タンスにつめられた札束
その日、夕食が終ってから、一汗ながして下着をとりかえようと思い、タンスを引出そうとして意外に重い手ごたえがするのに驚いた。力をいれてぐっとひっぱり出すと、中に下着がぎゅうぎゅうにつめられているのに再びおどろいた。いつもは七分目位までに、ゆったり入れてあったからである。上の一、二枚をはねのけてみて三度おどろいた。
なんと引出しいっぱいに、札束がぎっしりとつめられているのである。和風ダンスの二倍はある深い引出しの中に、千ドルづつ束ねたと思われる束が、きちっと積み重ねられているのであった。その何十分の一である千ドル一束が、わたくしどもの一ヵ月の生活費なのである。
それ自身は単なる紙片にすぎないのであるが、その価値を知る者にとっては、やっぱり驚異であり、魅力であった。
しかし、その次に来る心の動きは、懐疑であり恐怖であった。
わたくしはさりげなく引出しをしめ、戸松に聴いてみるべきか、黙っているべきか、ハテどうしたものかと、立ちすくんだまま考えた。すると座敷から声がして、
「その引出しの下着は、全部下の引出しにうつしてあるよ」
戸松は、金については一言の説明もすることなく再び書物に眼をうつしてしまった。
「は、はい」
わたくしは、あわてて下の引出しをあけ下着を取り出しながら、とっさに夫の仕事上の機密にはふれることはすまいと心にきめた。
ただ、一つの期待だけはもてた。それは彼がこれだけの現金をもっている以上、その何百分の一ぐらいは、生活をうるおす意味でくれるかも知れないということであった。半月も居候がいたのであるから、それくらいの事はするだろうと、凡俗な心は切ない希望をかけていた。
(43 43' 23)
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テーマ:このままで、いいのか日本 - ジャンル:政治・経済
- 2014/11/29(土) 23:08:15|
- 永遠の道 戸松登志子著
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