いしずえ

第三巻激流の巻

 敵の戦車の大群が、夕立雲のように原野のかなたにものものしく現れ、我が陣地めがけて押し寄せてくると、我が野砲が一勢に火を噴き、これを撃ちとろうとする。しかし一定の距離の外では我が砲弾を敵の戦車はものの美事に撥ねかえしてしまう。我が軍は敵を間近く引き寄せて壊滅しようとするのだが、敵はその手にのらず、危険と思われる距離まで近づくと、さっと身をひるがえして逃げてしまうのであった。彼らの戦法はすこぶる合理的で、日本軍のように、危険を冒してしゃにむに突っ込んでくるような事はほとんどしなかった。

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  1. 2019/10/01(火) 11:17:33|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

 戦車が逃げかえると、やがて敵の砲弾が我が軍の野砲の陣地に雨霰のごとく降りそそいでくる。敵機は上空から砲撃目標を誘導し、敵弾は一弾の狂いもなく我が陣地に命中し、めちゃめちゃに蹂躪してしまう。そこへ又戦車の大襲撃である。

 日本軍の歩兵は、手榴弾をもってこれにせまり吹雪のごとく撃ちまくってくる敵弾を浴びながら、生霊のごとく執念にもえて彼らに襲いかかっていく。この世のものとは思われぬ鬼気にみちたその攻撃ぶりは、敵の心胆をふるえあがらせた。

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  1. 2019/10/02(水) 08:38:28|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

 そのうち、敵は日本兵の肉弾攻撃を防ぐため戦車の前に網を張り、筒の長い火焰放射機を取り付け、近づく日本兵を焰の嵐で焼き殺しながら進撃する戦法をとった。しかしこのくらいの事で不死身の日本兵を屈することはできなかった。日本兵は殺されても殺されても後から後から焰の中にとびこみ、敵戦車を爆破する執念をすてようとはしなかった。

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  1. 2019/10/03(木) 08:32:37|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

 だが、このような惜しみなく命を投じての猛攻撃にもかかわらず、敵の航空力と機動力を中心とした近代戦法の威力にはついに太刀打ちできなくなり、我が軍の損失は日に日に増大し、前線は総崩れになって後退を続けるばかりであった。しまいには、武器にも事欠き、鉄砲をもたない兵隊も多くなり、手榴弾のかわりにガソリン入りのビンをもって敵戦車に突入する、死者狂いの原始的攻撃法がとられた。一方、特別斬込隊が編成され夜陰に乗じて敵の飛行場や敵陣地に斬りこみ、敵勢に損害をあたえたが、もはや、敗勢を覆すことは出来そうにもなかった。

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  1. 2019/10/04(金) 11:28:03|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

 日本内地の都市や軍用地が敵の空襲におののきフィリピンや中部太平洋上に特攻隊の若者が桜花のごとく散り果て、台湾や沖縄に艦砲射撃が加えられているとき、ここビルマの日本軍の運命も決して例外ではなかった。

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  1. 2019/10/05(土) 08:00:06|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

 去年の七月小磯大将が首相就任の際、「武器を持たざる軍隊の出現も遠き将来のことにあらざるべし」と大本営から報告を受けたとおり、その数ケ月後の今日、既に前線いたるところに武器なき軍隊が出現していたのである。それを承知で戦争指導する首脳部、知らずしてひたすら必勝を念じて散りゆく若き命、日本の叡智は何故にかくも濁り曇っていたのであろうか。あの時もこの時も、何時の日も、昭和の日本の叡智は、曇りたるまま輝きわたる日はなかった。戸松はワシントン条約ロンドン会議の「五・五対三」の比率(一〇対三)の外交戦の意味と政略を知った。

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  1. 2019/10/07(月) 10:50:33|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

 戸松の属する部隊は、爆破された鉄道や鉄橋を修理しつつ前線に向っていた。中部ビルマの戦闘を有利にするためには、タイメン鉄道は生命線ともいうべき唯一の補給路であった。日本軍が勝って敵を北に追いやれば、鉄道隊もまた戦闘隊の後を追って北上していくはずになっていた。

 しかし、事実はその逆になったのである。前線からは連日のように傷病兵が後迭され、敗兵が後走し、前線の悲報が次々ともたらされた。ビルマ中原の防衛戦が雪崩のごとく崩れつつあることは、誰にも容易に想像された。

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  1. 2019/10/08(火) 08:27:08|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

 ちょうどその頃、戸松の部隊にタイ国境まで撤退するよう命が下った。総軍はビルマ戦をあきらめ、主力を一まずタイ国に結集し、マライ半島において決戦すべく、軍の再建をはかろうとしていたのである。

 戸松の部隊は、退却軍の一部と傷病兵を貨車に収容し、爆破のあとを修理しつつ南下していった。敗兵は戦線の惨状を、苦痛の色をうかべて語った。敗軍の惨めさが冷たい霧のように人々の心をじっとりと濡らし、戦いの前途に深い不安を抱かせていた。

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  1. 2019/10/09(水) 08:10:10|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

 国境線で惨敗し、今また、中原戦も危急に瀕している。空に航空機なく、食糧なく、敗兵は自信なく動物のごとく食をあさるのみ、二年前まで世界に誇っていた日本陸軍の威容と実力はすでにない。

 これが大元帥陛下のもとに一糸乱れぬ統帥をみせ、無敵を豪語していた日本軍の実体だったのだろうか。国民と世界の眼に、あれほど絢爛と輝いてみえた皇軍の内実だったのだろうか。僅か二年の戦いで、こうまで威力を失墜し、弱体化してしまったのは一体何によるのか。

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  1. 2019/10/10(木) 00:08:30|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

 戸松は自分自身の責任であったかのごとく、敗勢を悔やみ、五体に染み渡るような無念さを嚙みしめていた。

 日本軍の武器、戦術が、連合軍より十数年も遅れていることは、もはや疑いもない事実であった。物流の違いだけではない、質においても大差が生じているのだ。

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  1. 2019/10/11(金) 10:03:08|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

 明治の建軍いらい、西欧の制度、戦術、兵器を貪欲に学びとり、既に彼らを追い越し、一歩先んずるところまで到達したものと、軍部も国民も信じていたのだが、どうやらこれは大きな誤算であったようだ。模倣する者の宿命とでもいうのか、開戦いらい三年の間に、我が勢力が日に月に消耗しつつあるのにくらべ、敵先進国はいよいよ創造と発明を加え、豊かな物量を駆使して、もはや我が軍の及びもつかない進歩発展を遂げている。

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  1. 2019/10/12(土) 13:35:22|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

 敵のこの科学的、立体的な戦法に対して、日本軍は中国事変当初と変わることなく、平面的な戦法をとり、白浜戦によって戦いを決しようとする。科学的機械力と人間の命の戦いである。敵の合理的な戦法に対して、我が軍は命に支えられた大和魂を楯に立ち向かっていこうとしているのである。合理に対し不合理に頼らねばならないほど、我が軍は切迫してきている。

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  1. 2019/10/13(日) 08:58:30|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

 この戦争は日本軍の精神力が、敵の厖大な機動力に対して、どこまで食下がっていけるか、大和魂の限界をはかる戦いになるかもしれない。現に前線における特別攻撃隊の活動が注目され期待をかけられている。若し我が部隊で特攻隊を募ることがあれば、俺も志願せずにはおられまい、と戸松は思う。戦いがここまで切迫してきたからには、大和魂の結束による奇蹟を信ずるより外に道がない。

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  1. 2019/10/14(月) 08:05:27|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

 だがしかし、彼がこれまで眼にしてきた多くの将兵を思い浮かべる時、はたして日本軍の上に大和魂による奇蹟が起こりうるものかどうか、幻に期待をかけるような思いがしないでもなかった。彼の過敏な神経は身辺のあらゆる噂や動きをとらえては、それを分析し綜合して戦いの前途に予測をめぐらしていた。

 そうした或る日、炎天下の貨車の中で、中年の戦病兵が死んだ。この中年兵は胃腸、肝臓等の消化器をことごとく侵されていて、前線近くの野戦病院から後方に送られるところであった。

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  1. 2019/10/15(火) 10:03:28|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

 死期を悟った彼は、苦しい息の下で、背嚢を弄りよせ、震える手で貯金帳をとり出し、

「これで、飛行機、飛行機をつくってくれ」

と、祈るような眼を虚空にそそぎながら事切れていった。彼はこの言葉の外に何一つ個人的なことは云い残さなかった。

 邦軍の飛行機の劣勢と敗北が、よほど無念であったものに違いない。彼は死の苦痛の中にあって、個人であることを止め、祖国という巨大な命の中にとけ込んでいたのである。戦場では、ひそかに然もはげしく燃え散るこういう種類の祖国愛もあったのか、戸松は広野に月光を仰ぎみるような崇高な感に打たれた。

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  1. 2019/10/16(水) 08:36:06|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

 敗軍は将兵を明らかに二つの型に分けた。一つは祖国愛に死の瞬間の情熱を掲げた右の中年兵のごとく、護国の責任と天皇への忠誠にもえる将兵、いま一つは、戦意も自信も失い、自己本位な動物と化していく将兵。戦意を失い野獣と化した将兵が、いかにも浅ましい行動をとってきたか、インパールの敗退以後、戸松はしばしば見聞きしてきた。

 実際、抑圧された本能の欲求というものがどんなに人間を赤裸々にし動物にしてしまうものか、後方部隊の体験を通しても想像することができる。

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  1. 2019/10/17(木) 10:03:38|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

 もっとも素朴な欲求である飲み水一つでさえ、満足な水を得ることは出来ないのである。第一ビルマの原野では、日本のように澄みきった湧き水にめぐり合うことなどは皆無といってもよい。野営をするとき河の近くを選ぶのであるが、その河が不潔極まりないことが多い。よどんだ水面に腐った塵のようなものや、犬や猫の死体がぶよぶよと浮んでいる。これらを向こうにおしやって水を汲み飯を炊くのである。時には臭い水を砂や炭を重ねた桶でこして飲料にすることもある。こしてもこしても、水は臭気を留めている。日本の水のような甘い水が飲みたいという思いは、将兵の胸の中に溜り水となってよどんでいく。充たされることなき本能の欲求は、人間の心を粗暴にし乾涸びたものにしていく。

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  1. 2019/10/18(金) 08:05:08|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

 食べたものはといえば、人間のものというより、犬猫並のものである。それも満足に得られるというわけのものでもない。時たま魚が配られる。うじゃうじゃと蛆の湧いた干魚である。蛆をふるいながら焼いて食べるのである。臭い汚いなどといってはおられない。それは生きていくための生命の綱だからである。これを受け付けえない者は、発病して死んでいくだけだ。生き残り更に戦っていくには、人間は動物的野生にかえらねばならない。

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  1. 2019/10/19(土) 16:37:21|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

 こういう中にあって、兵を人間たらしめているものは、祖国と我が家に対する信と愛である。同じ環境の中で、かくも美事に人間が神性なるものと動物性なるものとに分かれていくとき、戸松はつねにこの事を感ずるのであった。つまり、動物と化す将兵の多くは、虚栄と遊惰と怠惰と不潔の家庭から出、神性に昇華する将兵の背後には、必ずといってよい程、忠勇を尊ぶ家庭あり、公に尽すを誇りとする父母あり、貞節なる妻があり、そして宗教信仰があった。

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  1. 2019/10/20(日) 08:06:55|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

 昼間は架橋作業、夜は運行、ある時は敵の空襲をさけて二日も三日も野営し、不眠不休のいく日かが過ぎて、やっとのこと目的地タイ国に入ったとき、気がゆるむと同時に、戸松は四十度を越す高熱に呻吟する身となっていた。あれほど注意を払っていたのに、マラリヤ菌に侵されてしまったのである。

 二日たっても熱は下らなかった。彼は自動車に乗せられ、野戦病院に送られた。四十度近い炎天下を、四十度の高熱患者が、テント一枚の日覆だけの車に揺られていくのであるからたまったものではない。頭は破裂せんばかりに痛み、喉はからからに渇き、身体中を焔で包まれているように熱い。二、三時間ほどの行程でも、これほど耐えられない思いがするのに、前線からタイまでの十余日を、狭い貨車につみ込まれ、後送された傷病兵の苦痛はどんなであったろう。

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  1. 2019/10/21(月) 08:17:20|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

新聞 いしずえ 秋季号 10月1日発行 №49

新聞 №49


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  1. 2019/10/22(火) 08:52:03|
  2. 新聞

第三巻激流の巻

 病院に運びこまれてからも、高熱は下らなかった。発熱いらい四日間、飲むことも食べることも放棄し、彼の肉体は床に投げ出された泥鰌のように、ベッドの上でのたうち回った。

 冷たい水が飲みたいと思っても、タイやビルマでは生水を飲むことを禁じられている。彼は氷枕からこっそり氷をつかみ出し、ほてった口の中に放り込んでは苦痛に耐えようとした。

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  1. 2019/10/23(水) 10:03:13|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

 マラリヤにはいろいろの病型があるらしく、戸松の知るところでは、三日熱のごとく定期的に高熱がやってくるものは、生命に危険を及ぼすようなことは殆んどないようであった。戸松のは危険な熱帯性マラリヤという型で、これは高熱が何日も続いた後、頭脳に障害を起こし、暴れまわったあげく、衰弱と心臓麻痺で死ぬ例が多かった。

 五日目、高熱は依然として下るようすも診えなかった。軍医はこの病人はもはや助からぬものと診て、その旨を本隊に報告した。長い間の粗食と過労で身体は相当衰弱している。そのうえ五日間も飲まず食わずで高熱と闘っているのであるから、今に心臓がまいってしまうだろう。脳組織の弱い者ならば、そろそろ狂い出すころだ。

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  1. 2019/10/24(木) 10:03:32|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

 戸松自身も、生命の危機を感じとっていた。シンガポール沖の敵襲でも、ビルマでの敵の猛爆の下でも、常に自分の命に自信をもって生き抜いてきたものであったが、肉体の内部に侵入してきたマラリヤ菌の執念の深さには、打ち勝てる自信が次第に稀薄になりつつあった。体力と気力が日に日に衰えていくのがよくわかった。

 ここで死ぬのは無念だと彼は思う。戦場でなく、こんな山の中の野戦病院で、知人もなく、犬か猫のように、ひっそりと死んでいくのはいかにも残念だ。俺はこんなつまらぬ死に方をする筈ではなかった。こんなつまらぬ死に方をする為に俺は出征してきたのではなかった……。彼は死にかけた金魚のように、ぱくっと口を開けたまま喉で喘ぐように呼吸しながら、朦朧とした頭の一隅でせまりつつある死を憎み続けていた。

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  1. 2019/10/25(金) 08:08:05|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

 六日目の朝、深い疲労と眠りから、ふと彼は眼を覚ました。こんなによく眠ったことはない、発熱いらいはじめての事だ。実に爽やかな気分だった。昨日までの五体が燃えているような熱さも、身の置きどころない気怠さも感じなかった。

 戸松は額に手を当ててみた。やっぱり熱はなかった。五日間の高熱が、潮が引くがごとく下ったのである。死の淵まで引きづられながら、一夜の眠りの中に引き綱が切れ、生の岸へとおしかえされたのである。

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  1. 2019/10/26(土) 13:35:21|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

 彼は自分の生命への自信を深めると共に、祈りに似た強い感動を覚えた。

 しかし軍医は慎重であった。

「熱が下っても回復したんではないから油断してはならんぞ。三、四日したら、又熱が上ってくるからな」

と注意をあたえ、八十日の間は発熱の危険性があるので、原隊復帰はできないと云いわたした。

 だが、十五日たっても二十日たっても、熱は上ってこなかった。彼の肉体は、順調に、静かに、回復に向かっているようであった。

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  1. 2019/10/27(日) 15:33:32|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

 生命に対する信頼と、肉体に対する自信が彼の人生に希望と期待の火をあかあかともやしていたその頃、彼の隣りのベッドに、自殺未遂の新兵が送りこまれてきた。

 上官にいじめられ、昇汞水を飲んで自殺をはかったもので、内臓が融けていくのであろうか、異様な臭いを放つどろどろした便を下しながら七転八倒の苦しみをする。

 軍医が何本か注射を打つと、彼は幾分静かになり、日焼した丸い顔を歪め乍ら、たえだえに切ない声で言った。

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  1. 2019/10/28(月) 15:55:38|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

「彦っ、茨城県は、注射屋、ばっかりだな」

 彦というのは弟の呼名であろう。彦治とか彦次郎とかいう名前なのであろう。

「職業が大工だったようだから、出征する前にきっと弟と茨城県に出稼ぎにいっていたのだろう。今もそこにいるつもりなんだよ」

 年配の看護班長が、憐れみをおびた眼をそそぎながら言った。この班長はなかなかの知識人である上に、優しく親切な人であった。戸松の高熱の間もよく注意を払ってくれたが、この新兵のように死の決定していた患者に対しても、手を尽し、思いやりをかけていた。

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  1. 2019/10/29(火) 08:38:06|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

「お父っつあん」「彦っ」

 患者は父と弟の名前を繰返しよんでは、哀しげな声で話し続けた。ある時は郷里の千葉にいる錯覚にとらわれ、又ある時は出稼ぎ地で働いていた頃の幻を追っていた。彼の言葉から、父子三人の援け合い睦み合っている素朴な家庭が想像された。

 はじめの間、彼の苦悶のはげしさに眼を見張っていた他の患者達は、しまいには彼の独り言を面白がり、「お父っつあん」といえば「おーい」とからかい、はては彼の声音をまねては笑い崩れたりした。

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  1. 2019/10/30(水) 10:16:15|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

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國 乃 礎

Author:國 乃 礎
   綱 領
政官財・癒着根絶
マスコミ横暴撲滅
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