった。

 母体村から出て原野を開拓した先祖の血は、四百年の間、代々の子孫の中に伝わり流れ、戸松に至って、ついに郷土的精神から国家的、世界的精神へと発展してきたものであろう。

「慶議がこれからどんな仕事をするか、長生きして見たいものだ」

 父はそういいながら、ぐるぐると巻物をまいていった。

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  1. 2019/03/11(月) 08:30:30|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

 ある日父はわたくしを山に誘った。持ち山の境界を教えておきたいというのであったが、それよりもわたくしに郷土を深く認識させることの方が目的だったかも知れない。

 裏庭の外れの小川を渉ると、山の麓まで小道がくねくねと続いている。

 稲田には水がたっぷりと張られ、稲の葉は触れば手も切れんばかりに勢いづいていた。道ばたの雑草までが、勢いを競うように、その青い手を青空に向ってはつらつとのばしていた。朝露はとっくに消えて、光はすでに真昼の色であった。

 山の麓まで五百メートルはあったであろうか。父の浴衣の背中はびっしょりと汗に濡れ、顔には水滴のような汗がふき出している。それを手拭いでぐっとぬぐった。

 堤は背後の丘のような山に、優しく抱かれるようにして、前面は高い土手によって支えられていた。父は先に立って息を切らせながら土手をのぼっていった。

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  1. 2019/03/13(水) 10:37:00|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

 土手の上に立って振返ってみると、渺々たる青田の向こうに、ひなびた家々が立ち並んでいるのが見える。堤から真直ぐの地点に、うちの裏庭の柿の木や台所の窓や屋根が見える。それは丁度村の中程の位置にあった。

 この家並を串ざしにしたように、白い国道が東西にのびていた。

「西の方に行けば能代、東の方に行けば鶴形村や檜山村や母体村に行く。母体村や檜山村は、ずっと古い時代からこの辺の中心地だったが、徳川のころからは、檜山の方がよけい栄えてきたようだ。みんな檜山の殿様といっていたが、佐竹藩の家老の城があったところだ」


 父は右手を左に右にと動かしながら説明した。そして村の東はずれの田圓に指を止めていった。

   (43 43' 23)

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  1. 2019/03/14(木) 13:00:58|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

「あの辺の田圓は今でも土地が低く、大雨でも降ると稲が水で隠れてしまうところだが、昔は檜山川の水が溢れ出して辺り一面に溜り、沼のようになっていたものだそうだ。魚も随分と大きなものが入ってきたということだ。それでこの村の事を鰄淵というのじゃ」

「鰄淵というからには、よっぽど深く水が溜っていて、威勢のいい大きな魚がいたんでしょうねえ」

「そうだろう」

 わたくし達は声を放って笑った。童話を話しあっているようで面白かった。

「隣の村は道地といってな」

 父の人差し指は、田圓の真中を真直ぐに走っている道が、東の木立の中に潜り込んでいるあたりを指差していった。

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  1. 2019/03/15(金) 10:23:32|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

「あそこには、今この辺一帯できこえの高い藤原という金持がいる。昔、檜山の殿さまの足軽大将だった。

 どういうものか、道地と鰄淵は昔から仲が悪くてな。目と鼻ほどしか離れていないのに、いろんな点が違っているんじゃ。

 例えばだ、祭の舞にしてもだ、わしらの方では番楽といって『天の岩戸開き』や『あほうとおかめの舞』なんかの神楽をやるのだが、向こうは『ささら舞』といって、飛んだり跳ねたりする獅子舞をやるのだ。

 こっちの方は番楽は、古くから伝わったもので向こうの『ささら舞』は、佐竹の殿さまが水戸から国替えになってくる時、途中退屈しのぎに足軽どもに舞わせていたものだそうじゃ。足軽大将の藤原の先祖が、家来や土地の者に盛んにやらせたものだということだ」

   (43 43' 23)

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  1. 2019/03/16(土) 13:53:28|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

 大きい声で呼べば向こうに届く程に隣接していながら、村風や民間伝承が大きく違っているということは面白い現象である。

 道地村が、徳川の封建武士の文化的、風俗的支配に隸従していたのにくらべ、鰄淵はそれ以前の古い伝統を、ひたすらに守り続けてきたものに違いない。豪士の子孫である戸松一族の鎧甲刀槍銃などの武器があったのも古代からの誇りと遺風を守って来たものだろう。

 雨期になると淵のように深く水の溜まる田圓をはさむはさんで、向こうの徳川の封建的風習と、こちらの土着的古代文化の遺風が、二つの村人の潜在的な対立意識となって、自ずから感情的対抗をひき起してきたものであろう。

   (43 43' 23)

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  1. 2019/03/17(日) 15:26:16|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

 神楽舞は古くから出雲でもっとも盛んに行われ、山蔭一帯にかけて最近まで祭にはかかすことのできない行事になっていた。島根県のわたくしの郷里では、戦前までは、年に二回の祭には必ず浜辺に大きな櫓をくみ、その上に簡単な舞台をつくって、芸人の一行を出雲から呼びよせ、村をあげて見物したものであった。出雲舞であるから須佐之男命の大蛇退治がもっとも重要なものになっていたが、その外の神代の物語りも断片的にとり入れられていた。

 原始的な出雲や大和文化の名残りが、東北の戸松の出生の地に、鄙びた形のまま残されているということは、興味深い事である。

 この土地の人々の血の中には、中央から偏地へと下っていった古代の人々の郷愁が、いまだに脈々として流れているのに違いない。父の気風の中にも、そうした事を想像させるものが多分にあった。

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  1. 2019/03/18(月) 18:28:11|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

「わしは若い頃から不思議と番楽が好きで、熱心に習ったものだった。いつの間にか、村一番の芸達者になってしまってな。若い者がみんなわしの処へ習いに来たものだ。舞はもちろん笛でも太鼓でも、囃子も何んでも出来た。

 わしらが年をとってからは、番楽も昔ほど盛んにやらなくなった。それでもみんな番楽は好きなようだな、いろんな事が流行っては廃れ流行っては廃れするが、番楽だけはあきないようだ。

 まあ、一番盛んだったのは、何んといってもわしらの若い時分だったろうなあ、この頃の若い者は何んでだか知らんが、力のこもった大きな動きができんようじゃ」

   (43 43' 23)

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  1. 2019/03/19(火) 10:01:03|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

 父は足をひょろつかせながらも、番楽の手振りをしてみせた。三度の飯よりも番楽が好きだったというのだから、若い頃は神代の勇者になった気で、さぞ夢中になって舞狂ったことであろう。

 この番楽(神楽)は戦時中は一時途絶えていたようであったが、戦後戸松の勧めで再び復活し、父が死して二十年をへた今日、父から手ほどきをうけた人々が、父の墓前に舞台をつくり昔かわらぬ祭行事の伝統を守っているということである。例年は神社の社前で行われていると聞いている。

 父は番楽の復活を見ずして死んだ。堤の土手で危なげな足どりで踊って見せた父の番楽舞はこの世における最後のものとなったのである。もしかしたら、番楽の手振りを見せるために父はわたくしを山に誘ったのではあるまいか。

   (43 43' 23)

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  1. 2019/03/20(水) 00:00:02|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

   親 友 鈴 木 二 郎

 父は魚がないと食事のできない人であった。母は五、六月の鰊の出盛りに、鰊やほっけを箱のまま幾箱か買い入れ、二つ切りにして樽の中に塩漬にしておいた。物置小屋には、茄子やきゅうりの塩漬の樽と並んで、肴の漬樽がずらりと並んでいた。そのほか、鰊を細かく刻んで塩水に漬け、形が崩れるまで放置しておいて醤油代りに使う「しょっつる」というものも造ってあった。

 さらに母は小海老の塩漬もつくった。乗馬ズボンのように脛から下が細い紺のモンペをはいて竹編の箕と小桶を小脇に抱え、母はいそいそと山間の沼や小川に出かけて行く。時には握り飯に醤油をつけて焼飯にしたのを、三つほども持って出かけることもあった。

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  1. 2019/03/21(木) 10:20:28|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

「ふゝゝん、ふゝゝん」といつも同じ節の鼻唄をうたいながら、素早く支度して、「一寸行ってくる」と云いのこしまたまま、身軽く家を飛び出してしまうのである。そういう時の母の顔は、蜻蛉や蛙を追いかけ回している子供のように、無邪気な意慾に輝いていた。三、四時間の後には、三升ほどの小海老をすくってきた。それを壷の中に塩漬にして、なれて赤く色づいた頃に食べるのである。

 たまには魚の配給もあったが、肥料にでもしてしまいたいような鮮度の乏しいいかかれいに限られていた。家の中は常に魚っ気は切れなかったが、新鮮な魚には殆んどありつくことは出来なかった。ましてや父の好物である鮭やかににいたっては、一般大衆には全く無縁のものだったのである。

   (43 43' 23)

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  1. 2019/03/22(金) 11:31:58|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

 わたくしは一度でいいから、父に新鮮なかにかれいを食べさせたいと思った。そこで、能代市の北端、向能代の浜近くに住んでいる鈴木二郎氏に相談の手紙を書いた。二郎氏からはすぐに返事がきて、「日をきめて遊びがてら来てほしい、当日の昼頃までには魚を求めておくことにする」と云うことが書かれてあった。それから、わたくしは毎週月曜日、風雨の場合はその翌日、二郎氏の家を訪ねることになった。

 鰄淵から国道を西に約五百メートルほど行ったところに東能代駅がある。ここから五能線で西北にいくと次の駅が能代で、この町は米代川の下流に発達した商業都市で、古くからこの辺一帯の杉材の集散地になっている。

   (43 43' 23)

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  1. 2019/03/23(土) 15:52:58|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

 駅を出て、町の中央通りを真直ぐに北に行くと米代川に出る。その川向うが向能代で、二郎氏は米代川べりの姉の家で療養生活を送っていた。

 二郎氏の実家は、戸松の家の裏庭から見える山を越えて、ずっと奥に入った山間の平地の富農であったが、結核の療養には僻地にすぎて不便だったのかも知れない。

 実家から米や野菜を運ばせ、能代の浜の新鮮な魚をふんだんに食べながら、二郎氏は悠々と快適な生活を楽しんでいるかのように見えた。

   (43 43' 23)

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  1. 2019/03/24(日) 18:07:00|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

 門口にたったわたくしの姿をみとめると、二郎氏の姉さんが、大きな太った身体を重そうに動かして、大声をあげながら土間に下りて来る。

「まあ、まあ、まあ、奥さん、ようおざったこと」

 何時行っても、久しぶりに会ったように、珍しそうな大仰な声で迎え入れる。そして奥にむかって一段と声を張りあげる。

「二郎っ、奥さんがおざったでえ」

 奥といっても、襖が全部取り外されているから、土間からは見通しである。次の間の縁側ちかくで横になっていた二郎氏は、むっくり起きてにこにこ笑いながら出て来る。

   (43 43' 23)

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  1. 2019/03/25(月) 08:05:33|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

 土間に続いた八畳ほどの部屋に大きな囲炉裏が切ってあって、火の気のない夏でも、ここが「お茶っこ」を飲みながら談合する場所になっていた。二郎氏の姉さんは、丼に山のように盛った胡瓜の塩漬を持出して、せっせと茶を勧めた。

 昼前に行っても昼過ぎにいっても、この姉さんはいつも温かい飯を炊いて、取りたての魚を煮焼きして馳走してくれた。ある時は鯛飯を、ある時はすずきの塩焼を、ある時は鯖の白煮というように。

 姉さんといっても、二郎氏とは母子ほどに年が違っていた。この人の一人息子は、中国に出征し、少女のように初々しい嫁と二人でその留守を守っていた。

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  1. 2019/03/26(火) 13:30:00|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

 嫁は魚の加工場で働いているらしく、ほとんど家にいなかったが、二郎氏の姉さんは終日家にいて、あなごの皮で下駄の緒を作っていた。布製品の乏しいころだから、皮緒は飛ぶように売れているようであった。

 この姉さんは、顔形から身体つきまで二郎氏をそのまま女にしたような、でっぷりとした大形の人で、大店の女王のような余裕ある風格をもっていた。

「おお、うめえうめえ、奥さん、まんず、これ食べてみさんせ」

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  1. 2019/03/27(水) 15:58:30|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

 先に一口味見をしてみて、大きな声で褒めながら膳を運んでくる。魚と野菜のひたしだけの簡素な食膳だが、この人の手で運び出されると、この上ない珍味のように思われる。父を喜ばせるために始めた魚の買出しは、いつの間にか、わたくし自身の喜びであり楽しみになっていたのである。

 ところが、十月中旬のある土曜日、わたくしは突然、今日限りもう魚の買出しは止めようという思いに強く取りつかれてしまった。

 その夏台風のため海から高波が逆流し、米代川の橋が流されてしまったので、向能代に行くには鉄橋を渡っていかねばならなくなっていた。鉄橋の日本のレールの間に板が縦に長くしいてあって、汽車の通らない間にその上を渡るのである。鉄橋は橋よりはずっと上手のはるかに高い位置に虹のように長くすっきりとかかっていた。

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  1. 2019/03/28(木) 08:52:00|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

 この上を渡っていくのには、多少の勇気が必要であった。谷川の吊橋を渡るよりは、ずっと危険と不安感を伴うからである。足下がくるって身体のバランスが崩れても、摑まえて支えとするような何ものもない。眼下にはとうとうと、青黒い水が生きもののように流動している。緊張と孤独の百メートルほどの距離は、ひどく長いものに感じられた。

 しかし、わたくしはこれ迄の何回かは、苦もなく渡ることが出来た。帰りには、一貫目近い魚の手籠をもっているのだが、それほど重荷には感じなかった。

 ところが、この日になって、橋の中程までさしかかった時、ふと眼下の水の流れに眼をとられ、とうとうと重なり合って流れている無気味な水の色に圧せられて、足がすくんで動けなくなってしまったのである。前に行こうにも後に下ろうにも流れに吸い寄せられて転落してしまいそうな錯覚のとりこになってしまったのだ。

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  1. 2019/03/29(金) 11:17:28|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

 わたくしは暫らくの間しゃがみこんだまま、眼をつむって神経を休めた。やがてのこと、後からやってきた人に元気づけられ、川の面を見ないようにして、やっとの思いで渡ってきたのである。

 わたくしは二郎氏に、鉄橋上で突然襲ってきたこの恐怖感を語り、橋が出来るまではもう来ないつもりだと告げた。二郎氏は暗澹たる表情で聞いていたが、

「身体や神経が疲れている時には、急にそういう事が起こるもんですよ。僕はずっと前から、あなたがやつれてきたなあと思って見ていたんですよ。お父さんやお母さんや近所の人達に、あんまり気を遣い過ぎているんじゃないですか。あなたはだんだん痩せてきていますよ」

と、云いにくそうに、口ごもりながら云った。

   (43 43' 23)

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  1. 2019/03/30(土) 17:56:15|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

「そんな……周囲の人に気を遣うなんてことはありませんわ」

 わたくしは一笑のもとに、二郎氏の言葉を否定した。二郎氏の思い過ごしが、酷く女性的で俗っぽいものに思われた。しかし、自分が衰弱しつつあることだけは、認めざるをえなかった。わたくしは、最近の身体の不調を訴えた。

「この夏いらい、どうも胃腸の具合が悪いんですよ。時々吐き気もするし、それに家では毎食誰かが、鰊の塩漬を焼いて食べるでしょう。その臭いを嗅いだだけで、もう食事が出来なくなるんですの。医者にも見てもらったんですが、どこにも悪いところはないと云うし、困っているんです。鰄淵の水が合わないのじゃないかと思うんですの」

   (43 43' 23)

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  1. 2019/03/31(日) 08:38:17|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

プロフィール

國 乃 礎

Author:國 乃 礎
   綱 領
政官財・癒着根絶
マスコミ横暴撲滅
国賊売国奴殱滅
現行憲法廃棄
日米安保破棄

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