いしずえ

第三巻激流の巻

「うーん、そういう事もあるな。あそこら辺は水の悪いところですからね」

 二郎氏は、眉をよせて真剣に心配しているようであった。

「奥さーん」

 隣の板の間で食器を片付けていた二郎氏の姉さんが、大きな声で呼びかけた。奥さんのさんにアクセントをつけて長くひっぱった独特の呼び方である。

   (43 43' 23)

にほんブログ村
FC2 Blog Ranking

テーマ:このままで、いいのか日本 - ジャンル:政治・経済

  1. 2019/04/01(月) 10:03:00|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

新聞 いしずえ 春季号 4月1日発行 №47

新聞 いしずえ 春季号 4月1日発行 №47

にほんブログ村
FC2 Blog Ranking

テーマ:このままで、いいのか日本 - ジャンル:政治・経済

  1. 2019/04/01(月) 10:37:56|
  2. 新聞

第三巻激流の巻

「あんた上海でわらしっこ死産させたっていうでねえですか。その時二日目から買物や炊事したというてござったが、今頃ぶらっと身体悪くなったのだば、そのせいでないすか。産後は用心しないば、後で必らんず、からだっこ悪くするもんだあ。

 早産や死産のあとだば、よっぽど気いつけねばなんねいのに、話っこきげば、奥さんはあんまり無茶だもんなあ。もう牛乳買いや、魚の買出しば止めて、暫らく湯治にでもおざったらよかべし。お父さんの事なんぞ、なも奥さんが心配せんでも、お母ちゃんがちゃんと気いつけていなさるべし」

 二郎氏もしきりに湯治に行くことを勧めた。胃腸病や婦人病は、ゆっくりと温泉療養するに限るというのだ。二郎氏の姉さんの経験的医学知識は、わたくしの憔悴を産後の患いの一種に違いないと断定した。

   (43 43' 23)

にほんブログ村
FC2 Blog Ranking

テーマ:このままで、いいのか日本 - ジャンル:政治・経済

  1. 2019/04/02(火) 13:28:58|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

 わたく自身も、この意見には頷けるものがあった。死産いらい一年近くの間、毎月の整理がぴたっと停止したまま、医者の勧める薬を飲んでも一向に機能が活き出す様子もなかったからである。

 人間の身体というものは、地上のあらゆる生物の中で、最も精巧に強靭に出来ていると聞いていたが、産後休養しなかったぐらいのことで、機能障害を起こしたり余病を併発するところをみると案外ひ弱な生き物である。犬や猫でさえ、三、四匹の子供を一度に生んで、直ちに平気で走り回っているではないか。恐らく人間も原始の時代にはもっともっと逞しく、野生動物の如く生命力旺盛であったに違いない。

 人間は自然から離れて自分の理性や力に頼り過ぎ、ついには自分の肉体までも知らず知らずのうちに人工化してしまったのではあるまいか。確かに、理性文明は人間を自然生命から離脱させる方向に向いつつあるものといえる。

 野生を失い、浄溜水のように生命力稀薄になっている自分の肉体を、わたくしは忌々しく思った。

   (43 43' 23)

にほんブログ村
FC2 Blog Ranking

テーマ:このままで、いいのか日本 - ジャンル:政治・経済

  1. 2019/04/03(水) 13:52:00|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

 上海から帰ったばかりの時、東京の母や義姉がなぜそんなに痩せてしまったか、としきりに心配していたが、あの頃は、戸松の応召、出動、サイパンの陥落と、相つぐ個人的国家的激動に心を奪われ、自らを労り見るいとまがなかった。恐らくその頃から、内部的に肉体は徐々に徐々に弱りつつあったものに違いない。

 兎に角気力と行動力の衰えは、夏から秋への変り目となって、いよいよ顕著になってきたように思われる。堤の畔を歩くことも山に登ることも、この頃では全く気乗りがしなくなっていた。

   (43 43' 23)

にほんブログ村
FC2 Blog Ranking

テーマ:このままで、いいのか日本 - ジャンル:政治・経済

  1. 2019/04/04(木) 06:08:07|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

「奥さん、身体っこ悪かったら、早く治しておいた方がいいでねえべえか。秋田の冬を越すのは容易でねゃ。ぬくい上方で育ったお人だもん。はじめての此処の冬だば、まめしい時でも容易でねえ。

 秋田の冬は腹いっぺい食べて、づつぱり着こんでいねえば越せるもんでねえ。奥さんみたいに、わずかばかり食べて、銘仙のモンペコなんかはいておざったら、いまに大病になってしまうべえ。はあ、奥さんが大吹雪にあったら、ふっ飛ばされてしまうべえなあ」

   (43 43' 23)

にほんブログ村
FC2 Blog Ranking

テーマ:このままで、いいのか日本 - ジャンル:政治・経済

  1. 2019/04/05(金) 06:00:00|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

 二郎氏の姉さんは、台所の土間を動きまわりながら大声で勝手な事を喋りまくっている。姉さんが喋りだすと、二郎氏もわたくしも黙ったまま笑って聞いているだけだ。人の言を封じ込めてしまう程の豪放な大声であった。

 だいたい秋田の農村には、磊落で開放的で闊達な女が多い。彼女らの感情は素朴で単純で、その大胆率直な表現は、陰欝にたれ込めている北奥の気候に対する人間の優越を唄っているようだ。皮相な形式的教養を身につけて、言葉を弄んでいる都会の女よりは、はるかに人間的に温かい懐かしさを感じさせる。例えばそれが無礼な表現であっても、感情にささってくるような事はない。思わず苦笑して受け止めずにはいられないような、邪気のない率直さとユーモアがある。都会の作られたユーモアより、彼女らの土の中から生まれ出たような素朴なユーモアの方がずっと面白い。

 戸松の母や二郎氏の姉さんは、典型的な秋田の農村の女である。大らかでとらわれがなく、驚くにしても喜ぶにしても「おばーい」とか「わいー」とか、この土地独特の驚嘆の声を誰はばかることなくあげて、感情を放出する。土着の魂に生きている天性そのままの老女たちであった。

   (43 43' 23)

にほんブログ村
FC2 Blog Ranking

テーマ:このままで、いいのか日本 - ジャンル:政治・経済

  1. 2019/04/07(日) 13:55:32|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

 二郎氏の姉さんは、一しきり大声で冬の寒さや吹雪や雪の模様を語っていたが、やがて、手籠を下げて出かけていった。

 その後姿が見えなくなると、

「奥さん……」

 二郎氏が酷く沈痛な声でよんだ。

「今日奥さんと別れたら、もうこれから先会えんような気がするのは何故だろうなあ」

 二郎氏は瞳をおとしたまま、頸をかしげた。わたくしはわざと屈託ない調子で云った。

   (43 43' 23)

にほんブログ村
FC2 Blog Ranking

テーマ:このままで、いいのか日本 - ジャンル:政治・経済

  1. 2019/04/08(月) 10:25:07|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

「春までには仮橋ができるっていうんでしょう。そうしたら又来ますよ」

「春までというと遠いな……奥さんと会っていると戸松さんに会っているような気がして安心していられるんだが、奥さんがもう来ないとなると戸松さんも戦死してしまうんじゃないかと思って、不安になってくるんですよ」

 わたくしは驚いて二郎氏の眼を覘き込んだ。この人の中には男性的な豪胆な面と、女性的な繊細な面が共存している。どういうものか、わたくしに対しては、繊細な面のみを多く見せるようだ。

   (43 43' 23)

にほんブログ村
FC2 Blog Ranking

テーマ:このままで、いいのか日本 - ジャンル:政治・経済

  1. 2019/04/09(火) 15:21:10|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

「僕はもう見込みのない身体です。僕の希望は戸松さんだけだ。無事に帰って来てくれればいいと希っています。

 ですが、一度端書が来たきり六カ月の間ぜんぜん便りが来ないでしょう。僕は段々心細くなってくるんですよ。それに、ここの姉の長男からも一寸も便りがないんですよ。

 日本は外地で負けているんじゃないんですかね。玉砕や敗退があんまり続くんで、軍部は半分ぐらい隠して発表しないんじゃないでしょうかねえ」

   (43 43' 23)

にほんブログ村
FC2 Blog Ranking

テーマ:このままで、いいのか日本 - ジャンル:政治・経済

  1. 2019/04/10(水) 12:07:58|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

「まさか……」

と、軽く否定してはみたものの、或はそうかも知れない……と思わずにはいられなかった。最近になって戦地から便りが来なくなったと言って憂いている人が多くなっていることは事実である。夫や子が生きているのか死んでいるのかさっぱり分からないというので、人々はあちこちの拝み屋に祈禱して貰っては、安否を確めるのに必死であった。この土地では拝み屋を「ごみそう」と云っている。ふとした事から神憑りになった人が(主として農婦が多いようであった)祈禱しながら神に御伺をたて、神のお告げと称する判断を与えるのである。よく当るという「ごみそう」の門には、吾も吾もと出征軍人の家族がおしかけていった。根拠のない神占であるなどと軽蔑してはおられない。そういうものでも頼らなかったら、不安でじっとしておられないのである。

   (43 43' 23)

にほんブログ村
FC2 Blog Ranking

テーマ:このままで、いいのか日本 - ジャンル:政治・経済

  1. 2019/04/12(金) 10:33:08|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

 戦況の悪化が深まるにつれて、二郎氏がいよいよ、病的なほど内攻的になっていく気持ちも分かるような気がする。七月にサイパン島が陥落し、ついで九月になってテニアン島、グァム島がおち、中部太平洋の防波堤として重要視されていた三つの島が、ことごとく敵の手に渡ってしまったのである。

   (43 43' 23)

にほんブログ村
FC2 Blog Ranking

テーマ:このままで、いいのか日本 - ジャンル:政治・経済

  1. 2019/04/13(土) 16:23:05|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

 十月に入って十日から十四日にわたって台湾沖航空戦がおこなわれ、大本営はこの戦闘で、アメリカの空母と巡洋艦を十隻も打ち沈め、二十隻以上も燃え上がらせたと発表していたが、これは敵の大空母艦隊が台湾までせまり、猛烈な空襲をおこなっていたことを物語っていた。(このときの軍の発表は全くの誤報で、事実は空母一、巡洋、駆逐三に損傷をあたえた程度に過ぎず反対に日本は飛行機三五〇機を失った)

   (43 43' 23)

にほんブログ村
FC2 Blog Ranking

テーマ:このままで、いいのか日本 - ジャンル:政治・経済

  1. 2019/04/14(日) 10:08:17|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

 大陸、南洋諸島の日本軍と、銃後の国民との間が、アメリカの海軍力によって遮断されているのである。夫と妻、父と子が、敵によって引き裂かれつつあるのだ。過去の戦争では、前線と銃後は文字通り敵を前面にしての前と後であった。しかし今度の戦争は、大陸も、南方諸島も、台湾も内地も、ことごとく孤立化し、敵の爆撃にさらされようとしている。「別れたらもう二度と会えないような気がする」という二郎氏の感傷も、あながち病的であると云い捨てられないものがある。

   (43 43' 23)

にほんブログ村
FC2 Blog Ranking

テーマ:このままで、いいのか日本 - ジャンル:政治・経済

  1. 2019/04/15(月) 08:30:52|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

 しかし、如何に悪条件が重なってきたとしても、日本がみすみす負けるなどとは考えたくなかった。そんな事があってたまるものか。東京の兄が云っていたように、まだまだフィリピンもある。台湾も健在だ。日本軍はその中に、驚くほどの底力を発揮するときが来るかも知れないのである(その頃、フィリピンも既に敵の手中におちつつあった)

「戦争の話は止めましょう。あんまりじめじめ考えない方がいいわ。身体に悪いですよ。わたしも嫌だわ。もっと愉快な話はありません?」

 二郎氏が笑うような何か面白い話題はないものかと、わたくしは考えた。だが、二郎氏は一向にそんな話は望んでいないらしく、相変らず眉を曇らせながら云うのであった。

   (43 43' 23)

にほんブログ村
FC2 Blog Ranking

テーマ:このままで、いいのか日本 - ジャンル:政治・経済

  1. 2019/04/16(火) 10:21:07|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

「この頃の僕は本当に変だ。何も彼も悲観的にみえて仕方がない。戦況が悪いため、神経が疲れているのかも知れない。

 朝から晩まで心配なのは、戦争のこと、戸松さんのこと、それから奥さん笑わんで下さい、女房のことなんですよ」

 二郎氏の夫人は同じ向能代の人で、子供をつれて実家に帰っていた。

   (43 43' 23)

にほんブログ村
FC2 Blog Ranking

テーマ:このままで、いいのか日本 - ジャンル:政治・経済

  1. 2019/04/18(木) 02:52:39|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

「女房はここへ来ても、直ぐに帰ってしまうんですよ。あれが帰るとき、僕は苛立ってくるんだ。いっその事、とっ捕まえて箱に詰め、人に見えないところにこっそり飾っておこうかと思うことがあります。時々今日こそはそうしてやろうという衝動にかられ、じっと我慢することがあるんですよ」

 二郎氏は笑うなと云ったが、わたくしは思わず声を立て、笑ってしまった。妻を箱飾りにするということが、あまりにも突飛な着想だったからである。

 二郎氏もさすがに照れ臭くなったのか、ほろ苦い笑いをもらしてした。

   (43 43' 23)

にほんブログ村
FC2 Blog Ranking

テーマ:このままで、いいのか日本 - ジャンル:政治・経済

  1. 2019/04/18(木) 10:15:36|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

「奥さんだから気を許して云うんですよ。他の者には云えませんからね。本当にどうしたんですかね、僕はこの頃、そういう下らんことばかり考えるようになった。自分がどんどん小さくなっていくような気がする。

 それでも奥さんが来てくれると、その間だけでも、もとの鈴木二郎にかえっていくんですよ。これでも愛国志士のつもりですからね。ここの姉はよくしてくれますよ。よく面倒は見てくれますけどね。それでも僕は退屈でやりきれなくなる時がある。戦場で国の為に死ぬ方が、よっぽどましじゃないかと思うんですよ」

   (43 43' 23)

にほんブログ村
FC2 Blog Ranking

テーマ:このままで、いいのか日本 - ジャンル:政治・経済

  1. 2019/04/19(金) 10:16:17|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

 二郎氏が真剣に訥々と語る言葉を、わたくしは幾分軽蔑を感じながら聞いていた。二郎氏は末っ子だというが、人間の育ちというものは不思議なものだ。末っ子は幾つになっても自己本位で人に甘える癖がぬけ切れないものらしい……、と、わたくしは心の中で呟いたものであった。

 なんとわたくしは迂濶者であったことか、二郎氏の神経が、長い闘病生活と戦局の悪化のために擦りへり、今にも切れんばかりに弱っている事を見抜けなかったのである。

 翌年の春から夏にかけて、敵機の本土空襲が熾烈化するとともに「日本は負ける負ける」と口ばしりながら、二郎氏は生きながらにして人間を廃止してしまったのであった。

 次に対面したときには、二郎氏は最早わたくしを見ても全く無表情であった。病苦と憂国の苦悩から解放された二郎氏の魂は、雲の如く、現実の彼方をさまよっているかのようであった。

   (43 43' 23)

にほんブログ村
FC2 Blog Ranking

テーマ:このままで、いいのか日本 - ジャンル:政治・経済

  1. 2019/04/20(土) 10:00:03|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

  戸松家の家族

 稲の籾こきと野菜の取り入れが終ると、冬は駈足でやってくる。東北の秋は短い。籾は俵に詰められ、大豆は味噌となり、大根は物置小屋の軒下にずらりと並べて干された。これらは麹漬やたくわん漬となるのである。ごぼう、人参、長芋などの根菜類は、裏庭に掘った蛸壷のような大きな穴に貯蔵された。土の中にいけておけば、どんな寒気にも凍ることなく、しかも鮮度を失わないからである。

 人々の頭からは、戦争の意識は遠のいていた。眼の前にせまった冬の来襲に備えて、籠城の準備に身も心もとらわれていた。

   (43 43' 23)

にほんブログ村
FC2 Blog Ranking

テーマ:このままで、いいのか日本 - ジャンル:政治・経済

  1. 2019/04/21(日) 13:30:12|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

 十一月の半ばになると、出し抜けに寒波がやってきて、人々をふるえあがらせる。囲炉には炭火が赤々と燃え、父は終日上座に座っていた。新聞や雑誌に飽きると、太い火箸をがちゃがちゃさせて、何んということなしに炭火をもてあそぶ。講座には年老いた三毛猫が、侍女のようにひっそりと畏まっていた。

 猫は囲炉の灰にたて掛けた串の魚を狙っては何度か太い火箸で叩かれた経験がある。父が火箸を持つ気配を感ずると、つぶっていた眼を細目に開いては、ちらっちらっと警戒するように父の方を見る。そして、どうやら身に危険がなさそうだと知ると、亀のように頸を縮めて、再び孤独と安息の中にうずくまってしまう。

   (43 43' 23)

にほんブログ村
FC2 Blog Ranking

テーマ:このままで、いいのか日本 - ジャンル:政治・経済

  1. 2019/04/22(月) 08:50:00|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

 囲炉のはたが賑やかになるのは夕方である。飯と汁ができあがると、母は篭の残り火を囲炉に山のように積み上げて魚を煮たり焼いたりする。わたくしが向能代に行かなくなってからは、もっぱら川魚や八郎潟の小魚である。どこから手に入れて来るのか、母はことさら語ろうとはしなかった。

 配給の醤油が切れると、母はどこからか一、二合借りてきて、味噌やしょつつるの味付けの嫌いなわたくしの為に、別鍋の惣菜を作ってくれた。父用の煮物、わたくし用の煮物、母や妹達のものというように、三種類の鍋をかけるのだ。註文したわけでもないのに、母は自発的にそれぞれの好みに合せようと努力しているのであった。

 夕食後は囲炉のはたにずらりと家族が揃う。空気がしんしんと冷え込んできて、火のまわりに集まらずにはいられない。

   (43 43 ' 23)

にほんブログ村
FC2 Blog Ranking

テーマ:このままで、いいのか日本 - ジャンル:政治・経済

  1. 2019/04/24(水) 08:05:15|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

 働き者の母も、さすがに夜になると冬眠の蛙のように囲炉のはたに蹲って動かなくなる。猫はこういう時を待ち兼ねていたかのように、のそりと、母の膝の上にあがっていった。

「おばい……(おやおやの意)」母はあきれたように呟いて、猫の頭を軽く叩くが、その手はやがて愛撫にかわり、丸くなった猫の背を優しく撫でるのである。猫は低くゴロゴロ、ゴロゴロと気持よさそうに喉をならした。

 何気ないこうした雰囲気の中にも、病父から猫にいたるまで、この家の全てのものが、母の節くれだった男のような手によって支えられているという感があった。

   (43 43' 23)

にほんブログ村
FC2 Blog Ranking

テーマ:このままで、いいのか日本 - ジャンル:政治・経済

  1. 2019/04/25(木) 10:55:32|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

 時には妹たちが母を困らせていることがある。モンペの柄が古いといっては、ぐずぐず文句を云ったりするのである。上の妹は十六歳で、能代の女学校に行っていたが、この春ごろからスカートは禁止になってモンペを穿くことになっていた。うら若い乙女たちは、どうやらモンペの柄を競っているようであった。妹は母の着物で作った古風な縞木綿のモンペが田舎くさくて嫌だから、自分の着物をモンペにしてしまってもいいかとねだっているのであった。

   (43 43' 23)

にほんブログ村
FC2 Blog Ranking

テーマ:このままで、いいのか日本 - ジャンル:政治・経済

  1. 2019/04/26(金) 20:00:03|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

「僅かしかないおめえらの着物をモンペにしてしまったら、あと着るもんがなかべし、着物なんかもう買おうたって買えねえや。おめえらは、二月か三月でモンペコ切らしてしまわんて、ほんとに困るな。木綿(反物のこと)の配給はちっともねえのに、着るもんはどんどん切れるばかりだし、これから先、どっしたらいいだか……」

 母は懐に深く手をさしこんで、ほっと深い溜息をついた。

   (43 43' 23)

にほんブログ村
FC2 Blog Ranking

テーマ:このままで、いいのか日本 - ジャンル:政治・経済

  1. 2019/04/27(土) 13:38:07|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

 これまで動物や植物を育てることにのみ情熱をかけてきた母は、自分の身を飾る衣類や持ち物にかけては、全くの無頓着であった。嫁に来て四十年もたつのに、未だに嫁入りの時実家から持ってきた着物を着ているのであった。しかも、それもすでに数少なくなっていた。

 娘たちから近代的な模様のモンペをねだられて、さすがの母もほとほと閉口しているようであった。

「戦争が終るまで待たんか。買えるようになったら、なんぼでも買ってやらんて」

   (43 43' 23)

にほんブログ村
FC2 Blog Ranking

テーマ:このままで、いいのか日本 - ジャンル:政治・経済

  1. 2019/04/28(日) 12:01:03|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

 母は娘達をなだめるようにそう云って、

「ほんとに困るな。まさか、こんなに世の中が詰まるとは思わなかったもんな」

と口の中で呟きながら、かがみ込んで囲炉の火を直した。紫外線に焼き上げられた頬に炭火が照りかえり、働く女の雄々しさとたくましさを感じさせた。

 秋から冬への気候の変化は、父の身体に強い刺激をあたえたようであった。日露戦争の時、満州の野戦で冷え込んで損じた身体は、寒さの来襲とともに、往時に逆戻りし狂ってくるようであった。

   (43 43' 23)

にほんブログ村
FC2 Blog Ranking

テーマ:このままで、いいのか日本 - ジャンル:政治・経済

  1. 2019/04/29(月) 13:00:18|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

 父は夜中に、しばしば激しい腹痛と痙攣に悩まされ続けた。しかし、これも一、二時間ほどの間で、かかりつけの医者の薬を飲み(おそらくトンプクだったのではないかと思うが)腹部をマッサージすることによって自然に治まり、翌朝には誰よりも早く、清々しい顔をして起き出してくるのである。

 一日中動きまわっている母にとっては、夜中の看病は相当つらいものであったに違いない。父の苦しそうな呻き声がもれてくる度に、わたくしは父母の寝室まで看護に出掛けて行った。しかし母は、その都度、強く断わるのが常であった。

「あんたも身体っこ悪い人だ。無理しねえ方がいい。行って寝ていてたもれ。毎度のことで、看護には慣れっこになっておらんて、なんも心配せんでええ」

   (43 43' 23)

にほんブログ村
FC2 Blog Ranking

テーマ:このままで、いいのか日本 - ジャンル:政治・経済

  1. 2019/04/30(火) 10:16:00|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

プロフィール

國 乃 礎

Author:國 乃 礎
   綱 領
政官財・癒着根絶
マスコミ横暴撲滅
国賊売国奴殱滅
現行憲法廃棄
日米安保破棄

最新記事

カテゴリ

未分類 (6)
提言 (1)
理念と使命 (1)
目的・活動 (1)
遺言状(救國法典) 戸松慶議著 (660)
生存法則論 (第二巻 思想篇) 戸松慶議著 (3)
永遠の道 戸松登志子著 (2159)
新聞 (17)

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

ブログランキング

にほんブログ村 政治ブログ 政治思想へ
にほんブログ村

ブログランキング

FC2 Blog Ranking

月別アーカイブ

アクセスカウンター

天気予報


-天気予報コム- -FC2-

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

このブログをリンクに追加する

QRコード

QR